第11話:剣抜弩張

 生島さよりは写真のイメージよりも大分テンションが高かった。


「えーっ、どうやって神徒になったか覚えてないの⁉︎」


 素っ頓狂な声が夜の閑静な住宅街に響く。

 声が大きい‼︎ と諌めたかったが、


「あ、はい……気付いたら持ってた感じで……はは……」


 及び腰に愛想笑いで応えるのがすっかり定着してしまった。

 何せ大人の女性の隣を歩くなど、勇吾は母親以外に経験がない。

 しかも相手がこんなに髪もメイクも服もバチバチに決まった綺麗な人ともなれば、余計なことを言わないよう気を遣うし前髪のひとつでもさりげなく直すと言うものだった。

 悶々とする勇吾をよそに、さよりは太く高いヒールのショートブーツをコツコツと鳴らしながら、くっきりと描かれた茶色の細眉を八の字に曲げ、


「変なの〜。神徒って普通、神様から神力を貰ってなるものだから、覚えてないわけないのに。キッカケとかもない感じ?」

「え〜っ、と〜……」


 その問いに答えるのはかなりの勇気が必要だった。

 何故ならキッカケが、


「……夢、ですかね……」

「夢?」

「女の子を助ける夢です。その時に女の子から力をもらって……」

「へえ〜、どんな子だったの?」

「あの……要さん、です……」


 ひゅう、と口笛を吹くさより。

 綺麗に音が鳴るものだな、と感心した。

 それから彼女はにやぁと笑って、


「それで三玉神社で再会したの? 運命じゃ〜ん」

「いや……その……」


 頬が熱い。ほとんど予想通りの反応だった。本当に恥ずかしい。

 正直に言わずにもっと捻ればよかったか。

 話だけを聞けば要との出会いと再会は運命的とも言えたが、あれを運命と言い切るには激しい違和感を覚えた。

 そもそもあの夢が本当に夢だったのかどうかもまだハッキリとしていないのだ。

 目が覚めた時は自宅の自室だったし、前日に学校で受けた授業の内容、煌と帰った時にした話も覚えている。

 しかし、


(神社で会った時のあの人、明らかに僕のこと知ってる感じだったしな……)


 では、あの夢は現実に起きたことだったのか。

 仮にそうだったとしても、解けない疑問は幾つもある。

 もしかして、


(他に何か——忘れてることでもあるのか?)


