第7話:右顧左眄
「神様にならない?」
遊びに行かない? くらいの軽い口調で問われたそれに、勇吾は一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
「神様……って……」
「ボクと同じ存在」
「なれるもの、なんですか」
未だ畏れが消えず、尻込みしながら尋ねると、
「うん、誰でもなれるよ。神力を集めればね」
楽ノ神と名乗った存在は、「んしょと」と瑞樹の隣にあぐらをかいて座った。
「神様はねえ、大抵のことは出来るよ。簡単なところで言えば不老不死とか、巨万の富とか、誰からも敬われるくらいの名声とか」
白魚のような指を一本一本畳みながら神になるメリットをひとつひとつ挙げ、
「後は、もう会えない人に会うとか?」
「っ!」
思わず息を呑んだ勇吾の顔を見て、薄く浮かべていた笑みを深めた。
欲しかった反応を引き出せた、とでも言うように。
「ねっ、キミにとっても悪い話じゃないでしょ? どうかなっ?」
あまりにウキウキと話すので何か応えたかったが、とんでもない話ばかりで考えが纏まらない。
ただ、楽ノ神に言われて真っ先に呼び覚まされたのは、過去。
取り返しのつかない後悔。
叶わないと諦め、しかし忘れることの出来なかった願い。
それが、神様になることで叶うのだとしたら……。
「僕、は……っ」
「内海さん!」
痛みを押して起き上がろうとする勇吾の背中を瑞樹が支える。その声は心配そのもので、勇吾も大丈夫、と言いたかったが、その間も神の誘いが思考を支配していた。
それを感情の読み取れない眼差しで見ていた楽ノ神はそうそう、と言って、
「まあ、神様を目指さないとしても、神力を得た以上、戦う
「戦う術……?」
「さっき、キミとみぃちゃん——瑞樹が戦ったヤツ」
「!」
荒御魂。
神力を持ち、意思疎通が取れず、勇吾と瑞樹は戦って鎮めるしかなかった異形。
「アレ、神力を持つ者に惹き寄せられるんだ。キミも心当たりがあるでしょ?」
煌との帰り道に聞いた、助けを求める声を思い出す。
ハウリングしたスピーカーを通したようなノイズ混じりの音。
最終的に戦いに巻き込まれた訳だが、あれは荒御魂が近付いてきたというより、どちらかと言うとこっちから向かって行った、と言うほうが正しい、ような。
「……確か、に」
……アホだと思われそうなので、自分から探しに行ったことは言わないでおくことにした。
神はでしょ〜? と応じて、
「つまり、神力を持ってる限りはああいうのに狙われ続けるってこと。ヤバいっしょ?」
「そ、そうですね……」
(所々ギャルっぽいのはなんなんだ)
と思ったがややこしくなりそうだったので突っ込まず、
「……じゃあ、僕はこれから、戦えるようにならなきゃいけないってことですか?」
その問いに神は唸った。
「うーん、キミの意思次第かなあ。戦わないとして、弱い荒御魂なら逃げても無視してもいいし、強いヤツだったらボク——じゃなくて他の神徒が対処するだろうし……でもほんとにいいの?」
「?」
「アレ倒すと神力手に入るけど」
「……、え、でも」
一瞬言葉を失いかけたが、疑問が浮かんで口を開く。
「僕らが倒したヤツからは、出てきませんでしたけど……」
「キミぃ、戦い終わった後気ぃ失ってたんでしょ〜?
「イテッ、ちょ、やめてくださイッテ!」
脇腹を強めにつつかれて蹲ると、楽ノ神はひどく愉快そうに笑い声を上げた。
少しして笑いを収めると、
「本当なら倒したアレの神力は倒した人のものだけど、キミたちを回収したのが要だったしなあ」
「要さん、場に残った神力は誰のものだろうと絶対に逃さないですもんね……」
(かなめ?)
