小説を読み直してみた
まだまだ先の見えない状況に変わりはないものの、決意が固まると心が軽くなったように感じた。
夕食までの空いた時間は、今後の行動を練るために【エリンの秘密の日記帳】を起動させて、この世界が描かれているあの小説をもう一度読み直してみることにした。
「……と、その前に」
普通の日記のページをペラペラと捲った私は、今日の分の当たり障りのない記録を記していく。これも数日振りである。
[今日は久し振りにベッドから起き上がれたわ。具合いが悪かったとはいえ、ベッドの上にずっと縛り付けられるのは御免ね。せっかく動けるようになったから、お義姉様にお会いして先日のお礼を直接伝えたかったのだけど……体調が優れないみたい。ベッドから起き上がれず、何もできない苦しみなんて、当事者にしか分からないわ。お可哀想なお義姉様……。お兄様も使用人の皆も味わってみるべきよ!!心の慰みに贈ったお花が喜んでもらえますように……]
ルークが読むのを想定して、ほんの少しの非難を含ませておく。ベッドに縛り付けられるリーリエの気持ちも考えなさいよ、と。
久し振りだったはずの二人きりの昼食の件には触れない。
誘っておいて会話する気もないとか……意味が分からない。あんなのは偶然居合わせただけの同席レベルでしかなく、書き残す価値もない。
……ああ。けれど、あの時にうっかり口から出てしまった『ムカつく』という言葉。
その言葉の意味が分からなかったのか、見目麗しいルークの驚いた顔が間抜けに見えて面白かった。
思い出し笑いをしながら日記を閉じた私は、【エリンの秘密の日記帳】の発動条件である言葉を口にした。
「『この愛は永遠に』」
すると、前回と同様にビューッと大きな風が吹いたかと思えば、手にしていた日記帳のページが、大きな風によってパラパラと高速で捲られていく。
そうして、日記帳の丁度半分のページまで捲られるとピタリと風が止み、今まで白紙だったページに文字が浮かび始めるのだった。
最後のページまで完全に文字が浮かぶのを見届けた私は、小説【この愛は永遠に】の一番最初のページに戻り、その冒頭部分へと意識を集中させた。
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「あー、やっぱり面白かったー!蒼井先生は最高だ!!」
――じゃなくて。
読み返して見てもやはりエリンが可哀想でならない。
小説の中のエリンが起こした行動になる原因の一端を経験したからこそ、尚更にエリンへの感情移入が強まった。
因みに、ルークへの評価はだだ下がりである。
正論が常に正論とは限らず、自分勝手さを棚に上げるための大義名分にしか感じられなかった。
他の攻略対象者達もヤンデレだったが、ルークに比べたらまだ可愛いいものだ。
彼等には共通点があって、自分が身内だと認めた者、もしくは従順な者に対しては寛容で、リーリエに対する扱いよりは低いものの、大切にされているのが十分に伝わってきた。
それなのに、どうして我が兄であるルークだけこんなにも許容範囲が狭いのか……。
小説はルークとリーリエがメインなので、悪役妹の救済のヒントなるようなことは何も書かれてはいなかったが、小説に書かれていることを全て回避することができたなら、エリンは悪役になることなく、罰せられて死ぬことはないはずだ。
しかし、この世界が本物の【この愛は永遠に】の小説の世界だとすると、そこには本来なかったはずの【エリンの秘密の日記帳】と、前世の記憶を持つ今の
このことがどこまでストーリーに影響を及ぼすのかが、不安で堪らない。
イレギュラーな存在を置き去りにして、小説のストーリーの強制力が発動するのか、エリンの代わりになる新たな悪役が出てくるのか……。
小説を何度も読み直せば絶対に回避できる!――なんていう優しさがあれば救いなのだけれど……。
何故かは分からないけど、この世界はエリンが幸せになることを望んでいる。その為に青葉がここに送り込まれ、【エリンの秘密の日記帳】まで託された。
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【エリンの秘密の日記帳】
エリンの幸せを心から願う者にのみ閲覧可能。
エリンが記した秘密は鍵では見えず、エリンが記した秘密が鍵で暴かれることもない。
数多の困難に抗い、エリンの幸せを掴むべし。
発動条件:秘密の言葉
解除条件:秘密の言葉『幸せを掴む』
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今の私はエリン・フォレストで、誰かに強制されずとも幸せになると決めた。
『どこかで読んだ悪役令嬢のようにチート能力があれば楽勝だったのに』――と思わなくもないが、出来ないことを悔やんでいても、何も解決はしない。
明日からは本格的に自分の能力を探ってみようと思う。
――たまたま見つけた白紙の場所に『明日はリーリエに会えますように』と記してみた。
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