第4話:局面打開

 資材の合間から巫女の声が響く。


「難しいことは考えないでください! 手の中に力を集めるイメージだけを明確に!」

「……!」


 その言葉に倣って勇吾は座り込んだまま、両手に集中する。

 最初は少女の方が気掛かりだった。

 その動きづらそうな服装に加え、勇吾よりも体力はないと見え、すぐに捉えられてしまうと思われた——が。


「ほうら、こっちだよ! 鬼さんこちら!」

〈 まって まって—— 〉


 ところが、意外なことに彼女は、この場に置いてある資材やクレーンの陰に隠れたり、投げられそうなものを手当たり次第に投げて荒御魂の意識(?)を逸らしたりと上手く撹乱している。

 思っていたよりもずっと場慣れしているようだったので、安心は出来ないが勇吾は自分の方に注力することにした。


「ぐ……ぬぬ」


 ぽう、と両手の間に薄紫の光が生まれる。

 その輝きは昨日の夢と比べればずっと小さく、吹けば消えそうなほどに弱々しい。

 この程度では、あれに当てられたとしても大したダメージは与えられないことが容易に想像出来る。

 しかしこれ以上凝視しても、光は一向に強くも大きくもならない。


(昨日はちょっとイメージするだけで簡単に大きく出来たのに、何が違うんだ……?)


 そこに再び声が飛んでくる。


「——雪玉をっ、イメージしてください! 雪合戦で作る雪玉!」

「雪玉⁉︎ って……」


 言われて思い浮かんだのは、雪玉を投げる前に——作る場面だった。


(てことは)


 そのイメージに導かれるように、両手は自然と小さな光を包み——丁度、おにぎりを握るような形になる。

 そして、雪玉を固める時のようにぎゅっと手に力を込める。

 すると、


「あっ……!」


 ぐわっ、とさっきまでの頼りない輝きが嘘のように強くなって、あっという間に両手に収まるくらいの大きさに成長した。


「出来た!」

「じゃあっ、この子に当ててくださいっ!」


 息が切れてきて苦しそうな巫女の声に勇吾は反射的に立ち上がり、


「——らあっ!」


 足を踏み出し、相変わらず巫女に集中している荒御魂目掛けて玉をぶん投げた。

 ほとんど勘で放ったそれは、輝く腕を狙ったつもりが少し上に逸れてぬいぐるみの本体に、パァンッ! と風船が割れるような軽い音ともに命中した。


「よっしゃ!」


 よりダメージが高そうな箇所に偶然当たってガッツポーズを決める勇吾。

 しかし、


〈 い たい よ—— 〉

「……あり?」


 不恰好な巨体は一瞬ぐらりと傾いたものの、大したダメージを受けた様子もなく、そのまま、


〈 また あんそでれくる——? 〉

「えっなんで⁉︎」


 標的を再び勇吾に変えてずんずん迫ってきた。

 泡を食って逃げ出すと遠くから、


「ぜえ、ちなみに、一発じゃ足りませんからね! はあ、何度も何度もぶつけないと、倒せませんよ!」

「そんなこと聞いてないけど⁉︎」


 ぶうんと振り抜かれる腕を間一髪で回避しつつ叫ぶ。

 一発当てれば終わりだと思って何なら肩の力を抜きかけていた。

 時間との勝負で言っても仕方ないが、ルール説明は始めに済ませて欲しかった。


「大丈夫です。一回出来ればまた出来ます——よっと!」


 巫女が投げたのは何の変哲もない布製のペンケース——ってあれ自分のでは?

 チャックの開いたそれが派手に床に散らばる音は、荒御魂の意識を勇吾から一時逸らす。


〈 ——? 〉

「今ですよ!」

「あーもうっ!」


 半ばヤケクソになった勇吾は——少女の言う通り、一度イメージが固まれば二度目は容易だった——作り出した玉を全力投擲。

 二発目はぬいぐるみと膨らんでいる腕の境界に命中。

 すると、


〈 いたい いたい 〉

「その調子です」


 ぐらぐらと揺れる荒御魂。

 その隙をついて勇吾の近くに駆け寄った巫女は、策が上手く行ったというように笑っている。

 荒御魂も全く痛そうに聞こえないが、あれでも一応ダメージは通っているらしい。

 それでも、


「こんなこと続けて、本当に倒せるの?」


 追跡を再開した荒御魂から逃げながら訊く。

 あんなに低威力の攻撃を繰り返していたら、現状ではこちらの体力が尽きる方が早い。

 怪物にもどれだけダメージが入っているかもわからないし、終わりが見えない不安が勇吾を焦らせていた。

 しかし、隣を走る巫女の声は揺らがない。


「これは消耗戦です。『神力しんりき』が尽きた方が負ける。でも人間と違って、荒御魂は活動するのにも神力を使うんです。私たちは、あの子から逃げるだけで力を消費させることが出来ます」

「じゃあ、僕たちがやるべきことって……」

「ひたすら逃げて、荒御魂が神力を使い果たすまで粘ります。ただ、それだとこちらの体力の方が先に尽きるので、あなたの攻撃と私の撹乱で相手の狙いを分散して、どうにか体力を保たせましょう」

「うげ〜……」


 勇吾は、体育の授業の持久走やシャトルランを想起した。

 脳のくらつきや、肺が痛むほどの息切れ、足腰立たなくなるほどの疲労感を思い出す。

 超能力を使えるようになったからスパッと倒せると思ったのに、どうやら現実はそこまで甘くないらしい。

 やる気が一気に下がっていくのを感じた。

 そんな彼に巫女は言う。


「今、何のために戦っているのか思い出してください。あの子を倒すだけじゃないでしょ?」

「……っ」


 言われて、勇吾は咄嗟に遠くで倒れている煌を見た。

 そうだった。

 今、自分がここにいるのは、手に入れた力に酔うためではない。


「大事な友達を守るため、だ」


 それを聞いた巫女は嬉しそうに——安心したように笑った。


「ですよね。それなら私も手助けする甲斐があるというものです」

「……助かるよ」

「お気になさらず。では——お先にあの子を引き受けます!」

「頼んだ!」


 キュッ、と音を鳴らし、勇吾と巫女は二手に分かれた。

 同時に巫女がヒュッと投げたのは——見覚えのある財布。


「ってちょ待って⁉︎」


 静止の叫び虚しく、やはり開けっぱなしのそれからじゃらじゃらとけたたましく吐き出された小銭の音に、荒御魂は素直に引き寄せられる。

 堪らず声を上げた。


「さっきから何僕の私物投げまくってんだよ⁉︎ 拾うの大変だろ!」

「命の危機を前にのーてんきですね! 生き残ってから拾えばいいでしょ!」

「お、お前なあ‼︎」

「お前じゃなくて香川かがわ瑞樹みずきです!」

「か、み、ちょ、——あああああもう!」


 やきもきする思いを力と共に両手に込めて、ぶん投げながら叫ぶ。


「後で覚えとけよ!」


 パァンッ! と爽快な音を響かせて荒御魂のターゲットをこちらに移す。

 さっさと倒して謝らせないと収まりがつかない。

 勇吾は少し軽くなった体を動かしながら、荒御魂を睨みつけた。


「いくらだって相手してやる!」




【第5話に続く】

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