3. 地下四階 迷路?

「ああん、もう! どーしてこうややこしい構造してんのよここは。まるで迷路じゃないのよっ」


 思わず苛々と頭をかきむしり、パフィーラは地団駄を踏んだ。

 地下三階からさっさと四階へ降りたパフィーラと胡蝶フーティは、麻薬を探しながらあっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返している。

 似たような通路と似たような部屋が続いていて、どこを通ったのかもうよくわからない。


「でっ、でもぉパフィーラさん。ゲームとしてはぁ、おもしろいと思うですよぉ?」

「わたし まどろっこしいの嫌いなのよっ」


 胡蝶フーティがいくらなだめてもこれである。


「そんなぁー。わたしが作ったわけじゃないですよ、だからちょっとわかんないです」


 そう言う胡蝶は丸腰(⁉︎)だった。

 理由は簡単。胡蝶が全ての武器を投げてしまったからだ。

 胡蝶は今だにカルチャーショックの真っ最中だ。その彼女に銃器の扱い方は理解できなかったらしい。

 きちんと扱えたのは、最初に投げた手榴弾だけ。それがいけなかったのだ。

 手榴弾を投げて上手くいったものだから、他のものも投げれば上手くいくと彼女は思ったらしい。投げれば魔力が爆発するように簡略化されていたのもそれに拍車をかけた。

 どこで彼女が武器を全て投げたのかはさだかではない。パフィーラが気がついた時にはすでに丸腰だったのだから。

 その胡蝶は、歩くのに疲れたのか今は空中にふわふわと浮かんでいた。彼女の魔法の力のなせる技である。


「パフィーラさんの考えたゲームなのに道順とか知らないですか?」

「知らないわよそんなもの。だって知ってたら面白くないでしょ」

「ああ‼︎ ですね」


 にこにこする胡蝶。苛々するパフィーラ。


「こんなことなら四階をあの二人に任せれば良かったわ」

「でも、五階がもっとずーっとすごい迷路だったらどうするですか」


 ぴっと人指し指を一本立ててそう言った胡蝶にパフィーラは閉口する。

 それはそうなのだが、そもそもそういう意味ではなく愚痴なのだ。そんな本気でいさめて来ないで欲しい。


「そぉーねふふっ、そぉーよねえ……」


 こんなことならジャムと来るんだったと少し後悔する。ケツァールの方は最初からそうだと思っていたが、胡蝶にもパフィーラのからかいは全然通じない‼︎


(面白くないわ! やっぱりわたしはジャムと一緒でなくっちゃ)


 彼と一緒ならば退屈しないのに……時々泣かれるけれど。

 そんなことをパフィーラがつらつらと考え出した時。


「あ、ほら、ドアです」


 胡蝶が前進を止め、左手を向いた。


「そこにも」


 次に彼女が指差したのは前方。


「入るですか?」

「うう〜ん……」


 いちいち全部に入っていてもらちがあかない。自分の魔法で中を知ることも出来るだろうが、ゲームと言ってる建前、そんな便利能力など使っていては反則だろう。


「あっちに入りましょ」


 結局パフィーラは左手の扉を無視した。そうして、ジャムやケツァールのように慎重になんてことはせずにスタスタと扉に近づく。

 そして胸につけていた手榴弾を手に取ってにやりとすると。


「えいっ‼︎」


 勢い良く扉を開き中へ手榴弾を放りなげ、また扉を閉めた。素早く横へと避ける。

 ——ズウウウウン……

 重い音がして、扉がガタガタと揺れた。そして風圧に押されて勢いよく開く。


「パフィーラさん、中、人いたですか?」

「さぁ、知んない。でも、これなら確実でしょ?」


 パフィーラに悪びれたところは微塵もない。


「はええ〜」


 部屋の中からもくもくとわき出した埃が晴れたのを見はからってからそっと部屋に入る。

 そこには、二人の女性が目を回して倒れていた。二人とも白衣を着ていることから、研究員かなにかなのだろうと検討がつく。

 部屋自体は走り回れるくらいの広さがある。だが人が六人くらいは余裕で座れそうな大きな机が八つあり、かつ至る所に段ボールが積まれていて印象としては狭い。段ボールの多くは爆風で崩れて雪崩を起こしていたため、余計に狭く感じる要因となっていた。


