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私は自分の部屋の机でノートと教科書を開き、大学の数学を勉強する。


勉強するとき、私は前髪をいじるのが癖だ。


シャーペンを握っていない左手で髪をいじる。


すると、髪がべとべとに溶け始めた。

慌てて左手を放すと、そこにはインクのように黒い影が付いていた。


黒い影は私の手から離れないまま、話し始める。

「大学に入っても彼に教えてもらった勉強方法で勉強することになると思わなかったって?」

「そうね。時と場合に合わせて少し変えてはいるけど……。彼に勉強方法を教えてもらう前までは効率が悪かったの。彼と話してからずいぶんとよくなった。まだ、改善点はあるかもしれないけど」

「彼は厳しかった?」

「そうね。もう少し考えれば分かる問題を彼に甘えて質問して、『俺も知らない』って言われたこともある。最初そう言われたときはムカついて、彼に二度と質問するかと思ったけど、それはきっと、『自分で考えろ』っていうことだと思った。厳しさの意味が解ってから、彼とまた話したいと思った」

「彼が好きなのか?」

「そうね。私に関していい意味で厳しい彼が好きなの。彼は言っていたわ。学校の勉強がどうしようもなさそうな人にはすごく優しくして、まだ何とかなるだろうっていう人には厳しくするって。私は彼の前で、『勉強ができるように努力し続ける祈山美南』で在りたかったの」

「なるほど。努力してもどうにもならなかったことはあるのか?」

「そうね、ただ、努力しきったうえでの結果なら諦めがつくと思うの。受験とかを考えるとどうしてもタイミングというのがあって、そこに合わせられないと成功にはならない。まあでも、勉強はスポーツとか芸術とかよりは成功する確率は高いし、続ければ目標の少し下ぐらいまでは到達できる」

「そうか。苦手教科がある場合は?」

「得意教科を伸ばせばいいんじゃないかな。でも、苦手教科だけど興味があるなら、とりあえず挑戦してみるべきね。ただ、努力するなら、自分が最初からなんとなく得意だなって思うことをさらに時間をかけて磨いたほうがいいっていう考え方もある」

「自分がやりたいと思うことと、自分の能力が生かせることが違うかもしれないって?」

「その可能性はある。そのときは自分の能力が生かせることをやった方が社会貢献になるかもしれない。その方が認められるしね」

「自分がどんな人間で、何が得意なのか探れってことか」

「そういうことになる」

「じゃあ、夢の中へ行かないか?」

「……まだいい。それに、夢の中へ行っている時間はどうなるの?浦島太郎みたいになりたくないのだけれど」

「……そうか。一応、これだけは言っておくと、夢の中では現実世界の時間は止まるぞ」

そう呟いて、黒い影は私の手の上で鰹節のように舞う動きをしてから、霧のようになって徐々に消えた。


変なものを見ている、とは思うのだけれど、別に拒む気にはならない。なぜだろう。

直接的な被害はない。それに、その黒い影は私のことをよく理解しているからだろうか。


私は再びシャーペンを動かし、勉強に取り組む。

「つなげて。勉強するときは、それぞれの項目をつなげるようにするといいよ。おれは——。」

「まず、何も見ないで問題を解いて。で、しばらく考えて分からなかったら、いったん答えを見て、何が違うのか言語化して。そっから答えを閉じてもう一回解く」

「とりあえず七割を目指して。問題集も七割解ければ受かるから」

「おれは問題の解き方が複数あった場合、一番いいと思ったものを本番でも解けるように練習する。自分が考えた解き方の方がいいなと思ったら、そっちを採用する」

「他の人と比べないで、自分の過去と比べる。——隣は見ずに上を見る」

「それは、美南が無理だと思ったら無理になってしまうよ」


勉強していると、彼の声が聞こえてくる。

私の中には彼がいるのだった。


レイアも小説の中で、盲目かつ囚われの身ではあったものの、父である王に言葉や小説、歴史に名を残す絵画や音楽などの教養を教えてもらっていた。

そして、レイアの父がレイアに寄り添い、受け止めようとしたように——彼も、私に応えようとしていた。


何度も彼の手が放物線を描き、勉強が上手くいかない私を励まそうとする。

「成績は、こんな風に、右上がりの放物線上に伸びる。でも、ずっと上がり続けるっていうわけじゃなくて、こんな感じで、少し上がったり下がったりしながら徐々に伸びてくるっていう感じだよ。だから、悪かったのと、良かったのの平均ぐらいがだいたい今の実力だよ」


彼が話す。

「勉強時間のバランスは、円グラフのように考えてみるといいよ。理科と数学はこれくらい。英語はそれより少し少なく。また、勉強の進み具合によって調節する感じだよ」


私は、これらの話は勉強に限った話ではないと思う。


辛くなったときには思い出してしまう。いつも彼を。

もし彼ならどうするか、これを乗り越えれば彼に近づけるのなら、などと考えて、私は自分でなんとかしようとする。

だから、彼が私の中からいなくなったら、私は私でなくなってしまう。レイアも父が居なくなってしまったら、消えてしまったら耐えられないと言っていた。


だが、私が彼に対して抱いている感情は明るい感情だけではない。

『この闇と光』の王女レイアは父である王を愛し、そして憎んだ。私の彼に対する感情も同様だ。


私が彼の側にいたときは、彼に依存してしまうのが厭で、彼の側にこれ以上いるべきではないと思い、ときどき押し退けるように彼を拒否した。このときの私はかなりひどかったと思う。私が彼に依存しているなんて、分かり切っているのに。彼は「それも仕事だと思っているから大丈夫だよ」と言っていたが。


しばらく経つと、結局また引き寄せられるように私は彼の元へと戻っていった。彼の側にいるとき、私は満ち足りていた。

そして、彼に会うのが難しくなった今、私は彼のことを毎日考えている。大学受験さえなかったら、もっと彼の側にいられたのに、とも思うが、どう考えても私たちを引き寄せたのは私の大学受験にほかならなかった。


また、レイアは父にもっと本を読んでほしいとせがんだ。

私は、きっと彼にもっと数学を教えてほしいとせがむだろう。まだ足りないと言うだろう。彼が北側大学で学んだきっと素敵な数学の話も、美しい数学の証明も、彼の口からできるだけ聞いてみたいと思う。


これは神の意志だろうか。



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