アニメ

「ピア……ニシモ?」

 私がそう口にすると、南川くんの小さな目が重たそうな瞼の向こうできらきらと輝いた。

 魔女の練習曲。一見おどろおどろしくもあるこの文字列は、マスコットキャラクターである骸骨を連れた魔法使いの女の子が主人公の、可愛らしい絵柄をしたアニメのタイトルだ。

「ほ、ほら、知ってたじゃん、やっぱり!」

 南川くんが振り返ってガッツポーズをすると、後ろの二人は驚いた声をあげながらこちらに集まってくる。

「昨日さ、マジョレンの話してたらこっち見てたじゃん。もしかしてと思ったんだよね」

 急に高くなったテンションに着いていけなくて、そっか、と受け流す。マジョレンなんて言葉は聞いたことがないけれど、『魔女の練習曲』を省略したものなのだろう。

「北沢さんってアニメ結構観るの?」

「え、いや、あんまり。その……マジョレン? も、テレビつけたらたまたまやってて、なんとなく観たっていうか……」

「そうなんだ。何話ぐらい観たの?」

「えっと、四回ぐらい、かな。憶えてるのは、骸骨が主人公の子に呪いの話をする、とか」

「ホラー回!」

 突然、南川くんの友達が大声を出した。ひょろりと細長い体格の彼は、確か、赤坂くん。その彼に、もう一人の友達である久米くんが「おまえテンション上がりすぎ」とチョップして、三人は同時に笑い声をあげた。

 なんだか、三人の中で出来上がっている空気に溶け込んでいける気がしない。

「あの、骸骨。いいキャラだと思うよ」

 なんとか話題を繋げるために、こっちから話を振ってみる。

「ああ、スタッカートね。おれもあいつ好き」

「マスコットキャラかと思ってたけど、戦ったら強かったよね、確か」

「そうそう! あいつ破壊魔法使えるからなあ」

 久米くんが楽しそうに語りだす。ハカイマホウとやらは良く分からないけれど、自分との会話で盛り上がっている相手を見るのは、純粋に嬉しい。

「一期のは観てないの?」

 裏返ったような声で、赤坂くんが久米くんの声を遮った。

「いっき?」

「えっと、ピアニシモが二期。無印が一期」

「あんまり覚えてないけど、私が観たのはピアニシモだったと思う」

「そっかー」

 大きな声で短く発せられる声。ずっと声裏返ってるし、赤坂くんは喋るの苦手なのかな。

「二期は二期で面白いんだけどさ、ほとんどバトルものになっちゃってるから――ホラー回が好きなら一期の方が合ってるかもね」

 別に、そのホラー回が好きだなんて一言も言ってないんだけどな。内心で苦笑しながら頷いていると、南川くんが急に落ち着きを取り戻して、さっき初めに声をかけてきたときのような顔になる。

「よかったらさ、ディスク持ってるから、貸すよ。きっと面白いから」

「でも、悪いよ」

「大丈夫。むしろ、見てみて欲しいし」

 やんわりと拒否したことに気づいていないのか、南川くんは意外と押しが強い。貸してもらってまでアニメを観るのは面倒くさいなと思ってしまう自分がいるにはいるのだけれど、わざわざ断るのも悪いし、何よりも、誰かと共通の話題を持つことができるという予感は私に大きな期待を抱かせた。

「明日、一巻持ってくるよ。もし合わなかったら――そうだな、三話まで観て面白くなかったら、遠慮なく言って」

「うん、分かった。ありがとう」

 会話の流れとして、自然と言うよりもいっそ予定調和的な返事を返すと、南川くんたちがおお、と歓声をあげた。

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