第12話:一酔千日

 さよりの戦い方は至ってシンプルだった。


「——ふっ!」


 鋭く吐いた息と共に姿が消え、次の瞬間にはゾンビの背後に立っている。

 直後、周囲に淡い橙色の暴風が吹き荒れて、彼女が振り返った時には、首がなくなったゾンビが立ち尽くしているだけ。


「ほい次!」


 間髪入れずにエストックを握った手を肩に引き寄せ、その剣先を向ける先を定めると再び突っ込んでいく。

 すると、全く同じ現象が起きる。

 立ったまま頭部を失ったそれが、膝から落ちて倒れる。

 気付けば十六体いたゾンビは、あっという間に半分に減っていた。


「すご……」


 感心して見惚れていると、


「ほら、君も働いてよ! 神力あげないぞ!」

「あっ」


 生の声で、ぼーっとしているところを咎められてしまった。

 働かざる者食うべからず。

 神力が欲しければ自分で動かなければならない、と言うことだ。


「今行きます!」


 ゾンビの群れに向けて駆け出す。

 ようやく手に入れた自分の武器を握り——握——


「あれ?」


 握れなかった。右手の中の小太刀は跡形もなく消えていた。


「おっかしいな……」


 首を捻りながら、もう一度小太刀を創り出す。

 手に伝わるずしりとした鉄の重み。

 月明かりに妖しく光る冷え切った刃。

 本物など触ったことはないが、これが本物だと言われれば納得する質感。

 確かにここにある、そう思ったのに、次の瞬間には消えている。


「……また作ればいいか」


 さよりの武器のように形が安定しないのは困りものだが、それならそれでやりようはある。

 手近なゾンビに近付いて握った刀を右肩に引き寄せ、


「——せえっ!」


 先輩に習い、頭に向かって突き込む。

 ずっ、と鈍い音を立て、刃はゾンビの額から後頭部をどうにか貫通したが、鍔が引っ掛かってそれ以上進まない。


「あれっ、動かな——」

〈 も て ぶそあ な 〉

「ぅぐっ」


 その隙に、ゾンビが勇吾の首を掴んで絞め殺そうと力を込める。

 ぎらぎらと赤く煌めく不気味な目が、執念深く勇吾を睨みつける。


「……っ!」


 息苦しさに刀を離して引き剥がしを試みるが、石のように固く動かない。

 反射的に蹴り飛ばそうと足を上げても、


〈 この かだらは わしたの もの 〉

「うぁ……!」


 別のゾンビがその足に組み付いた。


(まず、い——!)


 もがけばもがくほど、焦れば焦るほど苦しさが増し、酸素不足で目の前が眩む。


「ゆーごくーん!」


 遠くからさよりの声が聞こえる。

 すみません、全然役に立てない、と心の中で謝った。

 激しい焦燥感を惨めさが後押ししていた。

 瞬間。


 ぴょろ————————!


 甲高い笛の音が、夜の空気を貫いた。

 ゾンビの体がびくりと震え、同時に押さえつける力が一斉に弱まる。


「——っ!」


 引き剥がすのを止め、離した手に生成した刀を握る。

 そして、


「は、ぁあああっ‼︎」


 目の前のゾンビの腕を切り飛ばし、足元のゾンビの顔面に刀を突き込んで引き裂いた。


〈 あ ああ いた い い たい 〉

「はあっ、はぁ、げほ、ごほっ——!」


 呻く屍人の群れからどうにか逃げ出し、咳き込みながら首にぶら下がった腐肉の腕を千切って捨てる。


「だ〜いじょうぶ〜⁉︎」

「はぃ……すいませ……」


 息も絶え絶えになりながらさよりの声がする方を向くと、彼女の手に握られていたはずの剣がなくなっていた。

 代わりにあったのは、フルートよりは短めの、金色に光る横笛。

 吹き口から離し、胸元で構える姿は実に堂に入っており、そのまま舞台に立っても遜色ないほどに流麗で、勇吾は一瞬見惚れた。

 さよりは片手を口元に当てて、


「あたしここから支援するからさ〜、後倒しちゃってくれる〜⁉︎」

「り、了解です……!」


 支援という言葉は、恐らく先ほどの弱体化のような効果のことだと思われた。

 数も少なくなったゾンビたちはいよいよ追い詰められたことに気付いたか、一つどころに集まり歯を剥き出しにして威嚇している。


(各個撃破は難しいか……?)


