fool
最低な思考
このまま篠山さんと友達になっていくのかな。ぼんやりとそう考えているうちに、午後の授業は終わって放課後がやってきた。
部活動のあるクラスメートはあっという間にいなくなって、教室には帰宅部の私と、同じく帰宅部の男子三人組が残るだけになった。他にも部活動に入っていないクラスメートは何人かいたはずで、だけど彼女ら、彼らが今どこにいるのかを私は知らない。きっと帰宅部同士、何人かで連れ立って帰ったのだろうけれど。
今日も誰も声をかけてくれなかったな。情けない気持ちになりながら思う。同じ帰宅部なのだから、帰るときに声をかけてくれれば良いのに。例えば――そう、帰り支度をゆっくりしている私に対して、「北沢さんも帰宅部なんだっけ」とか、そういう風に話しかけてくれさえすれば、私だってそこからなんとか話を続けながら、そのまま一緒に校門ぐらいまでなら歩いて行けるかも知れないのに。
三人組の男子は、アニメか何かの話で盛り上がっている。あいつは本当は強い、だとか、お前はどの子が一番なんだ、とか。耳を傾けるまでもなく一言一句が聞き取れるその話題の中に、唐突に、私も何度か観たことのあるアニメのタイトルが混ざったので、男子たちのいる方を振り向いてみた。
三人のうちの一人と目が合う。それでも三人の会話はそのまま続いて、ほんの数秒も経たずに私に向けられる視線は再びゼロになった。
そりゃあそうだ。あの三人のうちの誰かが、「北沢もこのアニメ観たことある?」と声をかけてきてくれるだなんて、そんな都合の良いことがあるわけがない。
帰宅部の他の子にしたってそう。彼女たちにはもう一緒に帰る相手がいるというのに、わざわざ一度も話したことのない私に声をかけてくるわけがないのだ。
薄々、どころではなくはっきりと分かっていた。分かってはいるけれど、私にはどうしても、そんな都合の良い出来事を待つ以外のことができない。自分から人に話しかけることが、私はどうしようもなく苦手で、多分、怖い。
窓の外から、ばおばおと管楽器を練習する音が聞こえだす。教室の後ろにたむろする三人組が、私の知らない世界の話でどっと笑い声をあげた。私は、たった今帰り支度が抜かりなく全て終わったんですよ、というような顔をして、いつも通り一人で教室を後にした。
人の気配の残る、がらんとした廊下。通り過ぎ様に空き教室の中へ目をやると、誰も座っていない私の特等席が見える。篠山さんは、何か部活に入っているのだろうか。一緒にお弁当を食べたというのに、私は彼女について篠山菜々華という名前と、A組であるということしか知らないんだなあ、と、こんな時間になってから思う。それどころか、私に至っては自分の組すら告げていない。
明日も空き教室に行けば、きっと彼女はそこにいるだろう。その時にでも、お互いにいろいろと知り合うことができれば良いか。
――本当に、そう思ってる?
答えの分かりきった自問をしつつ、運動部の走り込みをする声を耳に渡り廊下を歩く。普段は通らないこの場所は、この時間帯の他の廊下と同じようにがらんとしていて、そのくせ他の廊下にはない、すんと澄ましたような空気が漂っている。
篠山さんと、このまま行けば友達になれるだろう。彼女はきっと私と友達になろうと考えてくれているのだろうし、何よりも、私に声をかけてきてくれた貴重な存在だ。実際、声をかけられた時は嬉しかった。
だけど。
そんなに親密にしなくても良いかなあ。
頭の中で、最低な私が計算をしている。もしも今、篠山さんと友達になってしまったら、それは間違いなくお互いにとっての唯一の友達、ということになる。そんなことになったらもう、篠山さんと私の交友関係はそこでストップしてしまうかも知れない。三年間篠山さんと二人きりで、他には誰とも仲良くなれないような気がする。なにしろ、これまでうまく友達を作ることのできなかった私と、見た目も言動も暗い篠山さんだ。
確実に活動的なタイプではないであろう篠山さんとの、二人きりの三年間。それはなんだか退屈そう。それよりも、他のチャンスを掴んだ方が良いんじゃあないだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます