偶然の再会②

最期の食事は鳥の丸焼きでも良いわね、なんて考えはじめた時――。


今までだた泣きじゃくっていたリーリエが、溢れ出る涙を拭いながら口を開いた。


「…………なさ……い」

リーリエの言葉は途切れ途切れで、よく聞き取ることができない。


――リーリエが伝えたいことは、私への拒絶の言葉か、それとも別の何かなのか。

例えどんな罵りの言葉であっても、受け止める義務が私にはある。リーリエに拒絶されるのは心が痛むけれど、それも仕方がないことだ。


私は覚悟を決めてリーリエの言葉を待った。


「ごめ……なさい」

だが、リーリエの口から出てきたのは、私が予想もしていなかった謝罪の言葉だった。


「……え?」

思わず瞳を何度も瞬いた。


きっと、私の聞き間違いだろう。

リーリエから謝られるようなことは何も――


「本当に……ごめんなさい」

リーリエは涙で潤んだ瞳を真っ直ぐに私に向けたまま、頭を下げた。


「ち、ちょっと待って下さい!お義姉様に謝られるようなこと、私は何もされていませんよ?」


加害者はあくまでもエリンで、リーリエはただの被害者だった。

それなのに『違う』とリーリエが首を横に振る。


「私はエリン様のお気持ちを全く考えていなかったんです」

「私の気持ち……?」

「そうです」

大きく頷いたリーリエは、キュッと唇を噛み締めた後に、また口を開いた。


「突然現れた見知らぬ女を――エリン様の大切なお兄様の婚約者だと紹介された時のあなた様のお気持ちを、です。私は……私にも家族ができるのだと浮かれていました。エリン様にも受け入れてもらえるのだと、浅はかな私は思い込んでしまっていたのです。きちんと考えれば分かることなのに……」


「……そんなこと!私がただ子供過ぎただけですわ!」


「……いいえ。エリン様のお気持ちが正しいのです。だから、本当はエリン様が謝ることではないのです。エリン様とルーク様との間に割って入ってしまった異物は私の方なのですから……」


リーリエは悲しそうな顔で笑った。


「お義姉様……」


その悲しそうな顔を見た私は、リーリエが長年置かれていた境遇を思い出した。



物心がつく前に、教会の神託によって次代の聖なる乙女に選ばれたリーリエは、教会に保護をされ、手厚い愛情をもって育てられた。


そうして、聖なる乙女として、正義感に溢れる清らかで優しい女性へと成長したリーリエは、十六歳の誕生を迎えた日に、『聖王国アリナスミーエルの各地に蔓延る穢れを浄化せよ』という使命を受け、そのために選ばれた五人の守護者達と共に浄化の旅に出た。



――と、表向きはなっているが、この教会がまたクソ野ろ――コホン。

この教会が、実はとんでもない所だったのだ。


定期的に『浄化の旅』に出る聖なる乙女は、聖王国に平和をもたらす希望の光として、国民達から絶大な人気を誇っていた。


幼い頃に『次代の聖なる乙女に選ばれた』として、候補者を親元から引き離した教会は、自分達にとって都合の良い駒になるように、時間をかけて矯正きょういくを施す。

その矯正きょういくの結果、教会にとって一番従順だと判断された少女が、沢山の候補者達の中から『聖なる乙女』として選ばれる。


そうして選ばれた少女がリーリエだった。


その時に選ばれなかった少女達は、証拠隠滅とばかりに、従順な奴隷として、聖王国内の貴族や他国の貴族に売られてしまう。


教会にとって従順な駒でしかなかったリーリエが、五人の攻略対象者達と『浄化の旅』を通して交流を深めている内に、人としての当たり前の感情を取り戻す。そして、自分の役割に疑問も持ちはじめたところで、王と教会の隠していた『魔王化』という真実に辿り着く。


