第二章

第14話:一味同心

「最近、ある地域で一体の荒御魂が急速に力を増やしてるみたいなんすよね」


 三玉神社本殿。

 神徒集団『盤楽遊嬉』の司令室でもあるそこで、オペレーターを担当する根津ねづ実千流みちるはパソコンのキーボードを叩きながら言う。モニターに映っているのはゲームではなく、何らかのテキストファイルのようだった。

 そのモニターの後ろ、本殿の隅っこには白い布団の塊が鎮座しており、時折もぞもぞと蠢いて、端から銀色の髪が覗く。


「えっ、荒御魂も強くなるんですか?」


 部屋に散らばるクッションのひとつに座った内海うつみ勇吾ゆうごは、実千流から供されたポテトチップスを口に運びながら訊ねた。布団の塊は一旦無視する。

 彼女はこくりと頷き、


「荒御魂も、同じ神力を持つ存在を喰らうことでそれが持つ神力を得ることが出来るんです。だから、たまにとんでもなく強い個体が現れたりして、これがまた大変なんだ……」


 過去の討伐を思い返しているのか、ため息を吐く背中はどんよりと重たい雰囲気を醸していた。

 勇吾はふと気になって、


「ちなみに、最高でどれくらい……?」

「ん〜」


 キーボードの打鍵音が止まる。


「この間内海さんが倒した荒御魂は、神力充填率──うつわに溜め込んでいる神力の総量のことですけど、約八パーセントでした。これは荒御魂の中では弱い部類に入りますね」

「ふむ」

「アタシが知っている中での神力充填率最高値は、七十九パーセントっすね」

「……それって……」


 数値的にはほぼ十倍。だがイマイチ実感が湧かない勇吾に、実千流は振り返って答える。

 夜更かしのせいなのか寝不足気味の顔色だが、その眼差しは真剣そのもので、


「めちゃくちゃ高いっす。正直、今のアタシらでは総力戦でも勝てるかどうか……一、二割、ってとこ」

「えっ」


 その言葉にぎょっとする。

 もしかして、


「まだ倒されてないんですか……⁉︎」

「イエス。以前に一度だけ討伐に挑んだことがあったんですが、戦線はほぼ壊滅。誰が死んでも全くおかしくなかったけど、かなめぇが暴れてくれたお陰でどうにか死人は出さずに撤退出来たんです」

「……!」


 現実味のなさに実感が追いつかないのが正直なところだった。

 実戦経験があるお陰で辛うじて強力な個体なのだとわかるが、そうでなければ何のアニメの話かと思う。

 しかし、今の話。

 要がいたと言うのなら、


「……さより先輩もいたんですよね?」

「もちろん」


 肯定した実千流は当時を思い出すように苦々しく言う。


「でもあの時のアイツは、さよりんの速さを以てしても太刀打ち出来なかったんすよねー……」

「そんな……」


 途方も無い実力差。

 要やさよりでも勝てないのなら、自分なんかがそれの前に出て行っても秒殺されておしまいだろう。


「今は休眠状態に入ってるからかアタシの感知には引っ掛からないんですけど、またいつ目を覚まして『神力喰い』を再開するかわからない。てことで現在『盤楽遊嬉』は戦力絶賛募集中、って感じっすね」

「なる、ほど……」

(これって、かなり切羽詰まってる状況なのでは……?)


 と思ったが、実千流の声に焦りの様子は見られない。

 焦ってもしょうがない、と言うことなのかもしれない。

 今ならわかる。

 力が足りない状態だとしても、進むしかないのが現状の『盤楽遊嬉』なのだろう。

 で、と実千流は続ける。


「結構脱線しちまいました。今回の目標はソイツじゃなくてですね〜……」


 言いながら、パソコンを操作してモニターに地図を表示する。

 一箇所、赤い円で囲われた地域がある。

 その部分を指して、


「この地域では元々、充填率三パーセント以下の弱い荒御魂が数多く存在してました。感知にもほとんど引っ掛からないので放置してたんですが、最近になって激減したんです。不自然なスピードで」

