さよならせかい

弾け飛ぶ理性。意識が陥没する。


神経が反応して、


「…ラピスラズリ…」


『俺』は言った。


途端、一号が膝を落とす。引き代えに俺は『俺』を取り戻した。呼びかけにも一号は反応しない。

見るとレプシナも同じように、膝をついていた。

ウォルと呼ばれた彼は、悲しそうな顔でレプシナを抱えている。


「大丈夫だよ、兄さん。

三分後に再起動する…その時が、アズルの覚醒だ」



「…なんでアズルを目醒めさせる必要がある。家族みたいに暮らそうとしてたんだろ?」


アズルは破壊と道徳を併せ持つ機械人形。

だが道徳という理性はいわば、『主人の良識に従う』というもの。自らが学習し会得していくものではない、機械人形の場合。

つまり、アズルは『命令に従い、破壊を行う人形』にすぎない。そんなものは、平穏な生活の為に必要なものではない。


「必要なんだ、兄さん。

僕ではなく、この荒廃した都市にとって…改革が必要だから」


そっとレプシナを床に寝かせるウォル。


「僕はこの都市の環境整備を任されて、五年になる。

都市を保つために試行錯誤の手を施したけれど……もう限界だ。

この都市は、環境状態を含めて…短くて二年で使えなくなる」


俺は思い出す。レプシナが『都市を再建した』と言っていたのは、そういうことか。

俯いたまま、拳を握り締めて彼は続けた。


「この都市を捨てて、新たなる地でやり直す必要があった。

だから……」


「だから、隣国に戦争をしかけて土地を奪えばいい…とゆーことだよねぇ?

まったく子供みたいにいさぎよい判断で頭が下がるよ」


戦争…それにアズルを使おうという、こと。

ウォルの目がさらに曇る。追い詰められた瞳。

自分の判断を悔いているんだろう。


「…兄さんが羨ましくて、父さんのラボを毎日覗いてた。兄さんは僕に気付くと手を振って笑ってくれた。傍にいたかったけど…。

だからゼロキとレプシナは僕と兄さんをモデルにして再編したんだ。せめて三人でって…。

でもゼロキが兄さんを見つけて…

この都市の寿命を知って…

解決策が、これしか…」


ウォルは言葉につまる。戦ってきたんだ。

俺は思う。

暮らそうと思っていた家族を兵器として使う悲しさ。それに耐えるしか、なかった。

ジェードは冷たい目でうずくまるウォルを見ている。

死神のような、哀れみを込めて。


ふと気付く。


「お前は再起動しないのか?部品なんだろ?」


記憶の部品。確かそう言っていた…が、違和感。

今になって感じる不思議さ。


どうしてこいつは『最初から』アズルを知っているんだろう。

それも記憶の部品だから、か?

椅子に座っていたジェードは立ち上がり、ウォルの方へ歩いていく。


「僕はアズルを目醒めさせるのが目的。君は人殺しでも国殺しでもなんでもすればいいとも」


俯いたままの彼を、侮蔑ぶべつするように見下している。


こいつ…やっぱり一号やレプシナと違う。


ジェードへの違和感は確信へと変わっていく。人間とも違う、機械人形とも違う。


「おや、プリコット君。

僕にかまってるよりゼロキたちの心配したほうがいんじゃないの?

―――さあ、時間だよ」


ぴくり、と一号の指がわずかに動いた。

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