あとがき

――掻き消すように


僕の名前はジェード。


神界でのお荷物、腫物はれもの

どうしようもない、『母』の置き土産。

ぶ厚い封印でがんじがらめにされて、永遠に目覚めることを許されなかった存在。


でも誰の仕業か、僕はある日目覚めた。

周囲から伝わる冷たい態度・視線・雰囲気。

僕の心は壊れてしまいそうで、静かに閉じていくしかなかった。

『母』の置き土産とは云えど、僕はまだ小さな子供とおなじ。

何も知らず、何も分からない。当然誰かが僕を育てなければならなかった。


僕を恐れ、あるいは我が物としようとする者たちの中から、一つの温かな手が差し伸べられる。

それが人間界より神界に召還された賢人、サラだった。

 

僕はすでに誰も信じようとしなかった。

そんな疑惑と恐怖と警戒の心を掻き消すように、

サラは見返りの無い愛を、ただ捧げてくれた。



――理由が知りたい


「どうして僕を愛してくれるの?」


「どうして僕を憎まないの?」


「どうして僕を大切にしてくれるの?」


サラは微笑む。まるで父のように、母のように。


「…ジェードは理由がほしいの?」



――未来は無い


定期的に一人の男が訪ねてくる。

その赤い男が来る時には、僕はいつも外へ締め出されてしまう。

でもサラの目を盗んで、部屋の裏にある木の枝からその様子を眺めた。

そこから漏れてくる密かな声に、耳を這はわせる。


…サラ、もう研究を止めた方がいい。

このままジェードと共に何不自由なく暮らしていけばいいじゃないか。


…それはできませんよ。

シヴァ様との契約を違たがえろという密告ですか、それは。

色神かみ』から外されてしまいますよ、…様。


サラの声は、いつもと違って怖かった。

僕の知らない声。

僕が聞いたことのない、サラの世界。

そして、サラはこう続けた。


…私にはそれ以外の未来はないのですから。



――信頼と信用は


違うものだと知るくらいに、僕は多くのことを学んだ。

僕にのこしたサラの言葉は


「賢くなりなさい」




――重ならない


サラが死んでから、僕はシヴァ様の元に引き取られる。

すでに心を閉じていた僕には、誰にでも偽りの笑顔と忠誠を誓うことができた。

シヴァ様は僕を膝元に寄せ、妖しく笑う。


「私を母と思い、その力を尽くしなさい。

私もあなたをたった一人の息子のように思います。

なにせ…あの『母』の置き土産である『緑の子供』なのですからね、あなたは」


シヴァ様は僕の頭を優しく撫で、首元にキスをする。

笑顔のまま、僕は心の中で毒づいた。


……僕の家族は、サラだけだ。



―――宛名のない手紙は


色神となってしばらくした日、僕のたった一人の友達、アズルが前触れもなく訪ねて来た。


アズルはシヴァ様への謀反むほんの罪で、アズル直属のもう一人の最高神と共に拘束されているはずだった。

なんでこんな処に?

疑問を口に出す前に、アズルは手紙をさしだす。

その手紙には、宛名が無かった。


「なんだよこれ」


「あずる、サラから預かったんだ。

じぇどへの手紙だ。

誰にも見せちゃダメだって言うから、あずるも見てない」


そう言い残して、アズルは持ち前の俊敏さで僕の目の前から姿を消した。僕はその手紙を開く。

………それは


―――秘密事を


したためた、手紙だった。



―――残酷に、非情に


僕の過去を塗りつぶしていた世界を、真実がき壊していく。



―――真意を知りたいのなら


夢を叶えることは当たり前だよ。君に絶対出来ることだと、私は信じています。だから一つ君に望む。

賢くなりなさい。


サラの最後の言葉の続きが書いてあった。


「君の夢を、必ず叶えられるように」




―――いつもあなたは


僕はたった一人になった。

アズルも輪廻の輪に追放され、サラも殺され。

色神という位置が僕を許す冷たい鎖。


でも僕は賢くならなきゃいけない。

僕の答えを手に入れるために、本当のことを知らなきゃいけない。


サラは僕のことをどこまで知っていたんだろう。

昔のことを振り返る瞬間、サラの微笑みが浮かぶ。いつも笑っていたサラを。


―――すがるように


「ジェード、どうしてそう過去に干渉する?

過去の歴史に干渉すれば、シヴァ様の思い描く理想の未来にひびが入ってしまう。

それは人間界の為にならない。

だから我々がいるというのに」


トオルは目の前の緑の髪をした男が何を考えているのか全く理解できなかった。

否、世界中の誰も、彼を理解できなかった。

未来の為に今を生きる者たちの中で、縋るように過去へとこだわるジェード。


「おまえは何を考えているんだ?」


トオルの言葉に緑の男はただ笑っていた。

全てを見下すように。



―――与えよう


真実を。


―――心から


愛を探す。


―――誰よりも


貪欲に。

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ぜろのせかい Rui @rui-wani

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