嫌な記憶
物が多い。相談室の第一印象。特に散らかっているという感じではないけれど、本やファイルの並べられた棚が通路を作るようにして配置されていて、棚と棚の隙間からは、文化祭か何かで使ったものだろうか、絵具で人気キャラクターの描かれた、身長ほどもある木版が収まりきらずに顔を覗かせている。
深澤先生――先生、で良いのだろうか――に先導されて棚の通路を抜けると、物置のようだった入り口からは一転、テーブルと椅子と、あとは先生用の机が奥に置かれているだけの、狭いながらも小奇麗な空間が、校内では珍しいカバー越しの明かりに照らされていた。
「どうぞ、座って」
膝の高さまでしかない木製のテーブルを挟んで、深澤先生はキャスターつきの椅子に腰かける。促されるまま手前の同じ椅子に座ると、先生は前かがみになって目の高さを近づけた。
ブラインドのかけられた窓の向こうからは、廊下にいたときよりも近く、運動部の声が聞こえてくる。それが、この空間の静けさというか、外界とは隔絶された場所であるという感覚を際立たせている。
「何年生?」
「一年生、です」
応えてから、それぐらいのことはスリッパの色を見れば分かるのに、と思い至った。今私の履いているスリッパの色は青で、これは今年度の一年生の色になっている。確か、二年生は赤で、三年生は緑だ。
「そっか。どう、学校には慣れた?」
高校生よりももう少し年少の子に話しかけるような穏やかさ。いかにも当り障りのない質問。
返事をしかねていると、先生は腰を伸ばして座りなおした。
「僕の早とちりだったら、ごめんね。部屋の前にいたから、相談室に何か用があるのかと思ったんだけど……もしかして、違った?」
「相談、聞いてくれますか」
いくつか段階を飛び越えた質問に深澤先生は一瞬だけ呆気にとられた顔になったけれど、すぐに笑みを戻して、
「もちろん」
嬉しそうに言った。また目の高さが近くなって、私はなんとなく、目をそらした。
「友達、できなくて」
「なるほど」
「作りたいとは思うんですけど、なんか、行動できなくて。だったらむしろ一人でいる方が楽かなって思ったりもするんですけど、なんか、それも辛くて」
うんうん、と深澤先生が穏やかな目で頷くたびに、私の中の言葉が掘り返されるようだった。聞かれてもいないのに、小学生や中学生の頃の「友達できないエピソード」を、時系列もばらばらに、思い出したそばから口に出していった。
「小学生の頃……何年生だったかな。多分同級生の子が二人、校庭で遊んでたんですよね。名前も、顔も、覚えてないんですけど」
「それで?」
「それで……当時は私、もうちょっと社交的っていうか、自分から人に声をかけてくタイプだったんですけど、二人に声かけたんです。遊ぼう、って」
「それで、どうなった?」
「そうしたら、なんか、嫌だー、って言われちゃって。それまで私、そんな風に拒絶されたことなかったから、だからすごくショックで――それで、きっと、それ以来、誰かに話しかけるの、遠慮しちゃうようになったんだと思うんです」
今まで意識していたのかどうかもあやふやな、ちょっとした嫌な思い出話を吐き出したところで、私は話のネタが尽きたことに気づいて息をついた。深澤先生はすぐにそれを察したようで、眼鏡の奥で優しげに目を細めると、ありがとうねと言って柔らかく笑った。
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