6. 地下五階(2)中ボス戦

「そうはいかなくってよ」


 ハスキーな声が辺りに響いた。前方の角から金髪で長身の美人が姿をあらわす。

 その両手には旋棍トンファーを持っている。


(うわーすげえ美人)


 彼女は敵ながらあっぱれな美貌とプロポーションをしていた。ここにパフィーラがいなくて良かったとつい思ってしまうほどだ。

 きっとパフィーラがいたらどっちが美しいかで喧嘩になるに決まっている。


「この先へはこのあたくし、ディオスが通しませんことよ」

「なるほど あなたが中ボスというわけですね?」

「中ボス?」


 ついきき返してしまったのはジャムの方だ。


「ええ。外見はいいか悪いかの両極端、この場合は良い方ですね。そしてそこそこに強いがボスには及ばない。これがゲーム中での中ボスです。いかがです?」

「なるほど」


 そう言われてみればそうかもしれない。


「しかも一人で多人数を相手とする。立派な中ボスでしょう」

「はえ? わたしにはちょっとわかんないです」


 胡蝶フーティはそう言って首を傾げているがそれはこの際無視する。説明している暇はない。

 五百年前の人間にそういうことを理解させるのはおそらく難しいだろう。加えて、相手は胡蝶なのだ。時間がかかるに違いない。


「なにを言ってらっしゃるの」


 ディオスは眉根を寄せて首を傾げたが、すぐにもとのように笑みを浮かべる。


「それよりも鳥のあなた。わたくしの好みだわ。うふふ、可愛がってあげても良くてよ。わたくしといいことしませんこと?」

「は……⁉︎」


 なにを言っているのだろう、敵なのに急にケツァールを誘惑してくるなんて。


「いかが? あなたのような美しい顔が歪むのを見るのがたまらないの。わたくしといいことしながら羽を一本一本むしっていくのはどうかしら」

「うわ……」


 誘惑というよりもサイコパスか。


「傷みの中で、それと同じくらいの快感を与えられたらどうなるか知りたくない?」

「残念ですが」


 しかし、さすがはケツァール。眉一つ動かさずにその誘いを断る。


「あら、なぜですの?」

「私にはそのような趣味はありません」

「新しい世界が見えるかもしれませんわよ?」


 ディオスは断られたのが不服だったのか、明らかに不機嫌な表情へと変わる。

 ここで中ボスたる彼女をあまり刺激しない方がいいだろうに、ケツァールはそんなことなどお構いなしだ。


「痛みと快感の関連性については興味がなくもないですが、残念ながら私の性的嗜好はノーマルなんです。男性は対象外ですね」

「へ……?」


 絶句。


「だ、んせい……?」

「おや。あなたは気づいてなかったのですか?」

「は⁉︎ 気づく方がおかしくないか⁉︎ ていうか嘘だろ⁉︎」


 思わずディオスへと視線を向ける。そこには、どこから出してきたのか白いハンカチを両手に持って、その端っこに噛み付いているディオスの姿。


「うぬぬ。一目で見破られていたとは悔しいですわッ」

「あれぇ。男さんですかぁ」

「ええ。あ、性別と一致しない嗜好性は病気というわけではないので心配はなさらないように。多少脳内の構造が違うというだけのことですから。個性ですね」


 敵に向かって大真面目にそう言ってケツァールは話を締めくくる。


(というかあれを一発で男と見抜くなんて……)


