4. 俺様は天使だ!(1)
「誰が鳥科亜人種だっ、誰がっ‼︎ 失礼な奴め‼︎ この俺様がそんなもののはずがないだろうが‼︎」
空中に羽ばたきながら静止している俺を、ぼさっとした顔で俺を見上げているのは金髪の猫科亜人種の小僧だ。
まったく失礼なやつがいたものだ。
「違うのか? じゃあなんだよ」
「よーっくきいとけよ、猫‼︎」
「ああ、うん」
「俺様は、天使だ」
「————」
なんだよ、その間は。おいお前まさか信じてねえな?
「それ、新手のギャグ?」
やっぱりっ‼︎
「違うっ‼︎ この背中の翼が見えないのかお前⁉︎」
「だから、それって鳥料亜人種にもあるだろ」
「あんなのとは本質的に全然まったく関係ねえ‼︎ この美しい白銀の髪も見ろよ⁉︎」
「俺の友人の鳥科亜人種もそんな髪の色だぞ。翼は緑だけど」
「クソが!」
これだから亜人種のいる世界ってなぁー嫌いなんだよっ。亜人種のいない世界なら、俺がこの神々しい姿をあらわすだけでみんな天使だ天使だってありがたがってくれんのによ、ったく。
「だいたいてめえのせいなんだよっ、責任取って俺様を天界に戻せっ‼︎」
「ちょ、なにが俺のせいなんだよ」
「俺様が人界へ召喚されたのがだ‼︎ てめえガキを通して召喚魔法使いやがっただろ‼︎」
「はぁ? なんだよそれ、って、あ? もしかして、悪魔召喚? ポラーの時か……?」
まったくその通りだっ‼︎ あぁくそ忌々しい。あのガキにあんな言葉教えやがって‼︎
「じゃあポラーに召喚されてここに来たのか?」
「召喚の力を使ったのはてめえだっつーの!」
あの言葉を魔法陣の前で唱えたのはポラーとかいうガキだった。が、その言葉に力を吹き込み発動させたのはこの猫の力だ。
おかげで、俺は天界から人界へまっさかさまだ。
「うそだろぉ。いやエイルをなんとか救いたいとは思ってたけどさ」
俺の説明をきいて、猫はやっと信じる気になったのか口に手をあてておろおろし出す。
「無意識に魔法を発動させるくらいの力を持つ奴がああいうことするんじゃねぇよ‼︎」
「ご、ごめん」
「で? ちゃんと俺様を天界に戻してくれるんだろうな⁉︎」
「あー、いやー、その〜」
なんだよこいつ、俺の帰し方知らねぇのかっ⁉︎
「なぁ、でもさぁ」
「なんだよ」
「あんた天使なのに帰り方知んないの?」
うっ……。
「知らないんだな?」
「うっ、うううう、うるせえっ‼︎ 知らねぇんじゃない、今は訳あって封じられてんだよ……」
ふんっ、どうせ俺は出来損ないの天使なんだよっクソが。他の天使は神を神聖視してるが、俺はスカした神に仕える気もさらさらわかねぇしな。
他の天使たちは、人を助けてやるんだとか言って人界に降りたりしている。だけどな、なんでそんなことをする必要がある?
だってわかんねぇじゃねぇか。なんで他人のために身を削って助けなきゃいけねぇんだよ。馬鹿馬鹿しい。
そもそも、神自体が人を助けようなんてこれっぽっちも思ってねぇのによ。人間たちは有り難がるが、あいつらは人間なんてなんとも思っちゃいないぞ! それなのにちゃんと仕えてないとか言って力を封じるとか意味わかんねぇ。
「なんだ、そうなのかぁー」
そんな俺の心情も知らず、猫は能天気に笑った。
なんだっつーんだよ、こいつ。
「じゃあ、一緒に帰る方法をさがそう。俺にも責任あるしな。俺はジャム。あんたは?」
「……キディだ」
ま、まぁこの世界では珍しく魔法の力を持ってるみたいだしな。あてもないよりはジャムといる方が効率的かもしんねぇな。
「そっか! よろしくな、キディ!」
* * *
「なぁー、おい、ジャム。あれはなにやってんだ?」
俺は、とりあえずジャムと一緒に街中を飛んでいた。いや、飛んでたのは俺だけでジャムはもちろん歩いてたけどな。
この都はなかなか面白い、そう思ってあちこち見て回っていたんだが。遠くにうずくまる子どもと、その母親らしき人物を見つけたのだ。
子どもは人間の歳で言えば五つくらいか。おそらく男の子。真っ青な顔をしているが、母親は慌てているだけでなんもしてねぇ。なんだあれ。
「ん? あれ、どうしたんだろ。俺、あんま視力良くないから見えないな……」
けど、そこいらに人通りはあるのにみんな無視してるし、たいしたことねぇんだろうけど。
「ちょっと行ってくるよ!」
「あ、おいっ、ジャム⁉︎」
言うが否やジャムは地面を蹴り、助走なしにも関わらずトップスピードで走り出す。その姿がどんどん小さくなり、親子へと向かった。
さすが猫なだけあるんだなあいつ。
あっという間に二人の元へとたどり着き、ひざまずいて様子を見ている。子どもの背をさすりながら、母親と話しているみたいだ。
まぁひとまず俺も行ってみるか。
「おいっ、キディ‼︎」
「あん?」
