第17話:雲竜風虎

「なに……?」


 花鈴は困ったように話しかけるが、三人は少女から──その目から、目が離せない。

 顔が少し動くたび、ちかっ、ちかっ、と輝く宝石の瞳。

 その異様は一瞬、花鈴も実は荒御魂なのではと疑いたくなるほどの不気味さを醸していたが、


「わ、わかんないよ。どうしたの……?」

(……あれ、なんか)


 不安げな少女の声で、ようやく勇吾は違和感に気が付いた。

 隣で藤太が呟く。


「もしかして、気付いてない……?」

「……、花鈴」

「?」


 何を考えたか、晴人は制服のポケットからスマホを取り出しながら花鈴とミドリに歩み寄り、


「はい、ピース」


 パシャ!


「ふぇ⁉︎」

「あ、やっぱ映ってねえわ」


 スマホを見て晴人は得心が行ったように呟いた。

 藤太もなるほどと頷いていたが、


「え、どういうこと?」

「ほれ」


 全く意味がわからなかった勇吾に、晴人はスマホを見せた。

 にかっと笑ってピースをしている晴人と、ぽかんと目と口を丸くしている花鈴が画面いっぱいに映っている。

 パッと見ただけでは、ただの平和な風景を切り取った写真だが……


「……あ」


 気付いた。

 まず、ミドリが映っていない。


「神力は神力を持つ者にしか見えないって言ったよね。カメラも同じで、荒御魂は写真に映らない。それと」


 藤太が指差す写真の中の花鈴の瞳は、普通の人間のものと同じだった。

 しかし現実では今も、その瞳は宝石を嵌め込んだようにチラチラと光っている。


「花鈴さんの目も、神力による作用でそうなってるらしい。本人は神力を持ってないにも関わらず」

「それって……」

「どういう原理かはわからないけど、この子が荒御魂を見られることと無関係ではないと思う」

「オレも同意見だな。花鈴が気付いてないのも気になる」


 などと話し合う三人を見ていた花鈴は、


「……みんな、急にどうしちゃったの」


 怯えるようにミドリの服を握って、呟いた。


「こわい」


 その時。


〈 ── ‼︎ 〉


 ざわっ──、と空気が変わった。


『っ⁉︎』


 気付いた三人が振り向くと、


〈 カリン コワガラセ タ ? 〉


 花鈴の前に出たミドリの薄紅色の瞳が、煌々と光を放っている。

 感情が希薄な顔に、明確な害意を宿らせて。


「っ」

(やっぱり、じゃないか──!)


