5. 俺様は天使だ!(2)

 かなり遅れて辿り着いた母親は、ジャムが事前に聞き出した場所へと一目散に走って行った。

 なんだなんだ、子ども助けてやったのにお礼もなしかよ。ほんと人間ってやつは。


「はぁ〜ほんと良かった」

「あぁそうかよ」

「キディのおかげだな。看護師さんが、もうちょっと遅かったら危なかったって言ってたよ」

「俺様が運んだんだ、当たり前だろ」

「はは、そうだよな! キディ天使だもんな!」


 ジャムが破顔する。

 そうだぞ、結局ジャムはなんの役にも立ってないからな!

 いや、まあ、あいつらを助けるって判断で役には立った、のか?

 俺が力を封じられてなくて魔法を使えてたら抱いて飛ばなくても良かったしな……不良の出来損ないなのは自覚がある。俺一人だったら助けになんて行ってなかっただろうし。


「天使って言ったらさ、神にも会うのか?」

「たまにはな」

「すげぇな!」


 目をキラキラさせているのに悪いが、神ってのはそんなにいいもんじゃねぇぞ。悪くもないけどな。

 いろんな意味で、人間になんか興味ねぇっつうか……それもちょっと違うけど。あいつらを表現するのは俺には難しい。

 けど、ジャムは神をありがたがってるみてぇだから、黙っといてやるか。天使としての情けだ。

 そんな事を考えていたら、ジャムを呼ぶ声がした。ちょっと待っててと言って声の方に行ったジャムは、ピンクのシャツを着た女と話し始める。

 女と別れたジャムは、振り返って俺を手招いた。なんだよ天使に向かって失礼なやつだな。


「なんだよ、まだなんかあるのか? こんなところもう出てもいいだろ?」

「あの子がさ、鳥のお兄ちゃんに会いたいってさ」

「は⁉︎ 鳥だと⁉︎」


 くそっ二度と亜人種のいる世界になんか来るもんか! 天界に戻れたら、だが!

 そうか、あのガキ助かったのか……まあ当然か。


「俺様を鳥とか言うガキに会う必要なんてねぇだろ!」

「いいじゃんそれくらい。キディは天使なのに大人気ないよな」

「なんだとそんなわけあるか。あぁいいとも会ってやろう」

「ははっ、そうこなくちゃ!」


 こっちこっちと馴れ馴れしく俺の手を引いて、建物の中を歩いていく。

 広いホールから狭い廊下に入り、くねくね曲がった先。

 一つの扉の前で止まった。


「ここだって。行ってやってよ」

「ちっ、めんどくせぇな」


 引き戸に手をかける。

 なんなんだよ一体、会ってすることなどなにもないだろうに。

 戸を開くとそこは小さな個室だった。中央にベッドがあり、そのベッドに不釣り合いな小さな子どもが寝ている。

 向こう側には母親がいて、泣き腫らした目で頭を下げた。


「あ! 鳥のお兄ちゃん!」


 子どもが上体を起こしてこちらを向く。それはジャムに負けず劣らずの屈託のない笑顔。

 なんだ、なんでそんなに笑ってる?


「お兄ちゃん、助けてくれてありがとう」


 こっち来て。そう言う男の子の声に、一歩踏み出す。礼が言えるのは関心だ。

 ベッドのそばに行くと、顔を輝かせて彼は俺の手をつかんだ。

 は? なにしてるんだ?


「ぼく、きこえてたよ。お兄ちゃんが助けるからまだだってはげましてくれてたの」

「あ、あれは……あぁ、そうか」


 励ましたとかじゃないが、そう受け取るならそれでもいいか。

 その方が天使らしい。


「それで、とても重そうだったのに、ぼくを抱いて飛んでくれたの! すごくしっかり抱いててくれたから安心だったよ」

「あ、あぁ……」


 あんなに苦しそうにしてたのに、ちゃんとまわりの出来事を見聞きはしていたのか。なかなか肝のすわったガキだな。


「ほんとはすごく怖くて苦しかったんだけど、お兄ちゃんがいたからがんばれたの! ほんとうにありがとう、鳥のお兄ちゃん」

「俺様は鳥じゃ……いや、なんでもない」


 ガキの期待を壊すのも忍びないからな。


「あの、本当にあなたにはなんてお礼を言ったらいいか。見ず知らずのわたしたちを……」


 母親がそう言いながら涙をハンカチで拭った。

 それなのに、涙が次々とあふれて止まらなくなってしまったらしくボロボロと泣き出した。

 いやほんとにその通りだ。見ず知らずの子どもだったわけだ。


「あと少し遅かったらダメだったかもしれなかったと伺いました。本当になんとお礼を言っていいのか……」

「礼ならそこのジャムに言えばいいだろう」

「は? 俺?」

「お前がやれと言ったんだろうが」


 それにジャムがおかしそうに吹き出す。なに笑ってるんだ酸欠で頭どうかなったのか?


「俺なにもしてないだろっ、はははっ」

「まあそうだな」

「だろ? 飛んでくれたのキディじゃん」

「うん! 猫のお兄ちゃんもありがとう。鳥のお兄ちゃんもっとありがとう!」


 小さくてあたたかい手の感触。赤みの差したほお。元気な笑顔。

 あぁ、大丈夫そうだな。


「別に、あんなのどうってことねぇよ」

「かっこいい!」

「なんだよ調子狂うな⁉︎」


 くそっ、なんでそんな嬉しそうな目えして俺を見るんだよ‼︎ 母親も、なんで泣きながら笑ってんだよ‼︎

 わかんねえよ人間の情緒、どうなってんだよ。


「鳥のお兄ちゃんは命のおんじんだよ!」

「あ、あぁ……」

「ぼく、大きくなったらお兄ちゃんみたいに人を助けられる大人になるね!」


 俺を善良な命の恩人だと信じてる、屈託のない笑顔。やわらかな小さい手のひら。

 なんつうか、あったかくて。くそっ、どう表現すればいいのかわかんねえよ。

 だけど、嫌じゃなかったよ、俺は。なんつうか、そうやって俺の手を握ってくれたのが、その……嬉しかった。

 ああそうだよ、認めるよ。なんだかわかんねえけど嬉しかったんだよ‼︎

 だからこう、なんか胸が熱くなって、泣いちまった。

 泣き虫って言うんじゃねえや‼︎ くそっ、俺だってなんで泣いてんのかわかんねえんだよ。

 けど、思ったさ、俺でも。本当に。


「お前が助かってくれて良かったよ」


 笑ってみせたつもりだったけど、上手くいったかはわからねぇ。でもまあいいか。


「今度はお前が誰かを助けてやれよ」


 * * *


「本当にいいのか?」

「だから、何回も言わせんな‼︎ どっかその辺ウロウロしてりゃあ、いつかほかの天使に会えるだろうさ‼︎ だからもういい‼︎」

「そうか?」


 ジャムは少し残念そうにそう言って、笑った。


「そこまで言うんなら止めないけど。また遊びに来いよな」

「誰が」

「そー言うなよキディ。な?」

「あ……ああ、わかったよっ。いつか来てやるよ」


 そう、俺がもうちっと天使としてマトモになったらな。

 俺、世界をまわってみることにしてみたんだ、笑っちまうけどな。天界に帰れるまでの長い旅行だと思えばいいじゃねぇか。

 それまでに、あの時のわけわかんねえ気持ちがなんなのかも知りてぇしな。


「それじゃあな、ジャム」

「ああ。キディ、元気でな」

「てめぇもな」


 ちっとばかし笑ってから、俺は翼を広げた。

 俺は、俺の空を飛ぶ。

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