滞在の理由②

「唯一の生き残り……?」

呆然と聞き返した私の手が、リーリエにギュッと強く握られる。

それは私が聞き返したことへの肯定に他ならなず、

「ああ、そうだ」

ルークもリーリエと同じタイミングで大きく頷いた。


「アレン以外――ディアーズ伯爵夫妻、アレンの兄と二人の妹。そして、当時伯爵家にいた使用人の全員が死んだ」

「そんな……どうして」


――重く辛い話になることは覚悟していた。

ある程度のことならば冷静に受け止めることができると思っていた。


けれど、生き残りがアレン一人しかいないという衝撃的な事実が、あまりにも大きく私の心を揺らしてしまったらしい。

動揺し過ぎて、気を抜くと身体が震えそうになる。

リーリエを宥めるために握った手が、私を安心させることになるなんて思ってもみなかった。


「襲撃者の中に魔法使いが含まれていた。それも特殊な炎の使い手の、な」

「特殊な使い手……」

「固く凝縮させた炎の玉を同時に何十発も発動できる魔法なんて、今まで見たことがなかった。それなのに奴は平然とやってのけた」


……まるで『拳銃』のような魔法だと、話を聞きながら思った。それもマシンガンのように連続して出るようなもの。


機械文明が進んでおらず、魔法使いもそんなに多くないこの世界での戦い方は、剣が主流だ。

甲冑を着込んでいる戦場ならば、致命傷は避けられたかもしれないが、邸の中でそんな格好をしているはずもなく――殺傷能力の高い特殊な魔法使いによる、一方的な虐殺だったであろうことが想像に難くない。


「一発受けただけでも致命傷になるであろう魔法を、事もあろうに奴は楽しむかのように女、子供関係なく発動し続けた。その襲撃がどれだけ凄惨なものだったかは、崩れ落ちた邸と残された遺体が全て物語っていた」

「酷い……」


どれだけ、怖かっただろうか。

どれだけ、痛かっただろうか。

どれだけ…………無念だっただろうか。


悔しさと怒りが込み上げてくる。

叶うならば、亡くなった人と同じだけの苦しみを味わわせてやりたいと思う。

他人の私がそう思うくらいなのだから、一人だけ生き残ってしまったアレンの抱える悲しみや苦しみは、計り知れないものだろう……。


「……ディアーズ卿はその時、邸にいらっしゃらなかったのですか?」

「いや、アレンも一緒に襲撃者を受けている」

リーリエのことしか目に入らないはずのルークの表情が曇った。それだけアレンが大事な友であることが分かる。


「腕と脚を攻撃してきた爆風に飛ばされ、瓦礫の下敷きになったお陰で、とどめを刺されることなく見逃されたんだ」

「……そうだったのですね」

ルークを見ていると何故かチクリと胸が傷んだ。


「襲撃者は……誰が捕まえたのですか?」

「私だ」

「お兄様が?」

「ああ、そうだ。生半可な者を送り込んだら死者が無駄に増えるだけだからな」


魔法に関してルークはトップクラスだ。

一番の適役だったに違いない。


「アレンにはせめて私刑を許してやりたいのだが……家族が殺されたところを目にしただけでなく、一人生き残ったショックで、記憶を失くしてしまっているんだ」


アレンが記憶を失くしていることにも、私は少なからず衝撃を受けたのだが……その後に続いたルークの言葉が、私に一番の衝撃を与えた。


「だから、お前もアレンを気にかけてやって欲しい。身体に付いた傷ならリーリエが治せるが、心の傷までは治せないから、私達でフォローするしかないんだ」

「ルーク!」

私の異変に気付いたリーリエが叫んだが、もう遅い。


――全身の血液が一瞬で沸騰するかと思った。

『お前が、それをエリンに要求するのか』と。


久し振りの再会を喜ぶ妹に素っ気なくしただけでなく、婚約者だという見知らぬ女を連絡もなく連れて帰り、自分には笑顔一つ向けもしないのに、その女だけにはいつでも笑顔を見せ、甘やかな態度を向け続ける兄に、幼いエリンがどれだけ傷付いたと思っているんだ。

妹の心の傷に無関心で、気付こうともしないような男が、血を分けた妹を差し置いて――今度は偉そうに友達の心配?


ルークことなんて心底もうどうでも良かったけど、これでは、エリンが不備過ぎる。


あー、分かった。今なら理解できる。

小説の中でも、ルークはエリンの傷口に塩を塗るような真似をしたのだろう。今の私とは違って、兄が自分の世界の全てだったエリンだ。

……その時に負った心の傷は、計り知れないものだったはずだ。


『一人残されたのが記憶を失うような弱い息子だなんて、伯爵夫妻も浮かばれないわね。一緒に死んでしまえば良かったのに』

兄に気遣われるアレンに嫉妬をしたエリンが、そんな心無い言葉を囁やき続けたのかもしれない。


――結局、全てルークのせいじゃないか。

ルークが少しでもエリンに寄り添っていれば、起らなかったことだ。

それを棚に上げて、この男は…………。


リーリエが真っ青な顔で、オロオロと私とルークの顔を交互に見ているのに気付いたが、苛立った心はそんに簡単には収まらない。

気付けば、ルークを睨み付けていた。


そして――

「エリン!何だ、その反抗的な目は!」

「ルーク、止めて!」

「お前は傷付いた者の気持ちを思いやってもやれないのか!我が妹ながら見損なったぞ!」

「お願いだから、止めて!!」


二度目の『お前が、それをエリンに要求するのか』である。


――プチン。

流石の私も我慢の限界だ。


「……この、クソあたおかヤンデレが」

「エリン!今、兄に向かって何て言ったんだ!」

「ルーク!!」

あたおかヤンデレ如きに激怒されても怖くなんかない!


「クソあたおかヤンデレ?」

私はにっこりと満面の笑みを作った。


「ク、クソ、あ、あたおか……?」

「クソあたおかヤンデレが私の兄だなんて、心底自分の置かれた境遇を恨みましたわ。クソあたおかヤンデレも私が気に入らないようですので、二度と話し掛けないで下さいね?」

またにっこりと笑った私は、椅子から立ち上がると、颯爽と部屋から出て行く。


扉を締める間際に、呆然とするリーリエと目が合った。

ペロッと舌を出した私に、驚いたように瞳を瞬かせたリーリエだったが、すぐに吹き出したように小さく笑った。



――久し振りに気分がスッキリした。

何もかもを吹っ飛ばして、やってしまった感はあるが、後悔はしていない。


両手を上げて背伸びをした私は、扉の外で全て聞いていたらしいミアを含む微妙な表情をした侍女達とハタリと目が合った。


分厚い扉を隔てても、中であれだけ騒げば嫌でも聞こえるし、気にもなる。


『ナイショだよ?』と侍女達に向かって、にっこりと笑い掛けながら、顔の真ん中でシーッと人差し指を立てた。


まるで悪戯っ子のようなことをする私に、侍女達はクスクスと笑い声を洩らした。



――さて。

家出の準備でも始めますか。

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