「——ん、そろそろ目標地点だね」

「!」


 勇吾は思考の沼から引き上げられた。

 目標地点と指示されたのは小学校だった。

 『三玉市立第一小学校』とあるそこは、三玉神社からは少々距離があり、電車で10分ほど乗った先に存在した。

 自宅や高校とも近くはないので、周囲の風景が新鮮だった。

 社務所を出てからずっと鳴っていた硬いヒールの音がぴたりと止む。

 校門の前でさよりはこちらを一瞥し、


「どう、神力感じる?」

「あ、はい……」


 言われ、勇吾は周囲を見渡す。

 時刻は十九時を回ろうかというところ。子どもの姿はもちろん、人通りそのものがほぼない時間帯。

 小学校の電気も全て消えている。寂しく広がる校庭と、囲うように植えられた木をざっと眺めて、


「……あ」


 視界に、赤い光が過ぎった。

 追いかけると、その赤は学校の裏側から放たれているようで、一瞬パトカーか救急車が点けているような赤いランプかと思ったが、光り方が違う。

 揺らめく陽炎のような、神力の光だ。


「あれ、ですよね?」

「正解〜。んじゃ行こっか」


 おどけて言って、さよりはコツンッ! とヒールを鳴らし。

 平然と校門を飛び越えた。


「え、ちょ、さ……しょ……生島さん⁉︎」

「他人行儀だなあ、さよりでいいよ〜。どした?」

「じ、じゃあさより先輩! ダメですよそれ!」

「何がぁ?」

「学校の中なんか入ったらダメですって! それにセキュリティが!」

「だ〜いじょうぶ。隠してるから」

「へ?」

「だってブザーとか鳴らないっしょ?」

「え……」


 きょろきょろと見回すが、確かに警報音も鳴らなければ、警備員も飛んでこない。


「で、でも監視カメラだってあそこに」

「神力使って映らないようにしてんだよ! わかれ!」

「ええ……」

「君のことも事前に隠してあるからバレずに入れるよ——」


「おいで!」

「——」


 校門越し、差し出された手。

 その時勇吾は、初めて。

 夢の中よりも。

 あのビルでの戦いよりも。

 楽ノ神と対面した時よりも。

 要と再会した時よりも——


 非日常にやってきたんだと、実感した。



 ***



 校門を乗り越え、校庭を横切り、校舎の裏へ。

 裏門や倉庫といった、普段児童が立ち入らないゆえの施設が備えられたその空間を校舎の陰から覗いた瞬間、


「ゔ」


 思わず鼻をつまむほどのえた腐臭と共に、それらはあった。

 ボロ切れのような服を引っ掛けて、皮膚がぐずぐずに崩れかけた人間……だったもの。

 ゾンビの群れが、蠢いていた。


「き、キモい……」

「数は十六か。マジでキモいねえ。子ども泣いちゃうよ」

「泣くどころじゃないと思いますけど……」


 恐らく漏らすまで行く。

 眺めていたさよりは言った。


「じゃあ、行ってきて」

「えッ」


 バレないように小声でやり取りをしていたが、一瞬忘れるほど戦慄した。

 慌てて囁き声で抗議する。


「ひ、一人でってことですか……!」

「そーよ?」

「そーよ、って」

「だって私、君の実力知らないんだもん」

「実力……?」

「どのぐらい戦えるのか、どんな能力を持ってるのか、知らないと連携も何もあったもんじゃないでしょ?」

「……たし、かに……?」

「だから」


 どんっ。


「うわっ——とっ、と!」


〈 —— !!! 〉


 ざわっ——! と、怖気が走る音を立て、ゾンビの群れがさよりに背中を押されて前に飛び出した勇吾を一斉に目視した。

 その真っ赤に煌めく無数の目に、喉が引き攣る。


「ひっ——」

『折れるな‼︎』

「⁉︎」


 突如、脳内にさよりの声が貫いた。

 咄嗟に出てきた校舎の陰を見たが、僅かに顔を覗かせている彼女が叫んだ、と言う感じではない。

 何より、ゾンビたちが気付いていない。


「何が、どうなって——⁉︎」


 混乱する勇吾の頭に再び声が響く。


『この声は一方通行。君からの声は聞こえないのでそのつもりで』

「さ、さよりせんぱ」

『実力見せてって言ったでしょ。どんな手段を使ってもいいから戦って見せて』

「……ッ」

『だ〜いじょうぶ。後ろにはあたしがいる。安心してぶっ飛ばされてきな!」

「無茶言うなあ!」


 思わず叫んで、しかし勇吾は、


「でも、これがテスト、ってことだよな……」


 震える両手を、雪玉を握る形に構える。

 念じて、手の中に紫色の玉を作り上げる。


〈 ゆ なさ る い  ゆ さ な さい  〉


 うぞうぞとにじり寄るゾンビの群れを視界に収める。

 数は多いし気持ち悪いが、幸い、動きはそう早くはない。

 勇吾は既に一度荒御魂を討伐している。

 最初と違って、余裕を持って立ち回ることが出来るはずだ。


「よし……やってやるぞ!」


 腕を振り上げて、最初に狙いをつけたゾンビを睨みつけて、


 ベゴッ‼︎


「うごふぅっ⁉︎」


 真横からのストレートパンチが頬に決まって吹き飛ばされた。

 全く気付かなかった。覚悟を決めている隙を狙われた。

 その拍子に、ゾンビの拳から肉が散って。

 口に入った。


「——っう」


 舌に絡みつく粘着質な液体と口いっぱいに広がる胃から色々と込み上げてきそうな酸味と鼻を抜ける酸っぱい臭いが最低のマリアージュを奏で、


「ぅげぇぉえええええっ!」


 勇吾は地面に激突すると同時に吐いた。

 これも酸っぱかった。


『うわっヤバ』

(ヤバじゃねーんだよ‼︎)


 と、引いているさよりに叫びたくても叫べない苦痛に苛まれながら、追撃しようとするゾンビの拳を紙一重で避ける。ゾンビが激しく動くたびに腐肉が飛び散る様がいちいち嫌悪感を催された。

 しかも避けたと思いきや、


〈 も ど せ 〉

「ぅわあっ⁉︎」


 別のゾンビたちが手を伸ばしてきていた。髪を掴まれ引っ張られるも、


「はンな、せ‼︎」


 反射的に右手に集めた神力を握りしめて振り払う。

 すると、バチッ! と触れたゾンビの腕が弾け飛んだ。

 肉が頭に降り掛かって大変不快だったが、


(もう構ってられない!)


