進むしかない

『お前もアレンを気にかけてやって欲しい。身体に付いた傷ならリーリエが治せるが、心の傷までは治せないから、私達でフォローするしかないんだ』


――あの時。

エリンが抱えている傷にも気付かないルークからの上から目線の言葉に、私はブチ切れした。


『お前がエリンに要求するなよ』と。

アレンに嫉妬したとか、してないとかじゃなく、ただただルークにブチ切れただけ。


そんなに気にかけているはずの友人なのに、リーリエがアレンに接することが気に入らなくて、ありきたりな言葉を並べて、体よくエリンに押し付けようとしているようにも感じた。


そうでなければ、医療の知識もなければ、回復魔法も使えない十歳の少女に、誰よりも深い心の傷を負った二十歳の成人男性のアレンのフォローをしろだなんて言わないはずだ。


ましてや、ルークのように元々親交があったのならまだしも、エリンは『初めまして』からスタートしなければならないし、与えられた情報はアレンが記憶喪失だということだけ。


……無茶振りにもほどがあるでしょうが。

あの、クソあたおかヤンデレが……!


――アレンもまた、ルークに人生を狂わされた内の一人だ。


蒼井先生は本当に何を考えてこの小説を書いたのだろうか……。

先生の作品はどれも好きだけど、ルークが主人公のこの新作小説だけは、どうにも好きになれない。


根本の設定がヤンデレなのが原因なのもあって、それぞれの抱える事情が重たすぎるし、家族を――健気に兄を慕っていた妹を蔑ろにするような男主人公は嫌だ。


どうにも好きになれない理由はもう一つある。

アレンの置かれている境遇を知った私は、小説の中でエリンを殺した男に対して、すっかり同情してしまっていることだ。


アレンの登場に驚いて過呼吸で倒れた私が。

それほどまでに会いたくなかったはずのアレンに、自ら会いに行こうと考えている。

バカ……。本当にバカだ。

エリンの幸せだけを考えて生きていくには、アレンの人生に混じってはいけないというのに……。


結局、ルークの思い通りに動かされているような気がするのが……一番、腹が立つ。


……もう、こうなれば少しでもアレンと友好な関係を築いて、彼に殺されないような展開に持っていくしかないわ!



「ミア!」

「はい、お嬢様」

「今日の服は、とびっきり愛らしいものにして頂戴」

「……愛らしい、ですか。珍しいですね」


アラサーだった前世の記憶を取り戻してからの私は、同じ年頃の少女が好むようなレースいっぱいのワンピースに抵抗を感じ、シンプルなワンピースを着ていることが多かった。

ミアは大人になった私に喜びつつも、残念がってもいた。

『息子は飾り甲斐がなくてつまらない』というのが口癖だったミアは、今まで私を着飾らせることでその欲求を解消していたからだ。


「今日はディアーズ卿のところに行こうと思うの」

「ああ、なるほど。第一印象が大切ですものね」

ミアの瞳がキラキラと輝き、口元が弛んだのを私は見逃さなかった。


「そう。第一印象が大切だから……お手柔らかにね?」

「心得ております」

自信満々に頷くミアには不安しか感じない。


……けれど、こんなにも生き生きとしているミアの顔を見るのは、いつ振りのことだろうか。

今日ぐらいはミアの好きにさせてあげよう。

私はミアが仕える主人として、結果を広い心で受け入れれば良いだけだ。


「じゃあ、よろしくね」

「かしこまりました」

ペコリとお辞儀をしたミアは、顔を上げるとすぐにパチンと指を一回鳴らした。


すると、三人の侍女達がどこからともなく現れた。


「ミア様、お呼びでしょうか」

三人は床に片膝を着き、ミアに向かって頭を下げる。


「ええ。待ちに待ったお楽しみの時間よ」

「おお、それは本当ですか!」

ニコリとミアが微笑むと、侍女達は感動したようにキラキラと表情を明るくさせた。


「ぅっ……。この日が来るのをずっと待ち望んでいました!」

「まさか本当にこの日が来るとは……ぐすん」


え……?二人、本気で泣いてない?

え?……ええ?


「あ、あの……、ミア?」

恐る恐る声を掛けると、笑顔を貼り付けたようなミアがくるりとこちらを向いた。


「…………ひっ」

小さな悲鳴を上げ、身体を強張らせながら一歩足を引かせた私の両腕が、二人の侍女にガシッと掴まれる。


「さあ、行きますよ」

「……え?……え?」

そのままずるずると、引き摺られるようにして、どこかに連れて行かれる。


「み、ミア!?」

「お嬢様。先ずはお風呂からです」

「お風呂!?ディアーズ卿の所に行くだけだから、お風呂は必要ないと思うの!」

「いいえ。第一印象が大切ですから。久し振りにじっくりとお手入れさせて、頂きますね?」

ミアは瞳を細めながら首を傾げる。


……怖い、怖い、怖い!


――前言撤回。

ミアを好きにさせたらダメだ。


「お、お義姉様、助けてー!!」

私の叫び声が部屋の中で、虚しく響く――。



*****


「「「行ってらっしゃいませ」」」

「ご武運を」

「……ん。……行ってきます」


ヘロヘロの私とは対照的に――とてもスッキリしたような顔のミアと三人の侍女に見送られながら部屋を出た私は、少し歩いた先で壁に手を当てながらガックリと項垂れた。


……つ、疲れた。


舞踏会に行くわけでもないのに、お風呂に入れられて全身を磨きあげられただけでなく、マッサージ、パックまで施され――最後には地獄のドレス選びが待っていた。


四人共に拘りが強く、『エリン様には一番水色がお似合いです!』だとか、『いいえ、エリン様といえばピンクですわ!』だとか、『色よりもレースです!最新のレースは欠かせません!』だとか、『総レースのワンピースとか愛らしいですよねえ』だとか……。

当事者そっちのけで盛り上がること、盛り上がること……。


結局は、襟と胸元、スカートの裾に白いレースがふんだんに施された水色のハイウエストのロリータ風のワンピースに決まったのだが……またここからが長かった……。


靴下の長さや靴の色、髪型に髪飾り。

『スカートの下には、パニエが必要だ』とか『パニエよりも膨らむクリノリンが良いわ』とか。『クマのぬいぐるみは欠かせない』とか、『いや、エリン様はネコでしょう!』とか。いつの間にかぬいぐるみ論争になっていたり……。

思わず、『ぬいぐるみは必要?』と質問すると、全員から『必要です!!』と即答されたのだった。


――今後はミア達の『着飾らせたい』欲を解消する時間をもっと増やそうと、私は心に決めたのだった。

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