三人の元に着いた俺を見上げて、ジャムが瞳孔をいっぱいに広げた。
その顔はこれまでの能天気な顔じゃなくなっていた。なんだこいつ、なんか必死そうだな。
それにこの子ども、ちょっとまずいんじゃねぇか? 大した事ないからみんな無視してたんじゃなかったのかよ。
「キディ、あの真っ白い建物わかるな?」
ジャムが指差した先にある真っ白い建物は一つだけだった。
この都はどうやら、赤い煉瓦の屋根か、四角いベージュの集合住宅が多いらしい。その中で本当に真っ白なその大きな建物は、陽の光を受けて結構目立っている。
「ああ」
「飛んでならすぐだな⁉︎」
「まあ、そうだな」
地上では結構距離はあるみたいだが、空を直線距離で行くならすぐに決まっている。
「いいかキディ、この子をあの白い建物へ連れて行ってくれ! 中に入って人を呼んでこの子預けてくれ」
「は? この俺様を使うのか? そいつどうしたんだ」
「喘息の発作起こしてんだよっ、早く病院に運ばねぇと命が危ないんだ。早くしてくれ‼︎ 早く!!」
なんだよ、こいつ。子ども一人に必死になりやがって。
母親がおろおろしながら泣いている。あれか、パニックなのか。人間ってのは肝心な時に役立たずなんだな。
「キディ‼︎」
「わかった、わかったよ連れて行けば良いんだろよこせ‼︎」
なんなんだよ、っつたく。言うこときかなきゃお前を殺すぞって目ぇしやがって。
人間って必ずいつかは死ぬモンなんだよ。
でもあいつの機嫌を損ねるのもアレだしな。運べば良いんだろ⁉︎
地面に降り立ち、ジャムが抱き上げた男の子を受け取る。ぜいぜいと喉から音。息を吸いたいのに吸えてないのか。
俺が手をかすんだから、まだこいつは死ぬには早いんだろうよ。
力を込めて羽ばたく。クソっ、こんなガキ一人でも飛ぶには重たすぎる。なんだよこんな思いしてまでみんな人間を助けてんのか⁉︎
なんとか上昇するが、まだ高度が足りない。もっと高く。羽ばたきを強く!
子どもの顔色がより一層青くなる。
「なんだよ俺様が運んでやるんだからまだだろガキ‼︎」
さすがに俺に抱かれて死なれるとか後味悪すぎだろうが‼︎
しかも重てぇし‼︎
落ちそうになるのを必死に羽ばたいて上昇する。赤い屋根をこえ、四角い集合住宅の上へ出た。
眼下で小さくなったジャムが、白い建物の方へと走り出したのが見え、俺は大きく翼を広げた。
「いくぞ」
腕に力を込めて、羽ばたく。すっと前に出た身体は、子どもの重みを加えたスピードで滑空をはじめる。
こうなればもう後は早いものだ。
あっという間に白い建物の上に到着する。着地するのも子どもの重みで落ちそうになるから力と気力を使ったがもちろん成功だ。
「おい、こらしっかりしろ!」
腕の中でぐったりし始めた子どもをゆすり、建物の中へと駆け込む。
「誰かこのガキを診れる奴はいるか‼︎ ぜん、そく? の発作だ」
中にいた大勢の視線がこちらへと向く。驚いたように固まった人間たちが動きを止めた。
なんだ、また無視か⁉︎
「ここに来れば助かるんじゃねぇのかよクソどもが‼︎ おいお前息しろ‼︎」
小刻みに震え出した子どもに怒鳴るが、息は出来るようになっていない。
俺が力を封じられてなかったら————。
「喘息発作ですね、この子預かりますよ‼︎」
「なっ————」
子どもに気を取られていた俺に、正しくは腕の中の子どもに二本の腕が伸びて来た。そのまま子どもを奪い取る。
ピンクのシャツに紺のズボンを着た女性だった。
「なにすんだよッ」
「この子を診ます、こちらへ‼︎」
言い切って素早く踵を返して歩いていく女に、あっけに取られて足が止まった。
なんだ、無視してたわけじゃないのか。あの服が助けられるやつか? なるほどな、じゃあそこいらにいる色んな服のやつは助けられないやつか。
まあ、いいか。俺様は別にあのガキの親じゃねぇしな。ここから先はどうでもいい。
ジャムはここへ向かってるはずだが、あれだけ早く走れてもやっぱり時間がかかるもんだな。
「キディ‼︎」
やっと走り込んで来たジャムは、俺の前にたどり着いた途端に両膝を下についた。
「ジャム。遅かったな、子どもなら連れて行かれたぞ」
ジャムの喉からも、さっきの子どもと同じような音がしている。肩で息をしてるし、吸いにくいのか?
なんだかぐったりしている様子だ。あの子どももそうだった。
「はぁ……はぁ……そ、そうか……」
「おい、お前大丈夫か? 息出来るのか?」
こいつも誰かに診てもらう方がいいのか?
「いや、お、俺は大丈夫……ちょ、っと、スタミナ切れ……」
「ちっ、そういうところも猫なのかよ」
亜人種ってのは本当にめんどくせぇな‼︎
* * *
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