「ケツァール喜びそーねえ」


 爆風で部屋中にちらばった紙。その一枚を手に取って目を走らせる。どうやら論文のようだ。


「遺伝子工学……。ふうーん」


 わたしには関係ないわと放り出したその論文を、今度は胡蝶が手に取って読みはじめる。


「お師匠さまが喜びそうです」

「ああ。そういえばそうね」


 胡蝶の師匠は錬金術師だった。五百年も昔の。

 その錬金術師は、錬金術と魔術の融合を目指していた。そしてその先に、人間と動物をかけ合わせた人造生命体ホムンクルスを生み出すという目標があったのだ。

 人造生命体はまさに、遺伝子工学と言える。


「遺伝がわかるのと、遺伝子を理解するのとは違う話だけど、多分理解してたわよね? 少なくとも仮説と理論はあったはず。あんたの師匠は生まれるのが早すぎたのかしらねぇ」

「今なら簡単に出来るですか?」

「出来ないわよ表向きはね。魔石から取り出す魔力を使って研究はされてるみたいだけど」


 肩をすくめたパフィーラが、倒れている女性たちへと視線を向ける。


「少なくともこいつらは知っているようね」

「はえぇ。教えてくれませんかね?」

「やめときなさい、ろくなことにならないわよ」

「えぇ〜」


 少し残念そうに肩を落とした胡蝶にため息。

 性格はとぼけているが、胡蝶もケツァールと同じような思考回路をしているようだ。


「わたしがいれば魔石いらないです」

「そりゃそうだけど、魔法使えるのバレたら色々大変よこの世界だと。まず囚われて実験体にされる方が先ね」

「ひょおぅ! だめですだめです」


 空中でぶるぶると震えた胡蝶に頷く。今はそんなことに興味など持たなくていい。今は。


「ねー、それより胡蝶。あの白衣拝借して着てみて♡」


 いまだに床で目をまわしている二人の女性を指差す。正確には、その白衣を。


「ええっ? あれですかぁ?」

「ん♡ ほらほらぁ、急いでっ。次の追手が来るわよぉ?」


 そのパフィーラの言葉通りに、遠くから大勢の足音が響き出す。

 足音は大きく重い。女性ではないだろう。


「あのう、まさか……?」

「そ、そのまさか♡ 一瞬気を引いてくれるだけでいーの」

「そんなぁー」

「危なくなったら障壁張ればいーでしょ?」

「あ、そーです。パフィーラさん頭良いですっ。じゃあやるですよ」


 にっこり。納得した胡蝶はいそいで白衣をはぎ取ると、開いた扉の前に立った。

 その後方で、パフィーラが机の影に姿を隠す。途端に雪崩れ込む足跡。


「動くな!」

「きゃあ! わたしは違うですぅ!」


 雪崩れ込んで来たのはやはりいかつい男性達だった。全部で五人。

 五つの銃口を向けられた胡蝶は、両手を上げて降参のポーズを取る。


「見慣れん顔だな」

「はいぃ。先日入ったばっかりですー」

「専門は?」

「遺伝子工学ですよぉ。主にクローニング技術やってるんです。聞いてないですか?」


 胡蝶は、口から出まかせにしては上出来なことをスラスラ喋っている。もしかしたらそういう研究も錬金術師としていたのかもしれない。

 そんな胡蝶の背を見つめつつ、パフィーラは机の影でそっとバズーカを背から下ろした。

 準備OK。


「この部屋はどうしたんだ」

「えと、さっき大きな音がして駆けつけたんです! そしたらもうこんなになってて。そこの二人も気絶してて」


 胡蝶がわざわざ指差した女性二人のうち一人は白衣をきていない。それに目を止めた男が、眉間に皺を刻んだ。


「本当か?」

「は、はいぃ!」

「お前はなぜそんなに薄汚れている?」

「お二人に声をかけて抱き上げたんでその時だと思うです〜」


 胡蝶の背中ごしに銃で武装した男達が見える。さすがに胡蝶を怪しみ出している様子だ。


(部屋の外にもいるかは知らないけど、五人いっぺんに吹っ飛ばせばインパクトとしては十分よねっ)


 なんのインパクトなのかはこの際無視だ。


「あっ、あのそれより! 変な二人組が出ていくとこを見————」

「胡蝶どきなさい‼︎」

「はいっ‼︎」


 なにを思ったのか胡蝶の両腕が真っ直ぐ上へと突き上げられ、すっと空中へ飛び上がった。

 後ろで見ていて少々間の抜けたそのポーズに、敵は一瞬だけ呆気に取られる。

 その一瞬で十分だった。


「なにっ⁉︎」


 動揺した男たちに逃げる隙を与えずに、机の影から銃口を出しトリガーを引く‼︎

 発熱したパフィーラの魔力が銃口に集結し、その一瞬あと。

 ズゴオオオオーン。

 その魔力は放たれた。真っ直ぐに男達を目指して。

 男たちの顔色が変わりすぐに光に飲み込まれる。舞い上がる砂塵。


「大当りっ。あ〜、スッキリしたわ!」


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