変われ

 午後の授業があったのかなかったのか、そんなことすら曖昧なまま放課後を迎えると、私はいつも通り教室に取り残された。そこでやっと、失意以外の感情が一つだけ蘇る。

――寂しい。

 この状況で、ここまで寂しいと思ったことが、今までにあっただろうか。私は教科書をカバンに詰め込む気にもなれず、いつもの男子三人組のくだらなくも楽しそうな会話を背中に浴び続けていた。

 しばらくすると、自分の中に連呼される一つの言葉があることに気がついた。


 世界よ変われ。


 こんな世界は変わってしまえと、半ば乱暴に、半ば無気力に。次第に私の手はブレザーのポケットへと伸びていき、昨日から入れっぱなしになっていたお守りを握りしめる。中に何が入っているのかは分からないけれど、金属のような硬い感触が手のひらを刺激した。

 昨日は、いや今朝だってあんなに疑っていたのに。結局こんなものに縋るだなんて。こんなものに縋るしかないだなんて。

 世界が変われば良いと思った。だって、どうしても自分は変われなかったから。

 世界が変われば良いと思った。だって、こんな世界では寂しすぎるから。

 世界が変われば良いと思った。だって、世界が変わらないとどうしようもないから。

――世界よ変われ。世界よ変われ。世界よ変われ。

 はい願った。おまじない終了。効果はある?

 背中に聞こえる雑談。どこかで笑い声をあげる孤独ではない誰かたち。方向を特定できそうで、そのくせ意識した途端にあやふやになる管楽器の音。

 はたから見ればクールに、孤高に座っているらしい惨めな私。

 ほら、変わらない。こんなものでは、何も。

 何の意味もないお守りをポケットの中でぐっと握りしめる。私が愚かにも縋ろうとしたそれは何の抵抗もなく潰れてしまい、薄っぺらい布の感触だけが拳の中で虚しく残った。

「北沢さん、ちょっと良いかな」

 強張った声に振り向くと、いつもアニメの話をしている三人組のうちの一人が席三つ分の距離で困ったような顔をしている。目にかかりそうな長さの前髪が丸い顔とミスマッチな彼は、確か、南川くん。大人しくて目立たないタイプで、私の認識としては、放課後になるとどこからともなく教室の後ろに現れてはアニメの話をしている、という程度だ。

「え……なに?」

「あのさ、魔女の練習曲って知ってる?」

 言いたいことは言い切った、という表情の丸顔を見上げながら、私は少しの間言葉を失った。

「ああ、ええっと、知らないなら僕の勘違いで……ご、ごめん」

 後ろの友達二人にもくすくすと笑われてしまうほど、彼のおどおどとした態度はなんだか可笑しくて、それなのに私がくすりとも笑うことができないのは――それどころか、気が遠のきそうになってしまうのは、

 世界が変わったからだった。

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