8. 地下六階(2) ボス戦?

 室内へ踏み込むと、そこは品のいい応接間だった。

 奥に大きめの机があり、その前には向かい合った長椅子。その間に、長テーブルが置かれている。

 そしてその机には、一人の男が座っていた。

 中肉中背で、良くも悪くもどこにでもいそうな風貌の壮年の男。その顔や雰囲気、そして体型からも非戦闘員であろうことがうかがえる。

 ジャムは男へ向けて拳銃を構えた。少し離れた場所で、同じようにケツァールも銃口を男へと向けた。

 男の顔が蒼白になっていく。


「お前達は何者だ」

「んー、ただの通りすがり?」


 にっこりとしたパフィーラに、男は一瞬苛立ちを浮かべた。ほおが引きつり、眉間に深い皺が刻まれる。

 机の上で組んだ腕がかすかに震えている。


「ディオスはなにをしているんだ」

「ディオスさんでしたら滑って転んで気絶しています。頭を打って脳震盪を起こしていますから、後で病院に連れて行ってあげて下さい」


 真顔で的外れな事を大真面目に答えたのはもちろんケツァールだ。


「は……?」


 言われた事を理解出来なかったのか、理解したくなかったのか。男は幽霊でも見るような目をした。


「ところであなたには聞きたい事があります。この瓶の中身は、あなた方が都にばら撒いた違法麻薬ですか?」


 つかつかと男の横へと歩み寄ったケツァールが、先程回収した瓶を取り出して男に見せた。


「……」


 男は答えない。ケツァールから視線をそらし沈黙。


「答えた方があなたのためです」


 そう言いながら、ケツァールが銃口をごりっと男の頭へ押し付ける。その表情は、クールなようでいて静かな怒りが含まれていた。

 違法な麻薬で身体を壊した人を何人か診たと言っていたから、その危険性もわかっているのだろう。

 怒らせたら怖いタイプではないかと前々から思ってはいたが、そのジャムの予想は当たっていたようだ。

 男の震えが大きくなる。


「悪者は最後には倒されんのよね。観念しなさい」

「く、くそっ……」

「ボスというのは手下を使う分自分は弱いというわけなんですね。大変勉強になりました。ボスは強いとばかり思っていましたから。だとしたら答える方がいいのではありませんか?」


 静かなケツァールの声が逆に変な凄みを感じさせる。

 男の顔色はすでに紫色だ。

 丸腰の男に銃を突きつけ、さらには魔法を使える者もいる。こうなると、なんだか自分たちのほうが悪者に思えてきて居心地が悪い。


「覚悟するですよ。もう逃げられないです」


 びしっと人差し指をつきつけて胡蝶も決め台詞を言っている。彼女の場合はただ言いたいだけなのだろうが。


「もう一度だけ訊きます。この瓶の中身はあなた達が都にばら撒いた違法麻薬ですか?」

「くっ……ここまでか……」

「覚悟できた?」


 極上の笑顔を男に向けたパフィーラに、彼の顔が歪む。


「くそっ、まだだッ‼︎」

「————‼︎」


 頭に銃口を押し付けられているにも関わらず、男はケツァールの方を向いた。そう思った瞬間に銃身につかみかかる。

 咄嗟のことに反応が遅れたケツァールの手がトリガーを引いたが、銃口はすでに頭から外れている。弾は男を追尾する間もなく机に穴を穿うがった。

 そのままケツァールを突き飛ばし、男は机の引き出しを開けた。ジャムの場所からはあまり見えないが、中にはたくさんのボタンが並んでいるようだ。

 そこへ男の手が伸びた。あっと思う間もなく、そのボタンを男の手のひらが叩く。

 ——なにも起こらない。


「なんだ、どうしたんだ⁉︎」


 男が焦ったようにボタンを再度叩いた。手当たり次第に全てのボタンを叩くがやはりなにも起こらない。

 男の顔が引きつる。


「ど、うしたんだ……?」

「それなに? もしかして、あの天井から出てる筒に関係ある?」


 パフィーラが天井を指差す。そこには、確かに筒のようなものが複数突き出している。


「んー、あそこから熱線とか出る? それとも銃口なのかしら?」

「え、マジかよ」


 熱線にしろ弾丸にしろ、天井から狙われたらひとたまりもない。反応出来るかどうかも怪しい。


「ご自慢のセキュリティも動かないんじゃ意味ないわね」

「なぜ……」

「そのボタンだけじゃないわよ、無効化されてるのは。今頃治安警備隊が踏み込んで来てると思うけど知らないでしょ」

「なん、だと……?」


男が慌てたように周囲を見回す。ぱっと見はわからないが、なにかセキュリティに関するものがあるのかもしれない。

それにしても、いつの間にかセキュリティを無効化していたなんて。

それはパフィーラの神子の力なのだろうか? 相変わらず無敵だ。時間を操ることもできるのだから、それくらい出来て当然なのかもしれないが。


「そんなことは良いんですよ。あなたには答えるべき事があるでしょう」


 体勢を戻したケツァールが再び男の頭に銃口を押し付ける。

 男の顔に諦めの色が浮かんだ。


「そうだ、それは我々が作った麻薬だ」

「なぜこんなものを?」

「治安を乱すのが役目でね。まあそれも終わりだ。殺すがいい」

「ちょっとなに言ってんだよ」


 やったことは許されない事だが、殺すなどとんでもない。


「お前達がしなくてもどうせ処分される」

「は……?」


 サバイバルゲームの設定としてこの辺はどうなっているのだろう。ボスが抵抗出来ないのならもうゲームクリアではないのだろうか。


「私は所詮替え玉だからな」

「それはお気の毒さまね」


 パフィーラはそう言って肩をすくめる。


「まぁ素直に話してくれたんだし、助けてあげるわよ。まずはしっかり取り調べされなさい。その後はケツァールが整えてあげて。一生こき使われながら罪を償うといいわ」

「————」

「信じるかどうかは任せるけど、あなたたちが世のために身を砕く限りは組織から隠してあげるわ」


 美しいが幼い子どものパフィーラの声に男は完全に飲み込まれているようにジャムには見えた。

 ゆっくりとまばたきして、頷く。


「パフィーラは時間を操る事が出来るくらいの力を持つ神子です。彼女がそう言うならそうなるでしょう」


 男は答えない。しかし、その顔に少しだけ安堵の色が浮かんだように見えたのはジャムの気のせいなのだろうか。


「んじゃ、これでゲームクリアね♡」


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