 走り回って撹乱して、一体ずつ倒していこうと考えていた勇吾は、集まってしまったゾンビたちの様子を見て作戦を練り直す必要に駆られた。


「ゆーごくん、さっきあたしが言ったこと、思い出してー!」


 彼を応援するようにさよりが呼びかける。


「さっき言ったこと……」


(『神力はことで強くなるよ! この世にあるどんなものでもいい、その形が強ければ強いほど攻撃力が上がる。そう言う風に出来てるの!』)


「形を与える——」


 無意識に小太刀の柄頭を摘みながら、勇吾は彼女の言葉を反芻する。

 そしてぬいぐるみの荒御魂戦と、さよりがおこなった攻撃を思い出す。

 刀は形あるもので、対象を切り裂く、力ある形だ。

 だからそれで攻撃すれば倒せると思っていたが……もしかすると、まだのかもしれない。

 忘れがちだが、炎も風も、歴とした形だ。

 場合によっては人を傷つけることも出来る。

 と言うことは、それらを組み合わせれば。


「こう言うことか!」


 小太刀をフライングディスクを投げる時のように胸に引き寄せて、


「風に乗って——行けッ!」


 右足を踏み出し、空気を裂くように振り抜いた。

 軽く摘まれた指先から放たれた小太刀は、ブンッ——! と掻き消えるように飛び——瞬きした次の瞬間には、ゾンビのうち一体の上半身が吹き飛んでいた。

 さながら、さよりがゾンビの首を取った時のように。


「よしっ——!」


 想像通りの結果に小さくガッツポーズを決める。

 ふわりと放物線を描いたゾンビの上半身は、べちゃっ、という気色悪い音を立てて地面に落ちた。

 下半身は力無く倒れたが、上半身は腕を使って起き上がろうとしている。

 まだ倒し切れていない。

 勇吾が倒せず、さよりが一撃で倒し切っていた違いは何か。


「弱点は——頭か!」


 ひゅう、と綺麗な口笛が聞こえた。正解らしかった。

 後は簡単だった。

 さよりが『笛』を吹いてくれるお陰でゾンビたちの動きはひどく緩慢になっていた。

 勇吾は小太刀の作成に慣れ、また確実な攻撃方法も会得した。

 元々そこまで強くないと言われていただけあって、一度やり方を掴めば勇吾にもそこまで難しい相手ではなかった。


「これで——ラストっ!」

〈 いりかを うれけい—— 〉


 ズバン!

 という爆裂音と共に、最後のゾンビの頭が横に割れた。

 それを合図に、地面に散らばっていたゾンビたちの残骸が、煙のようにぼやけて消えていく。

 数秒経たないうちに全て消滅した後——地面には、


「……さかずき?」


 艶のある赤い盃が、ぽつんと残っていた。

 片手で持つには少々大きめ。両手で持ってようやく保持出来るくらいの大きさ。

 中身は半分にも満たない少量の、透き通っているようにも、赤いようにも見える液体が入っている。

 勇吾は、どんな味がするんだろう、とひどく興味が湧いた。


「それが神力だよ」


 さよりは言う。


「荒御魂を倒すと、それの持っていた神力が盃として現れる。あたしたち神徒は、それをご褒美として頂く仕組みなの」

「へえ……」


 勇吾は盃から目を離さないまま相槌を打つ。

 では、これを飲めば神力を得られると言うことか。

 しかし、盃はひとつしかない。


(二人で分ける? え、それって間接キ)

「今日はゆーごくんが飲んでいいよ。神力の盃はひとりしか飲めないから」

「え……いいんですか?」


 思わずさよりを見ると、


「いーの。頑張った君へのご褒美、だよ」


 ぱちん、とウインクをして応えた。

 彼女の顔をよく見れば、傷はもちろん、汗ひとつかいていない。

 この程度の荒御魂は、彼女の敵ですらないと言うことなのだろう。

 こちらは腐肉を食べたり首を絞められたりしたのだし、素直に頂くことにする。


「で、では、失礼して……」


 片膝をついて、盃を手に取る。

 口元に近付け、


「いただき、ます」


 まるで酒を飲むような背徳感を覚えながら、ぐいっ、と一息に飲み干す。


「——!」


 喉を過ぎると、体中を甘く温かい痺れが駆け巡った。

 味は水のように無味無臭。しかしそれを補って余りある満足感が体に充ちる。

 万能感と多幸感。

 夢の中で要に刺され、神力を注がれた時と同じ感覚。

 今回のそれは一瞬で過ぎ去ったが、ひどく懐かしく、ひどく心地のいい感覚に勇吾は盃を口から離しても、しばらく陶然としていた。


「どう、初めての神力は?」


 背中にかかる声に、勇吾はぼーっとしたまま、


「……お酒も、こんな感じなんですかね……」


 と呟くと、


「この味を知ったら、もう酒じゃ満足出来ないな」


 と、さよりは応えた。

 その声に一抹の寂しさが混じっていたのは、気のせいだろうか。




【第13話に続く】

 

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