7. 地下六階(1) 薬物回収
炎の狼に逃げ惑う白衣たち。
自動昇降機で地下六階に降りたジャム達三人は、ひときわ大きな部屋にたどり着いていた。
中は明るく、人一人が入れそうな四角いガラスケースが並んでいる。そのガラスケースは一方を上にスライドして開けられるようになっていた。
そのケースの前に座ってなにかの作業をしていた白衣の男女は研究員かなにかだろう。
もちろん上の階の異常は伝わっていたのだろう、彼らは実験中というよりは撤収を急いでいた様子ではあった。だが、それほど素早く片付けることは困難だったのかもしれない。
「安全キャビネットですね。皇宮にもこんなにありませんよ」
そう言ったケツァールは、自動小銃を下げている。今研究員達を追い立てているのは炎の狼だけだ。
「欲しいですね」
「……ケツァール」
「違法集団から押収したものは調べねばなりません。安全なら処分することもないでしょう?」
「あ、あぁ……そうだな……」
所狭しと並ぶ安全キャビネットをケツァールはあわよくば皇宮並びに帝都中の病院の備品に加えたいらしい。だから破壊してしまうだろう銃を使わないのだ。
ここまで来ると、医師としてのケツァールの根性に感動すら覚える。いろんな意味で。
これがパフィーラ主催のゲームだということはすっかり忘れているようだが。
「きゃあぁーーー火が!」
「逃げろ!」
「ダメですまだアレが‼︎」
研究員たちは逃げ惑いながらも、壁際に設置された棚へと走っていく。そこに置かれていた瓶入りの錠剤らしきものを白衣のポケットへと押し込んでいる。
「あれですね」
似つかわしくない速さでケツァールが動いた。棚から瓶を取り出している白衣の男へと駆け出し、それと同時に腰の拳銃を抜いて連射!
悲鳴を上げた研究員が一目散に逃げ出す。彼に弾は当たらなかったものの、瓶を置いて行ったためケツァールの目論見は成功だ。
「これは私がいただきましょう」
棚に残った瓶入りの錠剤を数個ケツァールは自分の懐に突っ込んだ。
ジャムにも持ってくださいと言いつつ瓶を手渡してくる。
それはズボンのポケットに入れた。多少膨らんで邪魔ではあるが、まあ許容範囲だ。
「これが例の麻薬なのか、他の薬なのか。わかりませんが、回収して調べなければ」
「そうだな」
「
「はーいっ!」
胡蝶はいい笑顔で力こぶを作って見せる。それと同時に炎の狼が吠え、白衣を追い立てていく。
出口とは違う方向に逃げようとすれば炎の狼の牙が待っている。牙がなくとも、その巨大と身にまとう炎を突破するのは至難の業だ。
かくして、白衣たちは皆部屋の外へと逃げていった。
「その安全キャビネットには触らないでください、危険かもしれませんから」
ケツァールが手を伸ばして、安全キャビネットの開いているガラスを下へと下げた。安全キャビネットを密閉する。
中にはなにが入っているのかわからない試験管や注射器などが、使いかけのまま残されている。それらを中に隔離するように、ケツァールは全ての安全キャビネットを次々と閉じていった。
「ここも詳しく調べたいのですが今は出来ません。誰かが戻ってきて証拠隠滅する可能性もありますが、触れるのは危険です。置いて行きましょう」
「中に残ってるアレ、危険物なのか?」
「わかりません。ですが、安全キャビネットを使ってるところを見ると、研究員達も吸い込みたくない物質なのでしょう。もしかしたら感染性がある可能性も……」
「うわ……」
感染性と言われて、流行り病で高熱を出し苦しんだ記憶が蘇る。
五人の養母がかわるがわる看病してくれていたようだったが、その記憶すら曖昧だ。とにかく頭が割れそうな頭痛と、出すものもないのに続く吐き気に苦しんでいた。辛いと泣く体力すらなかった。
幼い頃だったとはいえ、あんな思いはもうごめんだ。
「感染性はなくとも毒性はあるでしょうからね」
「わ、わかった……」
安全キャビネットを破壊しなかった理由はそういう意味も含まれていたのだ。さすがは医師。
「じゃあ行くですか? ボスさんのお部屋はこのフロアにあるみたいですよ!」
「そうしましょう。胡蝶、場所はわかりますか?」
「ボスさんの居場所は聞いたですけどぉ。ここがどこかよくわからないです」
首を傾げた胡蝶にため息。こういうところは期待を裏切らないのが胡蝶だ。
「仕方ない、探すかぁ」
「その必要はないわよぉ」
よく通る鈴のような声。
「パーフィ!」
「お待たせ♡」
ふり返ると、開いた扉から空色の輝きが入ってくる。パフィーラだ。相変わらず勝ち気そうないい笑顔を浮かべている。その背からはバズーカがなくなっていたが、どうせ重いからとか、ドレスが汚れるとかそういう理由で捨ててしまったのだろう。
パフィーラはそのまま歩み寄ってくると、ジャムの手をにぎった。その子どもらしい行動に思わず笑みがこぼれる。
大人顔負けの精神力と魔法の力を持っていても、やはり子ども。そういうパフィーラの愛らしい姿はほほ笑ましい。
「このわたしが道順ちゃんと記憶してきたわよ」
「さすがですねパフィーラ」
「でしょ〜」
ふふんと胸を張ったパフィーラは、こっちよとジャムの手を引く。みんなそれについていく形になった。
部屋を真っ直ぐに奥へと進み、そこにある扉を抜ける。
廊下に出ると、道は左右へと分かれている。それを左手の方へ進んだ。
「敵もあらかた制圧できたみたいね」
「そういや、結構な人数倒したもんなぁ」
むしろたった三フロアの地下に、研究員ではなくあんなに大勢の武装集団がいたことが異常だ。
パフィーラの足取りはしっかりしている。微塵も迷わない。横では、ボスの居場所を聞き出した話を胡蝶がしている。
(パーフィってほんと、何者なんだろ……)
小さな手のひらの感触。どう見てもまだ子どもの手。それなのに、彼女にはその手をにぎる親すらいない。
いや、親はいるのかもしれないし、いないのかもしれない。過去の彼女の言葉を信じるなら、母親は亡くなったものの父親は存命なのだろう。だが、今ここにいないことは事実。
愛されて育ったジャムには考えられないことだ。
ジャムの手を引くパフィーラの小さな手をにぎり返す。ちらとジャムを横目で見た彼女がにこりと笑った。
(俺、結局パーフィのことほっとけないのか……)
内心苦笑して、前を見つめる。
こうなったら、とことん付き合うしかない。
「ほら、あの扉の中よ」
パフィーラが指差す先には、他の扉よりも見るからに大きな鉄製の扉。無機質なその冷たさが、向こう側が特別な空間である事を物語っている。
ボス戦だ。これでサバイバルゲームを終わらせる事が出来る。
「行きましょう」
ケツァールがさっさと扉に手をかける。ケツァールの事だ、さっきの安全キャビネットやその中身を回収したいのだろう。
パフィーラの手を離し拳銃を構える。
はーいと元気に返事をした胡蝶の声に押されるように、ケツァールが扉を押した。
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