エリンの日記帳➁

【エリンのの日記帳】……?

小説の中には無かった二文字を思わず凝視する。


本来ならば鍵付きの日記帳に書かれた秘密は守られるのだろうが、ルークがスペアキーを持っている以上、秘密の日記帳には最早なり得ない。

暴かれるのが分かっていて、秘密を書く馬鹿はいないし、私も迂闊なことを書くつもりはない。

二度目の人生の行く末が掛かっているのだ。


……疲れているのね。

色々と考え過ぎて幻覚を見ているのかもしれない。よく分からないこの状況はそうとしか思えない。


瞳を閉じて眉間をよく揉んだ私は、深いため息を吐きながら日記帳を閉じようと手を伸ばした。

しかし、その途中で【エリンの秘密の日記帳】の文字が、微かに白い光を帯びた状態で点滅していることに気付いた。

まるで『ここを押して』と伝えているように見える。


……。

私はそれを丸っと無視して閉じることにした。


このまま机の奥深くに仕舞って、二度と開けないようにしよう。と、心に決める。


パタンと日記帳を閉じて、鍵穴に鍵を差し込もうとすると、先ほどまで白かったはずの光の点滅の色が、真っ赤に変わった。

激しく点滅する赤い光は、警告のようにも怒りのようにも感じられる。


……一体、何なの!?


いつまでも止まる気配のない点滅に、先に心が折れたのは私の方だった。


もう、知らないから……!


えいっと半ば自棄になりながら、赤く点滅する文字の部分を人差し指で押した。

ピコンとまた音がしたと思ったら、今度は光る板のような物が空中に現れた。そこには何やら文字が書いてあった。



********


【エリンの秘密の日記帳】


エリンの幸せを心から願う者にのみ閲覧可能。

エリンが記した秘密は鍵では見えず、エリンが記した秘密が鍵で暴かれることもない。

数多の困難に抗い、エリンの幸せを掴むべし。


発動条件:秘密の言葉『この愛は永遠に』

解除条件:秘密の言葉『幸せを掴む』


********


光る板のような物に書かれた文字を読み終えた私は、おもむろに日記帳を開いた。


パラパラと日記帳のページを捲っていくと、最初の方には、青葉の記憶を取り戻す前の私が書いた日記が数ページあり、その後ろはまだ白紙。――と、日記帳だ。



「……『この愛は永遠に』」


発動条件だという言葉を呟くと、目の前でビューッと大きな風が吹いた。


手にしていた日記帳のページが、大きな風によってパラパラと高速で捲られていく。

そうしてまた、日記帳の丁度半分のページになると風はピタリと止み、今まで白紙だったページに、ジワリと文字が浮かび始めた。


その様子を黙って見ていた私は、くっきりと浮かんだ文字を目にして、ハッと息を飲んだ。

浮かび上がった文字が【この愛は永遠に】の小説の冒頭と同じ文章だったからだ。


……まさか。


次々と他のページにも視線を滑らせていくと、そのどれもがまだ記憶に新しいものばかりだった。

そうして、最後までページを辿った私は確信した。


これは攻略本ならぬ――あの続編小説だ、と。


乙女ゲーム本編の【聖なる乙女の祈りは永遠とわに】は何度もプレイしたが、続編小説の【この愛は永遠に】は、一度しか読めていなかったのだ。

まだ記憶には残っているが、不安な部分が多かったのが正直なところだ。


これがあるだけで、今後の生存確率がぐんと上がるのだ。エリンの幸せルートも夢じゃない。

しかも、秘密条件を発動した状態で日記帳に書いたことは、ルークに見られずに済む。

思いがけず手に入れた、エリンの最強お助けアイテムに心が躍る。


誰がこれを用意してくれたのか……とか。

そもそもどうして青葉がエリンに転生したのか……という疑問は残るが、必要ならばいずれ分かるだろう。



…………それよりも。


一昨日の日記帳のページをに開いた私は、思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。


[平民上がりの下賤な聖女がお兄様の婚約者になったのだと紹介された。

今日からこの邸に一緒に住むらしいけど……わたしのお兄様を誘惑して奪ったあんな女なんて大嫌い!

わたしの家族はお兄様だけ。あの女との結婚なんて認めない!どんな手を使っても絶対に邪魔してやるんだから……!]



――って、エリン。いや、一昨日の私!!

なんてことを書いてくれちゃってるの!?

これ、きっとルークに読まれてるよね!?


[大嫌い。大嫌い。大嫌い。

あの女の顔を見ると虫唾が走るわ!

聖女じゃなくて売女の方がお似合いよ!!

わたしに向けるお兄様の笑顔を奪ったあの女なんて…………永遠に消えれば良いのに]


あああ……!昨日の私まで……!!!


思わず顔面を両手で覆った私は、深い、深いため息を吐いた。


今日も歩み寄ろうとしてくれていたリーリエに酷いことを言って、手を振り払ってしまった。

その勢いで階段から落ちたから、前世の記憶を取り戻したのだけど……。


……リーリエが階段から落ちなくて本当に良かった。落ちたのがリーリエだったら、エリンは今頃……。


ゲームの中の狂気じみたルークの顔が、ふと頭の中に浮かんだ瞬間に、私の全身に鳥肌が立った。


――取り敢えず、今の私ができることをしておこう。


「……『幸せを掴む』」

日記帳の秘密モードを解除した私は、今日の日記を書くために、ペン立てから羽根ペンを取った。



[あんなに酷いことを言ったのに、助けてくれるなんて……思ったより悪い人じゃないのかもしれない……。平民のくせに顔も肌も綺麗だし……。

大嫌……嫌いなだけだから、一緒に住むのは許すわ!

で、でもお兄様との結婚は別問題なのだからね!?]



一気にリーリエへの好感度を上げると怪しくなるから、少しずつと思ったのだけど……。

今まで日記をフォローしようとすると、ツンデレになるのは仕方がない……よね?

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