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私は家の洗面所の鏡の前にいる。


大学受験の結果が出たころは、いつも通っている美容院には行ったものの、髪を染める気にはならず、長い髪の毛をどうしようもなく伸ばしていた。美容師さんは高校時代からお世話になっている人で、大学受験の結果を訊かれたくなくて、誤魔化していた。

そして、大学に通ってからしばらく経ち、私の母は猛反対したものの、髪を多くの男性がしているような長さにまで切った。推している男性アイドルの写真を見せて、「こんな風にしてください」と言いながら。自分を変えたいとも思っていただろうが、少し自傷行為のような気持ちもあった。


メイクは、大学受験が終わったころに、大学受験の結果が受け止めきれず何もしようとしない私を私の母が薬局に連れ出し、化粧品を一式買いそろえた。

大学に通う前には、全体的に無気力だったせいで、片手で数えられるくらいしかメイクの練習はしておらず、本格的にメイクをし始めたのは大学に通い始めてからだった。

南側大学を辞めたくなったときもメイクは手を抜いていて、とりあえずこの大学を卒業するのが妥当な選択だと悟ったころに考え直し、今では私の推している男性アイドルの真似をしている。


服も、大学受験が終わってから母と一緒に買いに行かされたがあまり自分の方向性が決まっておらず、南側大学を退学したくなったときには、自分でもダサいと思うような服を掴んで着ていて、メイクを考え直したころにやっと推しと似た雰囲気に寄せていこうと方向を決めた。


また、私はときおり多くの女性がしているような恰好もする。

メンズの服を着るようになったのは大学生になってからなので、家にある服はまあまあレディースが多いからだ。

日によって男性よりの恰好をするときもあるし、女性よりの恰好をするときもある。その日の気分で遊んでいるが、テスト前は勉強に時間をかけるため、男性よりの服装しかしない。


私の性別は何だろうか。

何でもないと思いたくなる。


私は洗面所の鏡の中を見つめている。


するとどこからともなく、あの黒い影のようなものがやってきた。今日は何の変哲もない球体だった。


「君はミニスカートを穿かない」黒い球体が話す。


「ミニスカートは高校生のときに卒業したの。勉強に集中するのにふさわしい恰好じゃないから。でも、AOAの짧은 치마 (Miniskirt)っていう曲は好きなの」

「そうか。……それはどうしてだ?」

「分からないけど、おそらく、ミニスカートを穿いて自分が好きな人を振り向かせるのに成功していないから、この世の理不尽さを表現しているから、惹かれるのだと思うの。だって、ミニスカートを穿いて、その人を振り向かせるだけの歌詞だったらつまらないじゃない」

「確かにそうだな。でも、君の中高の制服はスカートだけだった。中学校では規則で膝下にしないといけなかったが、高校ではスカートを膝上ぐらいに短くする人が多い中、君は膝下くらいで穿いていただろう」

「制服のスカートは短くしない方が、品があって良いと思うの。別に、スカートを短くすることで自分に自信がつくなら短くすればいいんじゃないかしら。でも、ズボンの制服が私の時代に存在していたなら、ズボンにしたかもしれない」

「別にスカートである必要はないと?」

「そうね……。私ははじめから女だったのではなく、私を女にしたのは社会だと思うの」

「そうか。性別はグラデーションという考え方もあるが?」

「そうね。それはそうだと思う。その上で、性別という考え方に囚われたくはないと思うけど……」

「囚われているのか」

「そうね、きっと囚われている」

「ふうん。ところで、性別に囚われたくないのなら夢の中へ行かないか?」

「そう。でもまだ行かないわ。自分の性別を考えたくないと思うことはあるけど、手術したいとは思わないし。この性別だから得したこともあると思うの。ただし、私が自分の性別をどう思っていたとしても、誰かの中で女と認識されるなら、私はその人の中で女として存在することになる。でも、別にそれをやめてほしいとは思わない。だって、結局私も他の人に対して性別を決めつけているから」

「なるほど。じゃあ、もし仮に男だったら、彼にもっと近づけたんじゃないかとは思わないのか?」

「それは……思ったことはある。私が男だったらどれほどよかっただろうって。当たり前だけど、彼は私をずっと女扱いしていたわ。女子生徒と男性教員の組み合わせでまずそうなことは、避けるようにしていたと思う。でも、仮に男になったとして、彼に近づけば近づくほど、彼が手に入らないと思う傷が深くなるだけかもしれない」

「そうか」

それはそう呟いて、軽く頷くような動きをしてから、どこかへ飛んで行った。



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