2. 地下三階(2)必殺◯◯蹴り!
「おい。どうしたんだよ」
「これを、これを見て下さいっジャム‼︎」
珍しく興奮した声をしたケツァールが書類を一枚取り上げてジャムに突きつけてくる。
「俺にはわからないって」
ジャムにはその書類につらつらと綴られていることの内容はさっぱりわからなかった。が、これだけはわかる。
こういう時のケツァールは、違う意味でアブナイと。
「わからないんですかっ⁉︎ これには悪性腫瘍癌腫の治療の例が載っているんですよ‼︎ まだ実験段階とは書いてありますが……マウスの実験ではP53遺伝子でアポトーシスを…… P53遺伝子? なんですかそれは、そんなものがあるというんですか⁉︎」
「————」
たしかにケツァールは医者らしい。癌腫で目の色を変えてしまっている。
「人体実験は……ん? この放射線というのはなんのことなんでしょう? 魔石の中でも特殊なものから魔力を取り出し照射……人体に? それで治療効果があると? そんなこと聞いたことも見たことも……」
「ケツァール…… 医者だったんだな……」
「ええ、そうです。人体とは小宇宙なんですよ、ジャム。その小宇宙にひそむ病を駆逐するための方法とあらば放ってはおけません。あぁしかし、世界最先端をいくディアマンティナにもこんな医療はないと言うのに」
などと、普段はクールなケツァールの口は休む間もなく動きつづける。
「ケツァール、行くぞ」
「なにを言っているんです? これを放っておけと言うんですか?」
「っていうか、今パーフィ主催のサバイバルゲームの真っ最中じゃん。それ、本物だと思う?」
「なるほど」
やっとケツァールも納得したようで、書類から目を離す。
「そういえばそうでしたね……では、一応これだけいただいて行きましょう」
彼はそう言って一枚書類を机から拝借し、綺麗にたたんで自らのポケットの中に押し込む。綺麗に畳んだ割には入れ方は雑だ。
「んじゃ、行こう」
「わかりました」
そっと扉に向かい、先ほどと同じようにして開ける。
扉の向こう側にあらわれたのは通路だった。前方と左右の三叉路だ。
人影はない。
そっと通路へと足をのばし、扉を閉めようとした、その時。
「うらあっ!!」
ジャムの背後から野太い腕がジャムの首を絞めようと肩ごしに伸びて来た!!
(しまった‼︎)
扉の影にいたか!!
咄嗟だった。腕が回された瞬間に一歩前進。これにより相手の腕が首に回らなくなり、反撃のための間合いをとることに成功。
「このっ‼︎」
右足を思いっきり振りかぶって後方の脛をしたたかに蹴り付け、相手の反応を待たずにみぞおちに肘打ちをたたき込む‼︎
「うっ……‼︎」
「びっくりしたじゃないかぁっ‼︎」
言っていることは少々間が抜けているが、その攻撃は的確で素早い。肘打ちをしたかと思った瞬間には、その肘を軸にして弧を描くようにして横面に裏挙をたたき込む。
強烈な一撃に、ジャムの首を絞めようとしていた腕が完全に離れる。
「仕上げっ!!」
さらにさっと振り返り、ふらふらとしている相手へ膝のスナップを最大限にきかせて下から上へ金的蹴りを放つ!!
それで最後だった。男は声も上げられずに悶絶し、白目を剥いて意識を失ってしまった。口からは泡まで吹いている。さすがに少しだけ気の毒ではある。
「ふうー。危なかったぁ」
「お見事。うまいですね」
パチパチと拍手をしながらケツァールが首を傾げる。
「ジャム、格闘技でもしていたんですか?」
「いや。ん、でも似たようなもんか?」
格闘技をやっていたわけではない。これらは全てジャムの母エダに仕込まれた護身術だ。
「エダ? あぁ、あなたの母君の」
「そう。あの人は、俺には襲われても反撃するだけの体力はないだろうって言ってさ。小さい頃から護身術を教え込まれたんだよ」
あの頃は自分は猫だし襲われても逃げ切れるなどと思っていた。だから大好きなエダの教えとはいえ、文句タラタラで稽古していたのだ。
「母は威大だったというわけですね」
「そうだよなぁー」
もしあの護身術を教わっていなければ、きっとジャムはジタバタもがくだけで男の腕からは逃げ出せなかっただろう。
ちらと泡を吹いて倒れている男を見やる。その彼の腕は筋肉隆々である。それにくらべてジャムは明らかな細腕。体力の差は歴然としている。今度、エダにはお礼を言っておかなければ。
「護身術……なるほど。それで金的蹴りなわけですか」
「まぁ、そういうこと」
そうでもしなければきっとジャムは勝てなかっただろう。
「ケツァールもエダに習うか?」
「いえ、私は結構」
ケツァールは苦笑して、こちらへ行きましょうと真っすぐに歩き出し、ジャムもそれに続く。
途中にに右手への通路があったが、見たかぎりでは行き止まりのようだ。左手には少し広めの空間とその先につづく通路があったが、ひとまず無視して直進する。突き当たりで右へ折れた。
そこには。
「あ、階段」
地下四階へと続くであろう下りの階段があった。そして、その横の壁には赤い塗料でこう書かれていた。
『四階はわたしたちにまかせて五階へ下りなさい』
間違いなくパフィーラのメッセージだろう。
「だってさ。どうする?」
「五階へ行けと言うのならば行きましょうか」
「そうだな」
かくして、二人は地下四階をすっ飛ばして五階へと階段を下っていった。
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