[零版]鉄道で往く人生に幸あれ
塩漬け幾等
「普通列車」が教えてくれるもの。
シャツの袖をまくり上げ、腕時計を見る。
現在の時刻は23:20。
いつも会社帰りに乗る急行が確か23:23発だから、急がないと乗り遅れる。
そんなことを思いながら、速足で駅へと向かう。
俺はただの会社員。そう、ただの会社員だ。
毎日毎日遅くまで残業をし、終電近くで家に帰る会社員、普会社員だ。
やっとの思いで改札を通る。
今日は金曜日なのに、いつもよりも多くの人が行きかっていた。
(乗り遅れちまうじゃねえかよ、、)
内心で悪態をつきながら急いでホームを駆けあがる。
ちなみに、ここまで急がなくても家には帰れる。確か、この後まだ2本くらいは列車があったはずだ。
だが、会社員の性か、とりあえず来たやつに乗り込むというのはいつしか自分の中で鉄則となっていた。
別に家に帰ると妻や子がいて待ってくれているというわけでもないんだがな。どうしてだろうか。
ホームへと続く長い階段を登ったときに俺が見たものは、ちょうど乗るはずの急行のドアが閉まるところだった。
「あっ!」
待ってくれ、と思いながらも、無情にもドアは目の前で閉まり、俺と同じような客を乗せた列車は走り出す。
しばらくするとホームには静寂が訪れた。
「はあ、乗り遅れたか、、、」
仕方がないので待つか。次の電車は、、っと、
23:30 準急
23:52 普通
0:19 普通(終)
ここはわりと発展しているほうの都市だが、周りの都市が田舎なので終電が早いのだ。
「仕方ない。次の準急に乗るか。」
なんて思いながらも、あたりを見回すと、ふと、反対側の奥のホームに列車が停車しているのが見えた。
「ん?」
当駅始発だろうか。だったら空いてそうだから、あっちに乗るか。
そう思い、ホームを移動する。
予想通り、当駅始発だった。
種別は普通、行先はちょうど俺の最寄り駅だ。
車内はガラガラで、まばらにしかのっていなかった。
閑散とした車内に腰を下ろす。
たまにはぎゅうぎゅう詰めの急行よりも、ガラガラの普通でもいいよな。
そして俺は、見慣れた夜景を見ながら発車を待った。
ギギギ、と音を立てながら列車は走り出す。
普通列車とは言え、周りが田舎なので駅の間隔は長く、急行に乗ってもさほど時間は変わらない。
軽快な音を立てながら夜の街を疾走していく。
列車は途中、駅に止まっては動いてを繰り返している。
電車に揺られながら思った。
ふと自分のことを考えたくなったのだ。
地元から少し離れた中小企業に就職してから5年。
俺よりも要領のいい後輩たちにどんどん追い抜かれ、今じゃ営業成績は下から数えて何番目か。
会社では腫れ物扱いされ、どんどん焦ってどんどん自分を追い込んでいた。
だが、今日、普通列車に乗って思ったことがある。
別に、そんなに焦らなくてもいいんじゃないかと。
途中途中止まってはまた走り出すこれに乗っていると、自分はマイペースでもいいんじゃないか。と思えてきたのだ。
まあ、どっちにしろ腫れ物扱いされることに変わりはないのだが。
「のびのびやってくか、、、」
なんて一人つぶやきながら、普通列車に身をゆだねる。
ちょうど終点に着いたようで、開いたドアから涼しい夜の風が流れてきた。
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