 違う意味でケツァールに恐れを抱いてしまう。


「というわけでジャム。あなたの金的蹴りは非常に有効かと」

「そうだなー……」


 つい魂のこもらない声で返事をしてしまう。もうわけがわからない。


「もう許せませんわっ。このあたくしを馬鹿にするだなんてっ‼︎」

「そんなことはしていませんが? 真実を述べただけでしょう」


 真実を述べること=馬鹿にしているという考えがケツァールにはないらしい。本人はいたって真面目に受け答えしていたようだ。

 さすがはケツァール。


「フン。わたくし、そこいらの役立たずどもとは違いましてよ。覚悟なさることね」


 その決め台詞? にケツァールが無言で自動小銃をかまえる。直後、うむを言わさず一斉射撃。


「——ッ⁉︎」


 しかし息を飲んだのはこちらの方だった。なんとディオスは、一斉射撃された弾を全て旋棍トンファーではじき返してしまったのだ。

 ディオスの動きはもはや人間をこえている。ジャムにはディオスが千手観音に見えてしまった。彼女、いや、彼の金髪が後光である。

 弾はパフィーラの魔力の塊のはずだが、小さく圧縮されているから弾き返せるのだろうか。わからないがすごい。


「すげぇ」

「はえ〜」


 ジャムと胡蝶は二人揃ってほーっと息を吐く。

 ただ一人、やはりケツァールだけは顔色一つ変えていない。


「素晴しいですね」


 口をひらいたかと思えばこれである。


「うふふ。そうですわよ、怖くなったのならそうおっしゃるといいわ」


 そう言ってちゅっと投げキッスをしてくる彼の仕草は完璧に女である。

 今でもまだ少し信じられないくらいだ。


「それよりもあなたの身体が気になります。常人でそのスピードはあり得ない」

「そうよ。このあたくしは特別製。常人にくらべて素早さがケタはずれに上げられていますの。そこの猫さんよりもね」


 たしかに、あの千手観音モドキはジャムには不可能だ。

 猫とは言っても所詮は少し身体能力のいい人間だ。


「では、あなたの攻撃を受けるのは困りますねえ。スピードに乗った攻撃はさぞ威力が増すんでしょう」

「そう。よくわかってらっしゃって嬉しいわ」

「やはり。困りましたね、スピードが早いと痛いですよね……」


 そのケツァールのつぶやきにはっとする。

 スピードが早ければ痛い。そうだ‼︎


「胡蝶」


 小声で胡蝶を呼び、そっと耳うちをする。


「はぁい、まかせてくださいです」


 胡蝶が頷き、キョロキョロしつつ後ずさっていく。

 そのまま床に綺麗な土下座をした。


「ふ、胡蝶⁉︎」

「ええーん、そんな超人の攻撃とか嫌すぎますう助けてくださいッ」

「ちょ……」


 胡蝶の行動が突拍子なさすぎて反応に戸惑う。


「まぁ、お顔の形だけは変えないで差し上げますわ」

「だめですだめです、痛いことはだめです!」


 おろおろとしながら胡蝶が四つん這いのまま後ずさる。

 そんな胡蝶を眺め、ディオスはにんまりと口角をつり上げた。そして、旋棍トンファーを構えた。

 同じく、ケツァールももう一度自動小銃を構える。


「無駄ですわよ。今度も全て弾いてみせますわ」

「やってみなければわかりませんから。痛いのは嫌ですし」

「ふふ。正直でよろしくてよ」


 嘲るような笑みを浮かべたディオスの姿が、次の瞬間高く跳んだ‼︎

 同時に、空中のディオスに向けてケツァールの自動小銃が火を吹く。


「無駄ですわっ‼︎」


 かなりのスピードで空中を移動しつつ弾を旋棍トンファーではじく千手観音。そして。


「胡蝶、今だっ‼︎」

「はいです‼︎」


 ディオスが高速でケツァールの前に着地する直前、その着地点に胡蝶が薬莢をばら撒いた。彼女が床を這い這いしながら拾い集めてくれたものだ。ジャムの障壁で弾かれてあちこちの壁をうがってたり落ちたりしたものの一部。

 ばらばらと音をたててそれが地面に落ち、着地したディオスの足と床の間に入る。


「ぎゃあっ⁉︎」


 つるっという音が聞こえてきそうなほど盛大にディオスの足がすべり、両足が上へと跳ね上がった。 その反動でディオスの上半身が床へ叩きつけられる。

 ゴッというにぶい音、そして彼の短いうめき声。ピクピクと全身が痙攣し、すぐに動かなくなる。


「うっわぁ……」


 スピードに乗っていただけに悲惨なものがある。先ほど頭をぶつけたような音がしたが……大丈夫なのだろうか……?


「ケツァール……?」

「脳震盪でしょう。心配するほどのことはありません。まぁ、打ちどころが悪いこともないとはいえませんし、気がついたら病院に行くのをおすすめしますが」


 ケツァールは、手なれた様子でやはり至極真面目に診察をして真顔で頷いた。


「さあ、中ボス戦終了です」

「わー、やったです‼︎」

「そ、そーだな……ははっ」


 こんな手段でやられた中ボスも少し哀れではあった。


「では胡蝶。下へ降りましょう、道案内を頼みます」

「オッケーですっ。こっちですよぉー」


 こうして、三人は中ボス戦クリア。ボスへと向かって歩き出す。


(こんなんでいいのかな……)


 というジャムの不安など当然のごとく無視して。

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