エリンの日記帳①
先ずは、
ベッドから起き上がった私は、メモ紙的なものを求めて机の方へ移動した。
今ある記憶が、今後も残り続けるとは限らない。
いざという時に困らないように、覚えている限りのことを書き出しておこうと思ったのだ。
何も考えずに一番上の引き出しを開けた私は、引き出しに手をかけたままの状態で、身体を強張らせて固まった。
大事にしまわれていたであろうそれに、目が釘付けになる。
二回ほど深呼吸をした私は、震えそうになる手を伸ばして、薔薇や蔦といった模様が施されたピンク色の滑らかな皮の表紙をそっと撫でた。
アンティーク調の可愛らしい表紙には、無機質な銀色の鍵穴付きの留め金が付いている。
これは――『大人の仲間入りしたエリンは、兄様にも言えない秘密が増えていくだろう。これからは全てこの鍵付きの日記帳に記すと良い』と、今年の十歳の誕生日に、ルークがくれた【エリンの日記帳】だ。
――ピコン。
深いため息を吐いた私は、机の一番下の引き出しを開け、その最奥にひっそりと隠された小箱を取り出した。
小箱を開けると、ハート型のピンクダイヤの付いた赤いリボンで結ばれた小さな鍵が入っていた。
――ピコン。
貰った時は気にしていなかったが、青葉の記憶を思い出した今の私が改めて見ると……複雑な気分になる。
一般的に、こういった鍵付きのものには、紛失した時のことをふまえて、鍵が二つ付いている。
それなのに、私の手元には鍵が一つだけしかないのだ。
滑らかな手触りと、不純物のない銀色の留め金からして、この日記帳が高価な物だと分かる。
一点ものしかないオーダーメイドの可能性もある。
その価値を考えれば、元から鍵が一つしかなかった……とは考えにくい。
特に、思い出を記録する日記帳ともなれば、『鍵を失くしたなら壊して開ければ良い』わけでもないのだから。
――ピコン。
一つしかない鍵を可愛らしいリボンで飾ることで、スペアキーの存在を感じさせないという、ルークの巧妙な手口が……憎らしい。
自然と苦虫を噛み潰したような顔になる。
小説の中で、エリンの企みがバレたのには、この日記帳が深く関わっていた。
――ピコン。
ルークは、エリンが日記帳を大事にしていることも、日々の出来事を記していることも知っているはずだ。
私が日記を使わなくなったら不自然に思うだろう。
――ピコン。
だから、今後も書き続けなければいけないのだが……。
………………って、さっきからなんなの!?
人が真剣に考え事をしているの……に……?
――ピコン。
『ピコン』という謎の音は、日記帳の方から聞こえていた。日記帳の真上に『▼』の記号が、ホログラムのように浮かんで見える。
…………。
思わず目を擦ってみたが、消えない。
私の気のせいではないみたいだ。
そっと『▼』に触れてみようとするが、触れない。
確かに見えるのに、手がすり抜けてしまう。
……と、いうことは。
この記号が矢印的な意味合いを持つのであれば、どうにかしてみるべきなのは、日記帳の方だろう。
ゴクリと唾を飲み込み、日記帳を持ち上げてみるが、状況は何も変わらない。
以前として『▼』は日記帳の上にある。
……鍵を開けろってことなの?
日記帳をぐるりと一回転しながら首を撚ると、私の疑問に応えたかのように『ピコン』と、また音が鳴った。
しかも、早く開けろとでも催促するかのように、『▼』がふた回りぐらい大きくなったように見えた。
…………。
言いたいことは色々あるが、ここで文句を言っても何も変わらなそうなので……黙って従うことにする。
鍵穴に鍵を差し込んで回すと、カチッという音がした。日記帳の表紙を開こうとすると――
「えっ……!?」
一人でに日記帳が開いたかと思えば、パラパラと高速でページが捲られはじめた。
私は呆然としながらその光景をただ見ていることしかできなかった。
そうして、丁度真ん中のページに差し掛かった時に、日記帳はピタリとその動きを止めた。
恐る恐る覗き込んでみたが、そのページは白紙で何も書かれてはいなかった。
そのことに安堵したものの、私はすぐに次の問題に直面することになった。
それは――今まで日記帳の上にあった『▼』の表示が消え、その記号があった部分が、新たに【エリンの秘密の日記帳】という表示に変わっていたからだ。
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