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音楽を聴くのが好きだ。

小学校の頃に誕生日プレゼントとして親からウォークマンをもらった。私の音楽の趣味は、母に影響を受けている。母がたくさんCDを買うので、曲の容量がウォークマンの限界に達するのは案外早かった。お気に入りの曲以外は消して、なんとか新しい曲を入れていたが、大学生になってからは入れたい曲が多すぎるので諦めた。だから、私のウォークマンは少し時間が止まっている。

今日は久しぶりにウォークマンを使えそうになるまで自分の部屋の中で充電し、電源を入れてみる。

とりあえず昔ウォークマンでよく聴いていた曲を流す。

すると、右の耳たぶが痛痒くなっていき、私は違和感に耐えきれず、右のイヤホンを外した。

右耳を見ると、耳たぶがぐにゃりと曲がり、いつの間にか水が滴るような形で引きちぎれた。

私の右肩の辺りに黒い靄が広がり、いつの間にかそれは耳の形となって私の目の前に現れた。

念のため、恐る恐る右耳を触って確認してみると、元の形に戻ってそうだった。


「過去に触れているのか」黒い耳は話す。

「少し懐かしくて」私は答える。

「彼は言ったじゃないか。『過去は過去だ』と」

「確かに、それはそれで正しい。でも、同じ過ちを繰り返すわけにはいかないから、過去を振り返ることもいると思うの」

「そう。……ところで、夢の世界に行く気はないのか」

そう言うと、それは少し耳の穴を大きくしてから、小刻みに震えた。

「……ないと思う。今は」

「そうか」

それはそう呟いて、ふいと消えた。


私はウォークマンのイヤホンを付け直し、音楽を聴く。


少しずつ、昔の記憶が引きずられていく。


最初から友達は多い方ではなかった。

中学校の頃は友達と話す話題を探すのが大変だと感じていた。でも、周りから浮くのが厭でなんとか数名友達を作った。


高校受験が終わり、通う高校が決まったころ、親が大学受験でひどく後悔した話を聞いた。ついでに大学は浪人も下宿もできないと言われた。そこで私は高校に入る前から、大学受験のことを意識し、勉強をしていた。部活は勉強時間との兼ね合いから入らなかった。最初の方に仲良くしていたクラスの友達とは、遊ぶ時間より勉強する時間を優先したせいで徐々に合わなくなった。私は人間関係が厭になった。そこで高一の秋頃、私は孤独と音楽、本、そして問題集だけを友達にすることにした。私は自分の中に閉じこもった。先生とも全然話しておらず、勉強の質問をすることすら抵抗感があった。また、問題集の中でも特に私が仲良くしていたのは、数学の問題集だった。数学は仕上がるのが遅いと聞いていたし、理系の進路になんとなく興味があったからだ。


私は、現実を上手く生きられず、「北側大学」という名前に逃げ込んだ。

それに親はよく言った。現役で北側大学に受かりたいなら、他の人たちみたいに遊びほうけてないで、ある程度は遊ぶのを我慢しないと無理だよ、と。

私はその親の言葉を強く信じた。

「北側大学に行くために」という言葉は私の行動を正当化できた。私はどこか満たされない感を抱えながらも、とにかく我慢して勉強し続けた。今思えばその我慢の方法はいささか間違っていたと思うが、当時の私は気が付かなかった。私は見た目を磨く時間すら勉強する時間にあてればいいと思い、私の髪はだいたい結びもせず、ぼさぼさだった。ドライヤーをかける時間を短くするため、定期的に美容院には行き、長さは肩の下辺りで保たれていた。また、荒れている肌を隠すようにいつもマスクをしていた。


私は結局、高一の冬頃にこの生活が無理になった。自分の中では、孤独を選ぶことによって、勉強に集中できるようになりたかった。でも耐えられなかった。

その頃体調不良で学校を休んだときに、もう二度と高校に行けなくなる気がした。授業を休めば私は勉強についていけなくなる。だから、とある一人のクラスメイトになんとか声を掛け、一人で昼食をとることをやめた。今考えれば、たまたまこんな状態の私でも声を掛けれそうな人がいたのは、幸運だった。


のちに彼にこの時期のことを話した。彼が私の話を聞いて、「それは辛かったね」と言ったときに何か違うと思った。私は彼に同情してほしかったのではなく、知ってほしかったのだろうか。私と彼は少し似ているということを。孤独を飼いならして勉強をして、成功した彼がとても羨ましかったということを。



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