ほんとうのせかい
「君は孤児じゃない」
「君には家族がいる」
「君の父は家庭を顧かえりみない性格で、君と同じ電子工学の研究者」
「君は幼少から才があって、父親の書庫にある本を読んでいた」
「それで君の父の助手みたいな役割をしていたの。
ちなみに弟さんは君ほどではなかったので、存在すら頭になかったかもしれないね」
「君の父はある機械人形の完成を目指していた」
「それが『アズル』。
遺伝子操作実験
三つのベースを重ね持つ、人間と機械の融合体。
僕は記憶、レプシナは道徳、ゼロキは破壊。
それぞれのベースを受け持ち、バランスを保つ」
「人間の体はどこまで強くなるのか、実験したかったらしいね。
どこまで力が強くなるのか…どこまで足が速くなるのか」
「で、完成した」
「でも予定より早く覚醒しちゃった。起動実験中にはすでに完成体だったんだ」
「で、完成かどうか実感するために…自分の体を使った」
「君の父は『私を殺せ』と命令したんだ。名誉の為とかで造ってないから、単純に完成を確かめるために。
すでにイッちゃってたからね、理性は」
「一人取り残された君は、アズルに『気に入られた』」
「同じ『父』を失ったもの同士とか思ったんだか知らないけど、とにかく君の言うことを聞く気になったんだね」
「だから君は言ったのさ。
……『もうやめて』って」
「そしてアズルは了承した。条件付きで」
「アズル自身を三つの
「『記憶』と『名前』だ」
「『名前』は自分だけでなく、それにかかわったすべての人々から、その『名前』は失われる」
「仕方なく了承しようとした君だったけど、急に横槍が入った」
「君の弟がその場に飛び出してきたのさ」
「どうしてかその辺りは本人に聞いてみたほうがいいと思うけど、アズルの契約を二人で請け負う事になった」
「君は『記憶』を、弟は『名前』を」
「こうして身を三つに分かたれた素体は、君の父のラボに残された」
「記憶をなくした君は夢遊病のように、都会に一人流れ着いて暮らす」
「その間に都合のいいように脳が記憶を改竄かいざんした。
ちぎられた記憶のままでは、生活できないから」
「君の弟は残された母親と一緒にしばらく暮らしたけど、残念なことに母親も死んじゃったんだよねぇ」
「一人になったので、素体にそれぞれ思考プロセスを組んで、家族みたいに暮らそうとか考えてたんだろーけど」
「ゼロキは逃げ出しちゃった」
「アズルのときの慕ってた感情が残ってたかわからないけど、ゼロキは君の元にたどりついて
――嘘を吐く」
「『ボクはあなたに造られたロボットです』って、ね…」
一号は…否、ゼロキは唇を噛んでいる。
「これが…ほんとうの、君の世界だよ」
息をするのを思い出す。
聞いていたけど、まるで他人のことのよう。
実感が無い。ただ、随所に何かが反応して目が眩んだ。
掘り起こされるような感覚が走る。
「君の記憶じゃあ弱いか。
なら、弟くんの名前を教えてあげよう」
「お願い、博士……」
ゼロキは小声で俺に囁ささやく。肩を抱いたまま、誰にも聞こえないように耳元へ。
泣いているような声で。
「…博士も『私を殺せ』なんて――言わないでね」
ジェードは弟と呼んだアプリコット博士を指差す。
「失われた弟の名前は、
……ウォル」
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