第2話

誰かを好きになる瞬間が劇的なものとは限らない。

きっかけは中学1年生、一学期の半ばに起きた何気ないことだった。

「あれ?光織も笠松先生の小説好きなの?」

さらりとした黒髪に端正な顔立ち、あどけなさが残る甘い笑顔でクラス中、いや学校中を虜にしている誠が話しかける。

「好きだけど。」

(伊佐音くん、彼のことが好きな女の子たちがいつも騒いでるけど、爽やかすぎて正直苦手なんだよね。)

「最近デビューしたばかりだけど、どの作品も面白いよね!俺も好きなんだ。周りに好きな人いなかったからさ、こんなに近くにいてすげー嬉しい!」

つっけんどんな未愛の態度とは対照的に、仲間を見つけた喜びからか誠は、嬉しそうに話す。

「光織っていつも本読んでるよね、おすすめの本教えてよ。」

屈託のない甘い笑みをこぼす誠を前に未愛は少し恥ずかしさを覚えていた。

(伊佐音くんのことが好きな女の子達が騒いじゃうのは、彼に関係ないのに勝手に気にして悪かったよね。勘違いされるような仲でもないし…。何より私も笠松先生の小説がわかる人と話したい!)

大好きな小説の話をする誘惑に抗えず、気づけば校門が閉まる時間になるまで、彼と話し続けていた。


気がつけば、放課後に誠と未愛が小説の話で盛り上がるのは日課になり、互いを名前で呼び合う仲になっていた。

初めは誠に苦手意識を持っていた未愛も、話すうちに悪戯っぽい笑顔や何気ない優しさを持つ誠に惹かれるのにさほど時間はかからなかった。


高校生になっても誠と話す関係は変わらなかった。そんなある日、幼馴染の結衣が焦ったように未愛に質問を投げかける。

「ちょっと!未愛!誠くんと付き合ってるってほんと⁉︎」

「誠とわたしが?付き合ってないよ!」

(3年もあったのに告白できてないし。)

結衣の話を聞くと、どうやら未愛と誠が噂になっているらしい。

中学の頃には噂になったことはなかった事もあり、周りに2人が認められたようなくすぐったい気持ちになった。

そんな未愛に結衣は焦ったように、言葉を続ける。

「未愛は知らないと思うけど、中学の時も噂はあったけど、未愛だからってみんな納得してたんだよ?でも、今は親衛隊の子達もいるし、気をつけないと!」

未愛は知らないだけで、実際には中学でも2人の関係は噂されていた。

けれど栗色のふんわりとカーブのかかった長い髪に、栗色の大きな瞳を持つ愛らしい容姿、それに誰のことも名前では呼ばない誠との親密さに勝てないとされていただけだった。

(今まで何もなかったし、大丈夫だよね。)

完全に油断していた未愛は、呑気にそんなことを考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ずっと好きだった人が結婚すると聞いたので 白宮 つき @shiromiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