5. 地下五階(1)四面楚歌!
「こういう時はどうするんです? ジャム」
「俺に訊くなっ」
ケツァールの背中に自分の背中をピッタリと張り付かせて、ジャムは冷や汗を垂らしながら怒鳴る。
今の二人の状況はすこぶる悪かった。せまい通路で挟み撃ちにされてしまったのである。
ケツァールの前方に十人強。ジャムの前にも十人強。
「困りましたねえ」
「ケツァールは一応大丈夫じゃんかよ。俺が守ってんだから」
「ああ、そうでしたね。ではジャム、がんばって下さい」
あっさりとそう言ったケツァールに、がっくりと肩を落とす。
そんなことだろうと思った。そして彼は本気でそう思っているのだ。冗談や気休めを言わないことはよく知っている。
「でも、俺がやられたら守りはなくなるからなっ」
「おや、それは困ります。さて、どうしましょうか」
などと二人が話し合っているうちにも、敵はじりじりとその幅を狭めて来ている。ケツァールの前にいた一人が発砲したが、それはジャムの魔法が発動して弾き返された。それに敵はざわめき、ほんの少しだけ後退した。
少し牽制できたとはいえ、逃げ場はない。まさに四面楚歌。
「ケツァール、手榴弾持ってるか?」
「いいえ。もう全部使いました」
「ってことはこれだけ……?」
ジャムの手の内にはたった一つの手榴弾。
「しかもアレに銃とかって通用するのか?」
ジャムの前方に展開している敵の一団の前には、大きな三枚の板がある。正確には人の身体を隠せるほどの大きな長方形の盾。それがジャムの前方に通路を塞ぐように立ち塞がっている。
「とりあえずその手榴弾はバリケードの中に放り込めばいいのでは? 銃弾も基本的には追跡型ですから撃ち方次第で当たるでしょう」
「そうかな……」
「おそらく。それよりも、一斉射撃されて無事でいられますか? ジャム」
盾の向こう側には銃口。奴らは盾の影から一斉射撃するつもりだ。
敵はケツァールを狙った銃弾が弾き返されたことで、今は慎重になっている様子だ。だがジャムには銃弾を防ぐ術がない。
いや、もしかしたらケツァールを守るためにジャムの無事が必要なら守れるかもしれない。だが所詮は他人を救うためにしか発動しない力だ。当てにならないことこの上ない。
「さぁ? 一応、猫だけど……そればっかしは」
ははっと引きつった笑みを浮かべるジャム。
「素早く動くためには重いもの持てないし?」
そういうわけで、ジャムは自動小銃もバズーカもすでに床に降ろしている。本当は腰の拳銃も降ろしたいくらいだが、そんなことをしたら短剣だけになってしまう。銃を相手にそれはもう丸腰と同義だ。
「貴様ら、なにが目的だ!」
じりじりと歩みよって来ていたうちの一人がピストルでまっすぐにジャムを狙いながら怒鳴る。
「目的って言われても。いきなりこんなとこ連れて来られてゲームするってしか聞いてないし」
「ゲーム?」
ピクッと動いた男の眉に冷や汗が背中を伝う。
「ほう。これをゲームだと?」
「そーなんだろ? くそっ、パーフィ‼︎」
どうしてこうもタチの悪いサバイバルゲームを突然やる気になったんだろう。相手が実弾など、やる気がありすぎて本当に怖い。
「ジャム、目的はありましたよ? 違法な麻薬の回収とボスを倒すことです」
そのケツァールの言葉に、双方が一気にざわめく。
「なるほど、そういうわけか」
「そっ、そそそういうわけですっ、撃たないでっ」
つい両手を上げてしまうが、それが聞き届けられるわけがなかった。
「そういうわけにはいくまい」
男の唇が歪む。
(殺られるッ)
鋭い殺気を感じた瞬間にジャムは高く跳躍した。途端にケツァールの自動小銃が火を吹く音が背に聞こえ出す。
「この猫め‼︎」
「ぎゃあつっ」