 口の中に残った吐瀉物をペッ、と吐き捨て、


「でぇっ!」


 両手で握った神力を目についたゾンビに投げつけた。

 胸元に命中したそれも腐肉を撒き散らして弾けたが、


〈 つみを つなぐえ 〉


 その部分だけ不自然に抉れているにも関わらず、攻撃を受けたゾンビは変わらない速さでこちらに近寄ってくる。


(効いてない……! 攻撃は入ってる、弱点を探さないと……)

『じゃあアドバイス!』

「っ」


 脳内を貫く明るい声に頭が揺れた。


『神力はことで強くなるよ! この世にあるどんなものでもいい、その形が強ければ強いほど攻撃力が上がる。そう言う風に出来てるの!』

(かた、ち……?)


 抱きつこうとするゾンビを地べたに伏せて避け、蹴ろうとするゾンビの足に光玉を当てて消し飛ばし、その隙間を縫って一旦距離を取る。


『想像力を働かせて。どんな形なら相手を倒せる? どんな形なら相手を傷つけられる?』

(どんな形なら、傷つけられるか)


 そう言われて思い出すのは、ぬいぐるみの荒御魂との戦いの最後。

 神力で作り上げた炎をぶつけて倒した時のこと。

 あれは炎という不確かな形ではあったが、確かにこの世に存在する形だった。そして、相手を傷つけられる形でもあった。

 しかし今回もそれをやると、数も多いしこちらに燃え移る危険もある。何より自分の手を焼きながらあの数を倒さなければならない。痛いし、非効率にもほどがあると言うものだ。

 もっと別の形を考えなければ。

 となると一番想像しやすいのは、剣や槍、銃といった武器か。

 マンガやアニメの武器にすれば──と思ったが候補が多すぎて絞れない。

 なら、身近な人間の武器を真似してみれば。


(でも、他の神徒の武器なんて見たことな——)


 いや、ある。

 たった一人だけ。

 あの夢の中で、彼女——要が握っていた。

 長い長い日本刀。

 今は、それしか想像出来ない。


「——」


 無意識のうち、右手が抜刀する時のように、左腰に添えられる。

 ぐっと握りしめると、指の間から紫色の光が漏れ出す。

 目を瞑る。

 夢の中の要が握っていた刀を、朧げな記憶を頼りに思い浮かべる。

 深紫の糸で編まれた柄。

 花が咲くような形をした金色の鍔。

 淡い紫色の妖気を纏う純白の刃。


 想像する。


 想像する。


 創造する。


「——これ、だ‼︎」


 掴んだ実感と共に抜き放つ。


 ひゅっ——ざくっ!


 目前まで迫っていたゾンビの頭部を横一閃、真っ二つに斬り裂いた。


「——!」


 右手に伝わる初めての明確な手応え。

 勢いよく肉を断つ感触は、包丁で食肉を切る時よりも爽快だった。

 しかし、武器を生み出すことが出来た喜びの直後、勇吾はその刀のあまりの軽さに眉をひそめた。

 その手に握られていたのは——想像とは少し、いや、かなり離れた刀だった。

 こしらえはパッと見は要の刀に似ていたが、よく見ると所々歪んでいる。

 しかもその長さは大太刀というより、小太刀だった。


(あれ、思ってたのと違——)


〈 あながえ 〉


「あ——」


 耳元で、低く寒々しい声が囁いた。

 刀を振り抜いた姿勢のまま固まる。

 爛れた手が勇吾の肩に掛かり——


 ——ズバッ‼︎


 と、一陣の風と共に掻き消えた。


「——なるほど、それが君の武器ね」


 コツン、と太いヒールの音。

 背中越しにかかる、明朗な声。


「土壇場でよく出来た。素質あるよ、君」


 勇吾は視線を向ける。

 明るい茶色の、ふわふわと巻いた髪を流した背中。

 その右手に握られているのは、橙色のオーラを纏った細く長い剣。

 エストック。


「じゃ、ここからは手分けして倒していこっか?」


 ひゅらっ、と剣を振って血を飛ばし、こちらを向いたさよりは変わらぬ気さくな笑みで告げた。




【第12話に続く】

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