第三話:挨拶は大事だ


「あ、どうも」



 羽をパタパタさせ数時間。さすがの俺も少し疲れたから小休止。


 綺麗な花畑で花蜜をちゅるちゅる飲んでいると、頭上から影が伸びてきたわけだ。恐る恐る顔を上げれば、腕を組んでいる巨大な仁王様っぽい強面の石。


 今は妖精ぼでい〜ボディだが、元は社会人。きちんと挨拶もできる。俺がペコリと頭を下げれば、巨石の仁王さんも頭を小さく曲げた。


 な? 挨拶は大事だってことだ。


 みんなもヤッベェ奴がいたらとりあえず挨拶をしてみろよな。

 もし、それで襲われたりしても俺のせいにすんなよ! いいな!


「今日はいい天気ですね」


 ニカッ。


 初対面の相手には無難な切り出し。その時のポイントは白い歯を見せることだ。そうすれば大抵の人間は面倒くさがりながらも付き合ってくれるだろう。

 ただし相手が喋れるかどうか疑問視する巨石だったら……わ、わからない。


「す、素敵な笑みですね」


 思わず引き攣った声を出したが俺のせいじゃない。


 仁王さんは俺の真似をして笑顔を浮かべていると思うんだが、どう見ても般若の顔にしか見えないからだ。


 し、しかぁぁし! 俺は元社会人。

 これぐらいでめげるはずもない。


「嵐のせいで森がモ、モリモリしちゃいましたね。な、なんちゃって……」


 小粋なジョークを披露するが返事はない。

 ご、ごくりっ。


 仁王さんから放たれるプレッシャーが半端ない。


 なんか赤黒いオーラが噴き出てるもん。

 なんなん? 君だけファンタジー要素じゃなくて、格闘漫画の登場人物ですか?


 ぱ、ぱたぱた。


 羽をパタパタさせ逃げようとした瞬間、ドカァァン!!


「ひぃっ!!」


 思わず身を伏せて頭だけ隠す俺。傍から見れば、頭隠して尻隠さずみたいになっているがしょうがない。

 だって俺はざこざこ種族筆頭の妖精ちゃん。


 ぷるぷる尻だけ震わせ数十秒。それ以上の音は響いてこなかった。


 土まみれになった顔を上げれば、仁王さんの逞しい腕が真っ赤に染め上げられていた。

 そしてぐっちゃぐちゃにされたタコとトカゲを混ぜた何か。


 ……き、きっと仁王さんは俺を守ったんだ。


 ならば、元社会人の俺がすることは一つ。

 近くに生えていた可愛らしい花二輪をもぎ取り、上目遣いで仁王さんに差し出す。


 当たり前だろう? 助けてもらったんだ感謝の一つもできなければ、この弱肉強食の世界では生きていけない。

 これは決して媚びているわけじゃない。いいな?


 仁王さんはゆっくり腰を曲げ、優しく二輪の花を受け取った。仁王さんがそれをどうするのか、ナイアガラの滝さながらの唾をゴクゴク呑みながら見つめる。


 すると、仁王さんは花をズボォッと頭に突き刺した。



 …………うん。



「きも……可愛いですね!」


 あぶないあぶない。

 もう少しで本音が出るところだった。


 万が一直接罵倒なんてしてみろ、俺なんてワンパンで潰れたカエルよ。


 じー。


 あの二輪の花は俺の可愛い触覚を真似ている気がする。どう見ても位置も同じだもん。多分というより……確実にお家の近くで拾った石だよね?



 ぽんっ! と、俺は開いた右手へ握りしめた左手で叩いた。



 なるほどな。こいつはきっと親である俺が恋しんだろう。だから俺が飛んだ時に必死に追いかけてきたのか。

 可愛いやつめ。


 一気に仁王さんに親近感が湧く。


 というかどう考えても仁王さんは強者だ。現に変な生物を一発の剛腕で仕留めるぐらいだ。仲間にするにはもってこいだろう。


 ぱたぱたぱた〜。


 羽を動かし、仁王さんの肩にちょこんと座った。


 ふぅむ。仁王さんはどこから見ても仁王さんだけど、いつまでも仁王さんの名前を使っていたら本物の仁王さんがダッシュでラリアットしてきそうだな。


 俺の子供であるこいつに何か名前でも付けてやるか。


「うーーん」


 フリー……そうフリードだ。お前は今日からフリードだ!


 別に適当に考えた名前じゃない。きちんと、この一瞬で俺の偉大なる脳をフル回転さえ考え抜いたもんだ。

 ゲルマン神話のジークフリードから取った竜殺しのジークフリード。または英雄ジークフリード。もう名前の響きもあだ名も格好いい。そのまま付けようと考えたが、なんか言いづらいし安直すぎるからフリードにした。

 バカめ! 俺が考え抜いたのは嘘だ! 格好いいから選んだけだ! ばーかばーか!


「くすくす」


 俺が脳内視聴者相手に笑っていると、フリードが小さく頭を傾けて見てきた。


「ご、ごほん」


 小さく咳をして気を取り直し、ビシッ! っと天を指差した。


「お前は今日からフリードだ!」


 なんで天を指差したか俺でもわからない。理由は特にない。気分の問題だ。


 名前を呼んでやればフリードはどことなく嬉しそうな光を放った。ただし光は幻想的なやつじゃなく、おどろおどろしい紫色と黒色を混ぜたようなやつだ。


 ちょっとだけ、ビクゥッとびっくりしたが俺には害がない模様。尻の位置も悪かったのでモゾモゾと尻を動かし座り直す。


「ごほんっ。進め! 我が最強の子フリードよ! ありとあらゆる生物を打ち倒し、貴様は英雄フリードとなるんだ!」


 石が英雄になれるのか知らんが、人が泥になるお話があるぐらいだ。フリードだって頑張れば立派な石人間の英雄になるかもしれん。

 親の俺が信頼できなければ、フリードが不安になる。


 フリードの頭は……遠いから肩を撫でてやる。


「よぉし、よし」


 フリード、俺のために頑張れよ?

 そうすれば近い将来俺という偉大なる妖精が語り継がれるかもしれん。



 フリードは少しずつ足を動かすと、ぐんぐん勢いが加速されていき、森へ突っ込んだ。



 ひゃっほーい!


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