「神徒の誰かが倒した訳じゃなく、ですか」

「そうです。その証拠に、ある一体の荒御魂だけが神力充填率が増加している現象が確認されています。なので」


「それをキミで調査して、倒してきてもらいたいってことなんだよね〜」


 本殿の隅に丸まった布団の塊から、楽ノ神が顔を出していた。

 見た目はかなり間抜けだったが、それを指摘するより先に勇吾は気になることがあった。


「僕たち……ですか?」

「そ。もーそろそろ来るんじゃない?」


 その時、コンコン、と本殿の大扉がノックされた。

 どーぞ、と言う楽ノ神の声で開かれた扉から入ってきたのは、


「失礼します。お呼びでしょうか、楽ノ神さま」

「めんどくせーけど来てやったぞー」


 勇吾と同じ制服を着た、二人の男子だった。

 と言うか片方は、


水守みもりくん⁉︎」

「……えっ、内海くん?」


 勇吾のクラスメイト、水守みもり藤太とうただった。

 掛けている眼鏡のフレームを指で押し上げて、垂れ気味の目を丸くしている。

 普段から大人しく、クラス内でもあまり目立っている印象はなかった彼だが、まさか神徒だったとは。

 そう言えばこの間焼きそばパンをパシらされた時、楽ノ神が口走っていたような。


(もしかして、意外と近くにいるものなのか……?)


 と思っていると、隣にいたもう一人──陽気なキャラっぽい雰囲気を出している彼が口を開いた。


「何、知り合い?」

「はい。クラスメイトの内海くんです」

「ふうん、じゃあオレの後輩だな。三年の空井そらい晴人はると。よろしく」

「あっ、はい。よろしくお願いします」


 軽く会釈をして挨拶を交わした直後、


「じゃ、早速行ってきてくれるかな?」


 布団から這い出してきた楽ノ神はそう言って、パソコンの近くにあったコーラの二リットルボトルを開けてごくごくとラッパ飲みする。実千流が小さく「あっ……」と声を漏らした。飲みたかったのだろうか。


「ぶへぁ。ちなみに勇吾はまだ実戦経験少ないし、晴人もあんまりやる気ないから藤太頼むね?」

「了解しました」

「おい、オレはそもそも水守に呼ばれたから来ただけで任務なんか」

「神力全部取り上げちゃうよ?」

「うっ」


 さらっと告げられたそれに晴人はぐっと喉を鳴らした。

 楽ノ神はその反応を楽しむようににんまりと笑い、


「好き勝手したいならたまには協力してもらわないとね。どぅーゆーあんだすたん?」

「……わかったよ」


 観念した、とばかりにため息を吐いた晴人は、


「じゃあさっさと済ませる。二人とも、行くぞ」


 くるりと背を向けてすたすたと本殿を出て行く。


「行こう、内海くん」

「う、うん」


 その後を、勇吾と藤太は駆け足で追いかけた。



 ***



「楽さまさ〜」

「んー?」


 三人が本殿から出て行った後、いつものようにゲームを起動する楽ノ神の横顔に、実千流は問いかけた。


「なんであの三人を向かわせたんすか?」


 実千流が感知した荒御魂。

 現時点での充填率であれば、ギリギリあの三人で対処出来るだろう。

 ただ、神力の増加速度を見るに、このまま増えて行くのであれば、


「新人のゆーごくん、後方支援専門のとーたくん、あまりこっちの活動に精力的じゃない空井じゃ、あの荒御魂、手に負えなくなる可能性、高いっすよね」


 神はコントローラーをパソコンの筐体に挿し、クッションに小さな尻をぽふんと落として、


「そんときは救援呼んでもらえばいーじゃん? 要あたりに頼めば秒で殺してくれるよ」

「じゃあ最初からかなめぇに頼めば」

「それじゃあつまんない」

「……」


 それを聞いて実千流は口を閉じた。

 ノ神からその言葉が出てくる時は、いくらこちらが言っても無駄だとわかっているから。


「例の個体については、ちょ〜っと気になることもあるんだけどね」


 それはそれとしてぇ、とひどく楽しそうに神は続けた。

 まるで、クリスマスプレゼントを心待ちにする子どものように。


「あれと勇吾が出遭ったら、すっごく面白いことが起こるんじゃないかな〜って思って! ああ、楽しみだなあ!」




【第15話に続く】

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