色々と検証してみた
「はあ……幸せ〜」
甘い苺と濃厚な生クリーム。そして、バターたっぷりのタルトが、絶妙なバランスを醸し出している。
口の中が幸せ過ぎる〜――じゃなくて。
『苺のタルトが食べたい』という私のお願いは無事に叶ったことになる。
その証拠に、【エリンの秘密の日記帳】のページに書いたお願いは消えていた。
日記帳に書いたお願いが叶うと消えてしまう仕組みらしい。
それならば……と、私は検証を始めた。
『苺のタルトのおかわりが食べたい』
普段なら、おかわりをするとミアに窘められるのだけれど、すんなりとおかわりを貰えた。
『ミアと一緒の席で、お茶が飲みたい』
苺タルトならまだまだ食べられそうだったが、夕食が食べられなくなるのは困るのでお茶にした。
普段なら、「使用人が主と一緒の席でお茶はいただけません」と断固拒否するミアが、「今日だけですからね」と、一緒にお茶を飲んでくれた。
『コルセットを外したい』
この世界では、まだ骨の柔らかい幼い頃からコルセットを身に着けて、ウエストを細く矯正するのが普通である。エリンも八歳の時から、毎日身に着け続けている。
普段なら、外せるのは就寝前なのだが、「今日ぐらいは良いでしょう」と簡単に外してくれた。
その他には、『お金が欲しい』『大金持ちになりたい』『大きな宝石が欲しい』『お父様とお母様を生き返らせて』と書いてみたが……叶わなかった。
お金や宝石、既に亡くなっている人を甦らせるといったお願いは、無理なようだ。
願望リストのように、書き記した文字の羅列がだんだんと増えていく。
そうして検証していく内に気付いたのだが、『お金』は無理でも『刺繍用の金の糸』なら可能で、『大きな宝石』は無理でも『原石』ならば可能だった。
これを上手く換金できれば、簡単に逃走資金が作れそうだが、これらは降って湧いたわけではなく、人の手を仲介して手に入れた物なので、乱用は厳禁である。
仲介者とそれに関わる者は、深く追求しないように操作されている節が見受けられたが――何の関わりのない第三者にまで、その操作が及んでいるかは分からないし、そもそも持ってきてもらった物の出処は、恐らく公爵家の貯蔵庫の中だ。
刺繍用の金の糸ならまだしも、原石の持ち出し過ぎは流石のエリンでも咎められる。
例え簡単なことであっても、本人の意に沿わないことを強制させるようなお願いは避けるべきだし、錬金術の等価交換にも似たお願いをすることは、よく考えてするべきだろう。
自分に作用することなら使いやすいのに……と思った私は、まだそっちを試していなかったことにふと気付いた。
念のために鍵を掛けて……っと。
日記帳を手にした私は、ドレッサーの方へ移動をした。
鏡に映る自分の姿を見つめながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。
そして、日記帳に書き記す。
『一分間だけ縦ロールにして』と。
時間を付け足したのは、保険だった。
緩やかなウエーブの髪が、縦ロールのまま戻らなくなってしまったら大変だからだ。
少しの間、鏡を見つめていると――髪の毛が意志を持ったかのように大きく動き出した。
そしてあっという間に、鋼のドリル如く、くるんとした大きな縦ロールへと変わった。
……凄いわ。
縦ロールの先を思いきり下に引っ張ってみても、鋼のドリルは少しも崩れることなく、ドゥルンと効果音が付きそうなアクションでもって、元に戻っていった。
――一分後。
鉄壁の如し鋼のドリルはシュルシュルと解けて、元の緩やかなウエーブを描いた。
今までのことがまるで夢だったかのようだった。
凄い!凄いわ……!
興奮した私は、次に『一分間だけ紫色の瞳にして』とお願いを書き記した。
すると、水色だったエリンの瞳が、みるみる内にリーリエのような紫色の瞳に変わった。
吸い込まれそうなほどに綺麗な紫色の瞳から目が離せなくなる。
あ……。もっと見ていたかったのに。
綺麗な紫色の瞳が、いつもの見慣れた水色に戻ってしまった。
……そうだ!
もう少しだけ紫色の瞳を見ていたかった私は『一分間だけリーリエになりたい』と書き記していた。
――けれど、いくら待ってもエリンの容姿はエリンのままで、リーリエに変わることはなかった。
……まあ、そうよね。
これで別人になれてしまったら、大変なことになるものね。
苦笑いした私は、気持ちを切り替えて、そのまま自身への検証を続行させた。
――自分自身へ行った検証の結果。
髪や瞳、肌といった色を変更することが可能で、他にも耳を生やしたり、『目を大きくする』などの自身の持つ身体のパーツの修正も可能。
そして、実在する人物には、誰であっても変われないことが分かった。
いざという時の為にも、パーツの修正ができるのが分かったのは大きな成果だ。
自分のパーツを修正して、似ているだけの別人を装うことも、何なら獣人にだってなることができるのだから。
有能過ぎて偉い。
敬意を込めて触れると、日記帳が照れているように感じた。
照れもするのね……。
感情豊かな日記帳には毎度驚かされるが、日記帳のお陰でどうにか未来が見えてきた気がする。
……あなたがが望む、エリンの幸せは私が絶対に掴んでみせるわ。だから力を貸してね。
「『幸せを掴む』」
秘密の日記帳の解除をした私は、机の引き出しを開けて、その奥に日記をしまった。
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