 勇吾は咄嗟に右手を突き出して神力を込めた。

 集まった紫色の光が刀の形を成し、


「花鈴ちゃん、ソレから離れ──」

「ちょちょちょちょちょストップストップ‼︎ 早すぎんだろ待てってお前ら!」

「!」


 晴人が、一触即発の空気に割って入る。

 集中していた光が、空気に溶けるように霧散した。

 隣でも手に橙色の光を灯らせていた藤太が、冷静に口を開く。


「先輩、危ないですよ」

「危ねえのはお前だよ! いきなり殺気立ちやがって怖ぇえよ! サイコか⁉︎」

「さ、サイコって」

「お前も真っ先に武器出そうとすんな! オレの努力がパーになるだろーが!」


 冗談かと思ったが、晴人の表情を見るに本気で言っているようだった。


「で、でも今神力が」

「カンケーねえ。ミドリがちょっと怒っただけだろ。な?」

「えっ、え?」


 急に水を向けられた花鈴は、あわ、あわ、とミドリと三人を見回した後、


「み、ミドリ、そうなの? 怒ってただけ、なの?」

〈 …… オコッ テタ? 〉


 問われ、ミドリは不思議そうに首を傾げた。

 まるで、言っている意味がわからない——「怒っている」という言葉を知らないとでも言うように。

 それを見た晴人は、


「……そうか」


 と静かに呟いて、


「今日は帰る」

「えっ⁉︎」

「先輩?」

「花鈴、怖がらせてごめんな。オレ明日もここに来るからさ、また遊んでくれよ」

「あ……」

「もちろん、お菓子もたくさん持ってきてやる。またな!」


 あっさりと告げ、困惑する勇吾たちを置いて公園を出て行ってしまう。

 去り際、


「お前らも早く帰れよ」


 と言い残して。

 そして残された二人は、


「え、え〜、と」

「え〜……」

「……」

〈 …… 〉


 花鈴とミドリの何とも言えない視線を一身に受けて、


「じ、じゃあ、帰ろうか、な……?」

「そ、そうだね……」


 バイバイ、と少女たちに言って、そそくさと公園を後にした。

 逃げるように。



 ***



「それは、大変な任務になりそうですね……」


 三玉神社、社務所。

 台所のテーブルに緑茶の入った湯呑みをコトン、と置いて、瑞樹は椅子に腰を下ろした。

 その対面に座っている勇吾はありがとう、と礼を言ってから一口飲み、


「……正直、これからどうしたらいいのかわからなくてさ」


 はぁ、と重いため息をく。

 後で晴人から送られてきたのは、『これからしばらく花鈴とミドリのとこに遊びに行くから。暇なら来いよ』とメッセージ。

 そして、勇吾と藤太の二人で本殿へ報告に行った時、楽ノ神は大した興味もなさそうに聞いた後、「ふ〜ん。じゃ、引き続き頼むよん」と告げた。

 つまり、まだまだ任務は続くと言うこと。


「空井さん、何考えてるんだろう」


 瑞樹も自分の湯呑みに口をつけて、勇吾に同情するように眉をハの字に曲げた。


「任務は、その荒御魂を倒すことなのに」

「……」


 その言葉に、勇吾は開きかけた口を閉じた。

 心当たりはあった。

 ミドリと言う荒御魂。

 確かな意志を持っていた、ように見えた。

 言葉がわからないのも、知らないだけ。

 教えていけば、もしかしたら人間と共に生きていけるかもしれない。

 そう思うほどに、ミドリはある意味では人間らしかった。

 純真無垢な赤ん坊。

 きっと、晴人は倒さないで済むならそうしようと考えているのだろう。

 花鈴と仲睦まじくしている様子を見れば、そう思うのも無理はない。

 ただ、


「先輩の気持ちもわかるんだけど、ねえ」


 勇吾にも都合と言うものがある。

 大事な人を守るための力を、一刻も早くつけなければならない。

 ひとつの任務に拘泥するのは、あまり好ましい状況とは言えなかった。


「任務、変えてもらえないかなあ」

「あまり期待しない方がいいですよ。楽さま、一度決めたら絶対に曲げないので」

「だよな〜……」


 報告の際の楽ノ神は本当に任務をして欲しいのか疑わしくなるほど興味ゼロ、と言った雰囲気だったが、任務を命じた際の楽ノ神は、やらなければ許さない、と言う圧を放っていた。

 神は、任務完了の報告だけが欲しいのだ。

 変えて欲しいと申し出れば、要に向けたような『怒り』を、今度は自分が受けることになる。

 そう確信出来た。


「もうしばらく、様子を見るしかないか……」


 再びため息を漏らす勇吾に、


「今が踏ん張り時と言うことですよ! ふぁいと、です!」


 瑞樹は両手をぐっと握ってブンブン振った。応援してくれているらしい。

 その健気さに頬が緩む。


「うん、ありが──」


 ガチャ。

 と、台所のドアが開く音と共に、


「瑞樹、明日のお弁当だけ、ど……?」


 ふわふわの寝巻きを着た要が入ってきた。


「な──」


 思わぬ人物の登場に目を見張る。

 長い黒髪を緩めの三つ編みにして肩に流しており、その服装と言い、完全に家で過ごすスタイルだ。

 勇吾の姿を見て僅かに焦茶の目を見開いている。


「……あなた……なんでここに」

「いや、君こそなんで……寝巻き?」

「要さんはここで暮らしてるんです」

「え」


 事も無げに言って、瑞樹はガタン、と席を立ちキッチンに向かう。

 皿立てから淡い紫色のマグカップを取ってテーブルに置き、急須のお茶を注ぎながら、


「ちなみに実千流さんも住んでますよ。ほとんど本殿にいるので、こっちで見ることはあまりないと思いますけど」

「あ、そうなんだ……」


 そしてすとんと元いた席に座り、自分の湯呑みに口をつける瑞樹。

 要は言いにくそうに口を開く。


「……どうしてわたしの分も出すの」

(確かに)


 立ったまま、微妙な表情で湯気の立つマグカップを見下ろす要。

 あまりに自然に供されたカップに、勇吾も言われるまで気付かなかった。

 巫女はさらりと言う。


「え? 飲んでいくかと思ったんですけど」

「わたし、お弁当のこと言いに来ただけで飲むなんて」

「飲んでいかない……です?」

「う」


 じ、と見つめられ、要は言葉に詰まったように黙り、やがて、


「……」


 ガタガタン、と瑞樹の隣の椅子に座ったかと思えば、マグカップを掴んで中身を啜った。

 聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で、「あち」と聞こえた。


(飲むんだ……)


 楽ノ神には逆らえないことは知っていたが、瑞樹にも逆らえないらしい。

 その瑞樹は、「あ、そーだ!」と何か思いついたようにパチンと手を叩き、


「折角の機会ですし、相談してみてはどうでしょう、内海さん!」

「と、突然どうしたの」

「要さんはこんなだけどめちゃくちゃ経験を積んだ神徒だから、わからないことは何でも教えてくれますよ!」

「何でもは知らないし、こんなだけど、って何?」

「ねっ、何かありませんか?」


 要の抗議を華麗に無視して勇吾の方に身を乗り出す瑞樹。


「え、そ、そうだな……」


 そう言われてすぐに思いつくことなど無いだろうと思われたが、


(……あ)


 あった。

 今日、あの公園で見たこと。

 わからないこと。


「……あの」

「……」


 恐る恐る声をかけると、要はマグカップを持ったままじと、と勇吾を睨んだ。


(言いづら〜)


 と思ったが、呼びかけた手前止まるわけにもいかず、


「ダイヤモンドみたいな目、って見たことある?」

「……!」

「ダイヤモンド? テレビの話です?」


 口を固く引き締めた要と、首を傾げる瑞樹。

 要の反応の意図はわからなかったが、勇吾は続けた。


「ううん、今日見たんだ。そういう目を持った女の子を。それでその子は」

「荒御魂が見えていた?」

「!」


 要を見ると、彼女はカップを置いて勇吾を見ていた。

 その瞳に険しさを滲ませて。


「わたしも、見たことがある」

「え……」


 彼女はぴんと立てた指を差した。


「あなたがそうだった」


 勇吾に向かって。


「あの夜、あなたは宝石の目をしてた」




【第18話に続く】

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