困ったように笑う二人(?)に、勇吾はあれこれ聞きたいことはあったが、
「あの怪物……荒御魂を倒し続ければ、神様に、なれる……」
「そう!」
「神様になれば、願いが叶う」
「そう! だからキミも神様に」
「う〜んでもなぁ……」
「がくっ」
とわざわざ口で言って楽ノ神はずっこけた。瑞樹は「あはは……」と苦笑いを漏らしている。
体を起こした神は、
「何を迷うことがあるのさ〜神様なりたくないの〜?」
勇吾の態度に不満げな表情で文句を言う。
「いや、なりたい、ですけど……でも……そのう……」
視線を泳がせ、ぐずぐずと口をもぞつかせている彼に焦れたのか、
「あーもう飽きた! 帰る!」
「えっ」
楽ノ神はすっくと立ち上がると踵を返してすたすたと部屋の出口に歩いて行った。
勇吾は慌てて呼び止める。
「な、なんで急にそんな」
「だぁっていつまでもぶつぶつもにょもにょ言ってさあ、神様にならないならつまんないし帰る〜って言ってんの! みぃちゃん後よろしく! おやすみー!」
「あ、はい。おやすみなさ〜い」
「ええ……」
本当にさっさといなくなってしまった楽ノ神の白い背中を見送った後、瑞樹は申し訳なさそうに口を開いた。
「すみません、楽さまめちゃくちゃ飽きっぽい方なんで……困りましたよね」
「いや……僕もなんか、失礼な態度取っちゃったみたいで……」
「あぁ別に気にしないでください。明日には忘れてるので」
「あ、そう……」
彼女があまりにあっけらかんと言うので本当にそうなんだなと思った。
そして、
「……ごめん、神様目指すかどうかは、すぐには決められそうにないや」
「元々大きすぎる決断なんです。お気になさらず。自分のペースでいいんですよ」
「ありがとう……」
見た目からして有り得ないのだが、なんだか瑞樹が年上のお姉さんに見えた。
その優しさに少しでも応えたかった勇吾は、
「明日までに、どうするか決めるよ」
「えっ、そんなに急がなくても……」
「ちょっと、気になることもあるからさ」
「気になること?」
首を傾げる瑞樹の疑問には答えず、
「うん、だから、今日のところは帰るよ」
左手を地面について、立ち上がる。
今も体はそこら中が痛んでいるが、歩いて家まで帰る分には問題ない程度には回復していた。体内に残った神力も効いているのかもしれない。
「泊まっていってもいいんですよ? 明日もこの部屋は空いてるし……」
瑞樹は心配そうだ。あれだけの戦いを繰り広げる直前にも、彼女は全身ボロボロの勇吾を見ている。いくら神力の補助があったとしても、今の彼を案じるのは無理もない話か。
「意外と平気なんだよ、本当に」
「そうですか……?」
(う!)
不安げに勇吾を見上げる彼女の表情にどきりと心臓が跳ねるが、気付かないふりをして、安心させるために笑いかける。
「大丈夫だよ、色々とありがとう、香川さん」
「……わかりました」
まだ納得がいっていない様子だったが、やがて瑞樹も立ち上がり、部屋の隅に歩いていく。そこにはボロくなってはいたが綺麗に畳まれた制服と、リュックが置いてあった。
わざわざ持ってきてくれた瑞樹はそれを足元に置いて、
「荷物はここに纏めてあります。……後、これを」
装束の前合わせから一枚の紙を取り出し手渡した。
細長い和紙に朱色の墨汁で書かれたそれは、
「お札……?」
「それを持っている間、あなたの神力の反応が外から感知されなくなります。効き目は一晩程度なので、神社を出たら寄り道せず、真っ直ぐお家に帰ってください」
「荒御魂から気付かれなくなるってことか……ありがとう、助かるよ」
「これくらい、大したことないです」
瑞樹は微笑むと、くるりと背を向けて部屋の外へ歩いていく。
襖を出ると振り返り、
「私のこと、瑞樹で構いませんよ」
「え」
「それじゃあ、おやすみなさい」
すたん、と閉まる襖を、勇吾は言葉もなくしばらく見つめていた。
それから、
「……あ」
置いてあったリュックの中身を探って、財布の中身を見てみた。
小銭入れの中身は空だった。
「……謝らせるの忘れたぁ……」
勇吾は瑞樹を呼び捨てすることにした。
【第8話に続く】
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