誰だって景色は見たい

画面の端にはよく晴れた晴天と段々畑の美しい風景が広がり、そのまた逆の画面の端には、大泣きしながら母親にあやされている赤ん坊がいる。


(せっかくいい景色とこのモーター音を綺麗に動画に収めたかったのに、、)


俺はいわゆる、鉄オタとかいう部類の人間だ。


暇があればそのすべてのスペックを鉄道に費やし、一人旅でどこへでも。


引退する車両かなんかがあったら、いち早く写真に収めようと現地へ向かう。


よくある「葬式鉄」の集団撮影会に呑み込まれたくないからだ。




そして今日は、たまたまできた休日を鉄道に充てるために、眺めがよいとの評判の特急列車に乗るために来ている。


近場であったはずなのになぜ今までに乗らなかったのか不思議である。



とはいえ、せっかくの鉄道タイムを邪魔され始めてからかれこれ30分ほど。

赤ん坊は泣きやむ様子はなく、ただひたすらに大泣きしている。



ああいう音声は動画に入ってしまうから、迷惑極まりない。



流石にイラつき、声をかけようとあの母親のもとへ向かおうとする。

俺の前の席に座っている。


が、俺はちらっと眼をやってその光景に違和感を覚える。



この特急列車は2列+2列の一般的な特急の座席配置で、もちろん通路側と窓側の席がある。


そして、その母親は自分が窓側の席に。そして赤ん坊、といっても普通に歩けそうな小さい子が通路側の席で泣いているのだ。


母親は何度もその子を泣き止ませようと、抱き上げようと試みているが、母親が手を添えようとすると、それを拒むかのように大泣きする。

母親はどうすればいいのかわからない様子だった。


そんな光景を見て、俺はふと思った。



この子供は、通路側の席ではなく窓側の席のほうがいいのではないかと。


彼は今座っている席から動こうとしないが、視線だけは恨むように窓のほうへと目をやっている。


それに母親は気づいていないようだった。



なので、俺は声をかけてみることにした。






「あの、、」


「あっすいません。この子、騒がしいですよね、、。もうどうしたらいいかわからなくって、、」


それに対して、俺はこう答えた。


「この子、通路側の席よりも窓側の席の方がいいんじゃないですか?」

「え?」


母親は子供を見る。


「窓側の方へ座らせてあげたらいいんじゃないですか?」


その言葉を聞いて、母親は戸惑いながらも子供の方へ手を伸ばす。


体をつかまれた子供は、そこから動かされると思ったのか一瞬めっちゃ泣いたが、母親と席を交換してあげると、急に泣き止み窓の外を食い入るように見ている。


まるで別人のようにおとなしくなった。



「あっ、、ありがとうございます。。」


母親はそう言って俺に何度も頭を下げる。


「いえいえ。」


そして俺はもとの席へと戻る。



(子供には見せられるうちに景色見せとけってんだよ)



なんとなく気まずくなったので、俺はその後すぐにトイレへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

[零版]鉄道で往く人生に幸あれ 塩漬け幾等 @kaisen_doon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