一斉にジャムに向けられた銃口。それめがけてジャムは空中から手榴弾を投げつける。瞬間、白熱した閃光が敵の一団をつつみ悲鳴が上がった。
そして素早く着地。ジャムが腰の拳銃に手を伸ばしたその時。
「——ッ⁉︎」
二度目の爆発音とともに、ちょうど敵の一団の真横の壁が吹っ飛んだ。ジャムの見間違いでなければ、壁の向こう側から。同時に盾も吹っ飛ばされて転がる。
再び上がった悲鳴が止まないうちに、壁にうがたれた穴から飛び出したのは炎の狼‼︎
「
「はい? あージャムさん!」
炎の狼に続いて穴の中から姿をあらわしたのは、魔法の力で空中浮遊している胡蝶の姿。なぜか汚れた白衣を身につけている。
「なにがおこったんだ!?」
「浮いてる⁉︎」
「うわぁ、炎がッ‼︎」
慌てふためく男たちの頭上を狼が駆け抜ける。
悲鳴の嵐。
「えっとおー、上に上がったり下に下がったりの機械で来たですよ! ここにジャムさんたちいるから行けって、パフィーラさんが」
上にあがったり下にさがったりの機械というのは自動昇降機のことだろうか?
そういえばパフィーラの姿が見えない。
「パーフィは?」
「えと、汚れるのやだから別のとこ行く、ですって」
その答えに苦笑する。パフィーラらしい。
「じゃあさ、あいつらの銃なんとかしてくれない? こっちとあっちの」
ちらりと背後を向くと、バスーカを構えるケツァールの姿が見えた。あちらはあちらで、ジャムの力に守られながら銃撃戦を展開しているようだ。
「はぁーい。オッケーです! 行くですよ‼︎」
キラリと胡蝶の瞳が輝き、炎の狼が唸りを上げた。悲鳴をあげて逃げ惑う敵集団から拳銃を叩き落とし踏み潰していく。
そこにすかさずジャムが飛び込み護身術の応用で物理的に敵を倒してゆく。サバイバルゲームから格闘ゲームに変わってしまったが仕方ない。
「うわあああっっ‼︎」
パニックになっているのか、必要以上の大声を上げて殴りかかって来た男の左ストレートのパンチを体を半身にしつつ右手で受ける。そこですかさず左手をふりかぶって反撃。男のこめかみへと手を叩きつける。
「うぐっ」
その男がよろめいた所ですかさず拳銃を腰から抜いて至近距離から一発。
男はぱったりと倒れて動かなくなる。
「ケツァール⁉︎」
逃げてゆく者は追わず背後のケツァールの方をふり返ると、彼のほうもほぼ制圧し終わっていた。逃げ出した者半分、ケツァールの自動小銃およびバズーカにやられた者半分といったところだ。
炎の狼もすでに姿を消している。
「ふうー。やっと終わったかぁ」
ほっと息を吐き出し、絶句。
「あ、あのさ、それって俺のじゃあ……」
「おや、そのようですね」
指差した先に転がっていたのは、ジャムが重いからと床に降ろした自動小銃とバズーカの残骸。
「はえ? それジャムさんのだったですか?」
空中でこくっと首を傾げる胡蝶。
「だああああつっ、胡蝶! それ俺の‼︎」
「あれぇ、すみません。間違って壊しちゃったです。わたしと一緒ですね。わたしもないです」
そう言ってぺこりとおじぎをした胡蝶は、そう言われれば丸腰だ。自動小銃やバズーカばかりか手榴弾も拳銃もない。本当の丸腰である。
あるのはどういういきさつで手に入れたのかわからない汚れた白衣だけ。
「はあっ……」
ため息。もう本日何度目になるだろうか。
「あ、でもっ、わたし上がったり下がったりの機械の場所わかるですよ! 途中でちょっと迷いましたけど、その穴からこう、ピピッと曲がればすぐです。パフィーラさんも下に降りろって」
「そうですか」
「はいっ。ですからっ、行くです‼︎」
ぐっと胡蝶がにぎりこぶしを作った。
その時————。
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