……物心がつく前に親元から引き離されてしまったリーリエは、【家族】を知らずに育った。

浄化の旅でたくさんの家族に出会ったリーリエが、自分だけの家族を切望するのは当たり前のことで、ルークにプロポーズされてから、その思いは更に強まったはずだ。


エリンというルークの妹の存在を知っても邪魔に思わずに、当たり前のように一緒に家族になろうとしてくれていたリーリエには、頭が下がる思いだ。

どこかの誰かさんには、是非とも見習って欲しい。


「お義姉様」

リーリエの両手を握って見上げると、リーリエは身体を強張らせた。


「私は、お二人の邪魔ではありませんか?」

「邪魔だなんて……そんな!」

私がそう尋ねると、リーリエは首を大きく横に振って否定をする。


「でしたら、良かった」

「エリン様……?」

「……お義姉様。先ずは、そこからですわよ?」

「え……?」

頰を膨らませながら指を差すと、リーリエは驚いたように瞳をパチパチと瞬かせた。


「エリンは、止めて下さい。私達は家族になるのでしょう?私は義妹なのですから」

「え?……え?」

「ほら、早く!『エ・リ・ン』!」

「そ、そんな急に言われても……!」

「エリンって呼んて下さらないのなら、私もお義姉様のことをリーリエ様と――」

「エ、エリン!それはダメ!」

「良くできました」

私はにっこりと笑った。

やっぱりリーリエは押しに弱かった。


「エリンはルーク様にそっくりだわ」

リーリエは恨めしそうに見つめてくる。


「えー……それは嫌ですわ」

ヤンデレ系執着あたおかルークに似てると言われるのは、誠に遺憾です。


「……嫌なの?」

「はい。ブラコンはもう卒業しましたの。今度はシスコンになろうと思っていますわ!」

顔を顰めた後にドヤ顔で告げると、リーリエが小さく吹き出した。


「私達は出会い方を間違えてしまったみたいですが……これからはずっと家族です。よろしくお願いします。お義姉様」

「……ええ。よろしくね。エリン」

リーリエはそう言うと、私を思い切り抱き締めた。

私を抱き締めている腕が小刻みに揺れている。


「私のお義姉様は泣き虫ですわね」

私は目尻に溜まった涙をぐいっと拭ってから、リーリエの背中に腕を回した。



********


【聖なる乙女の祈りは永遠に】のラストでは、一番好感度の高い攻略対象者の魔王化が始まってしまう。

魔王化が始まってしまったら、二度と人に戻れない。――そんな逆境を愛の力で打ち勝ち、乗り越えたリーリエと攻略対象者は、全ての元凶である教会を壊滅させ、王を屈服させた。

売られてしまった聖なる乙女の候補者達は、全員無事に保護をし、フォレスト領内の病院で手当を受けている。元気になった者達から社会に戻る予定だ。


私のいるこの世界はゲームの続編の世界なので、目の前にいるリーリエが逆境を乗り越えてハッピーエンドを迎えたリーリエで、兄のルークは魔王化に打ち勝ったルークになる。


そう思うと、ルークはともかく、リーリエにはこれ以上の苦労や悲しみを味わわせたくはない。



――カサッ。

落ち葉を踏みしめる音に顔を上げれば、ルークが立っていた。

泣き疲れて、私の膝で眠ってしまったリーリエを迎えに来たのだろう。ルークが現れるのは想定内だったので、特に驚くこともない。


表情を変えず、何も言わずに近付いて来たルークは、リーリエを軽々と抱き上げた。

そのまま立ち去るのかと思いきや、芝生の上に座っている私をチラリと見下ろすと、私に向かって手を伸ばしてきた。


……!?

思わずギュッと瞳を瞑って身体を強張らせると、ため息のようなものが聞こえた。


そっと瞳を開けると、ルークの手元には花弁が握られていた。恐らくは、私に付いていた花弁を取ってくれたのだろう。


……どんな心境の変化か。


「お前は病み上がりなのだから、いつまでも外にいないで邸に戻りなさい」

呆然とする私に向かって、ため息混じりにそう言ったルークは、身体を翻すと颯爽と邸の方に向かって歩いて行った。


私はといえば、暫くその場から動けずにいた。

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