目覚めて己の状況を知る②
「ナンテコッタ……」
仰向けでベッドに転がった私は、天井を遠い目で見つめながら思わず呟いた。
青葉の人生をいつまでも嘆いているわけにはいかなくなった。
――先ほどまでこの部屋にいた、絹糸のような艷やかな銀色の長い髪と紫色の瞳の女性。
あの女性が、大人気乙女ゲーム【聖なる乙女の祈りは永遠に】の聖なる乙女こと、ヒロインのリーリエであることに、私は気付いてしまった。
大好きで何十回もプレイしたのだ。ヒロインの顔は、絶対に間違えない。間違えようがない。
間近で見てもシミ一つない、ツルプルな白い肌。心配そうな顔も慈悲深い微笑みも、まさにゲームの中のリーリエ……!
……そう。リーリエだけならばまだ良かった。
問題は、アッシュグレーの髪に、冷たい水色の瞳の男性の方だ。
彼は、攻略対象者の内の一人である『ルーク・フォレスト』。
氷公爵と言う異名を持つルークを一言で表現するならヤンデレだ。
ヤンちゃな子が時折デレる方のではなく、病んでる系の方である。しかも、執着度が半端ない『あたおか男子』。
他の攻略対象者が、ハッピー・ノーマル・バッドエンドの三ルートであるのに対して、ルークにはハッピーエンドと、バッドエンドしかない。
しかも、バッドエンドが複数個――正しくは五種類も用意されている。
①ゲーム終盤手前で、ルークを不機嫌にさせるとある言葉を選択すると、それまで頑張って上げたはずの好感度が一気に0になり、リーリエ(ゲーム中は名前変更可)が、突然毒殺される。
口から血を流しながら絶命したリーリエの亡骸を抱き上げたルークは、リーリエの口元から流れ出た血を自らの指で拭い、『君が悪いんだ。この愛らしい唇で、私を不快にさせる言葉を吐いたりするから』と、冷ややかな笑みを浮かべながらリーリエの唇を血の付いた指で触れる。
まるで真っ赤な口紅を付けたようになったリーリエに満足したルークは、リーリエの遺体を崖の上から投げ棄てたところで、終了。
②好感度が中途半端だと、突然有無も言わさずに氷の標本にされる。笑顔のまま時が止まったリーリエは、誰も入れない地下の深くにある保管庫に保存されて、終了。
好感度がほんの少しでも足りない場合には、更に【狂気エンド】という三種類のバッドエンドが用意されている。
↓
③眠るように死ねる毒薬をリーリエに飲ませたルークは、すぐに遺体に防腐処置を施す。
まるでベッドで眠っているかのようなリーリエの周りに、たくさんの赤い薔薇で飾ったルークは『君は僕だけの永遠の眠り姫だよ』と、リーリエの手を握り、微笑んだところで、終了。
④ルークの罠にかかり、感情や言葉、行動の全てを自分の意思では行えなくなる薬を飲まされたリーリエは、美しいドレスを身に纏い、たくさんの宝石や薔薇で飾られる生きた人形になってしまう。
座る彼女の膝の上に頭を乗せて、幸せそういっぱいな笑みを浮かべるルーク。
もう何の感情も得られなくなっているはずのリーリエの片方の瞳から涙が溢れる落ちたところで、終了。
⑤地下室で手や足を鎖で繋がれたリーリエは、涙を溢れさせながら必死で助けを乞うが、ルークはそんなリーリエを嘲笑うかのように、少しも気にも止めない。
リーリエを壁際に追い詰めて『私を愛そうとしない君が悪いんだ』と囁き、Rシーンに突入したと同時に暗転して、終了。
【聖なる乙女の祈りは永遠に】の攻略対象者達は、それぞれが深い傷と闇を抱えており、それがストーリーに大きく影響している。
ルークがこんな狂気じみたキャラなのも、心の傷が原因だったりする。
数多の困難を乗り越えて、ヒロインと攻略対象者達は真実の愛を手に入れるのだ。
ヤンデレ好きには堪らないストーリーなのだが、ルークだけは別格だ。ヤンデレが強過ぎて、私には軽いトラウマキャラになった。
ハッピーエンドを迎えるまでに、何度心が折れたか分からないのに、それでも諦めずに続けたのは【聖なる乙女の祈りは永遠に】の秀逸なシナリオと、美麗なイラスト。そして、豪華声優陣の演技。
それら全部が素晴らしすぎて、止められなくなったのだ。
……っと。
大好きが過ぎていつまでも語ってしまいそうなので、ゲーム語りはまた後で。
――青葉の人生をいつまでも嘆いているわけにはいかなくなった理由は、『ルーク』にある。
私が想像している通りならば、一回目の人生よりも若くして……死ぬ!それも確実に酷い死に方で。
何故ならば、今のわたしは、あの二人から『エリン』と呼ばれていたからだ。
枕の下に手を差し込んで少しだけ探ると、丸みをおびた硬い物に指先が当たった。
慣れた手付きでそれを掴んで引き出したわたしは、自分の顔の高さでそれを開いた。
――これはおまじないの一つである。
コンパクトミラーを枕の下に忍ばせると、悪夢を跳ね返してくれるという、古いおまじない。
はぁ……。
コンパクトミラーに映る姿を見た私は、深い、深いため息を吐いた。
できれば私の考えは外れていて欲しかった。
気のせいであって欲しかった。
けれど、コンパクトミラーに映る人物はその人なのだと、咄嗟に自分が取った愚かな行動が物語ってしまった。
緩やかなウエーブを描くアッシュグレーの長い髪と、猫のようなツリ目がちの水色の大きな瞳の可愛らしい少女が、絶対にしないであろうゴリラ顔をした瞬間――
「…………っ!!」
コンパクトミラーに映る少女が、顔を真っ赤に染めて、眉間にシワを寄せた険しい表情で睨み付けてきた。
その顔は青葉の記憶にまだ新しい『エリン・フォレスト』その人の顔だったから。
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