第四話 幻想遊戯
プロローグ
「なぜ、私まで……?」
かなりうらめしそうにぼやいたのは、白銀の長い髪に緑の翼と瞳を持つ長身の鳥科亜人種・ケツァールだった。
「っていうか、これ、なにごと?」
呆然とつぶやいたのは、つい先ほどまでケツァールと酒場にいたはずの金髪金目の猫科亜人種の青年ジャム。猫耳としっぽを持ち、どちらかというと可愛い寄りの顔立ちだ。十七歳になるが、小さめの身長が余計に可愛さを際立てている。
「えと、ちょっとわたしにはぁ……わからないですけど」
首を傾げたのは、長い黒髪を一つの三つ編みにした小柄な
「えー? だからゲームよ、ゲーム♡」
ただ一人、にこにことしているのは、空色の髪と青い瞳の十歳ほどの美少女パフィーラだ。
四人はどこかの建物の中にいるようだった。少なくとも、ジャムもケツァールも、当然胡蝶も知らない場所だ。
「ゲーム、ですか? この格好で?」
ケツァールの言うこの格好とは。
なんと、四人とも見るからに危ない銃器で完全武装していたのだ。
まず手には自動小銃を一丁。背中にはものすごく破壊力のありそうなバズーカ一丁。
それに加えて胸には手榴弾、腰には拳銃、大腿部にも手榴弾。これを左右に一セットずつ。
もうほとんど歩く凶器である。
「そ。サバイバルゲームなの♡」
「サバイバル……」
ケツァールが絶句する。
鳥科亜人種で二十四歳、宮廷医師という肩書きを持つケツァールはジャムの友人である。
このケツァール、外見がクールな美青年なのだが、性格もまさに見た目通り。まかり間違っても自ら運動などをするタイプではない。その彼にいきなりサバイバルなど酷である。
「しかも、ここ、どこです?」
「ん? 総合病院の地下三階。ここはね、知らないうちに敵のアジトにされてるって設定でぇ……」
というパフィーラの設定とはこうだ。
敵は、多幸感をもたらす代わりに身体を蝕む麻薬をディアマンティナにばらまいている特殊違法集団〈黒蝶〉。その〈黒蝶〉から麻薬を回収し、ボスを倒すことがゲームクリアの条件だという。
ちなみに、この地下アジトは六階まであるらしい。
「なにか質問は?」
「————」
沈黙。
皆、聞きたいことがないのではない。なにから突っ込めばいいのかわからないくらい疑問があるのだ。
「俺とケツァール、さっきまで酒場にいたんだけど?」
「そんなこと気にしちゃダ・メ♡」
にこっ。可愛らしく笑ったパフィーラにため息。これはもうなにも言っても無駄だ。つき合う他あるまい。
「私は銃の使い方など知りませんよ?」
「大丈夫。下手な鉄砲数打ちゃ当たる、よ♡」
またしてもにっこり。もうダメだ。
「確かに、最近出どころ不明の麻薬が流通しているという話は聞いています。何人か診ましたが身体への負担が大きいですね」
「え、マジかよ……」
「ええ。医療用のものとは違うようです。なんの目的かわかりませんが、取り締まるのは必要ですね。その麻薬とやらは私が責任を持って解析しようと思いますが人体実験をするわけにはいきませんから多少時間が……」
「あーはいはいそれは置いといて。そろそろここに侵入したのバレる頃ね」
珍しく早口で喋り続けるケツァールの声をパフィーラが遮る。それとほぼ同時に、どたどたと人の足音が響き始めた。
なんと言ってるのかはわからないが、怒号が聞こえる。
「あ、言っとくけど当たったら痛いわよ。向こうは実弾だから。」
「ええっ⁉︎ なんだよそれッ」
「ほほう。では、当たりどころが悪ければ死ぬわけですか」
「その通り。だからがんばってちょうだい♡」
鬼だ。悪魔だ。そんな、自分の命までかけたサバイバルゲームがあっていいものだろうか。
いや、パフィーラがあると言えばあることになるのか?
いやそんなことよりも!
「ちょ、ちょっと待て⁉︎ まさか向こうも生身なんじゃ……」
「そうよ?」
「そんなッ、生身の人間撃てるわけないだろッ⁉︎」
そんなのはもはやゲームとは言わないだろう!
「大丈夫よ。ま、見てて。お手本見せてあげるから」
ガチャリと自動小銃を鳴らし、パフィーラが前に出る。その表情は楽しげな笑みを浮かべていて、それはそれで怖い。
足音が近づく。左手‼︎
角から人影が飛び出したと同時にパフィーラがトリガーを引く‼︎
「パーフィ‼︎」
静寂を派手な破壊音が引きさく。
「ぎゃあああっ‼︎」
「銃だ‼︎ 銃を持ってるぞ引け‼︎」
「っていうかぁ、逃げてもムダよぉ〜。これ、どこまでぇ〜も敵を追う追跡弾なのよね♡」
「うそ」
「ほんと♡」
ジャムの呻きにパフィーラは余裕の笑みで返し弾を打ち続ける。その衝撃で舞い上がったドレスが不釣り合いすぎて血の気が引いた。
かくして、一分もたたないうちに、敵の先発隊は全滅した。
「ね? 下手でも当たるの」
ふり返ってにっこりしたパフィーラに絶句する。
「なぁパーフィ。あっちも生身なんだろ? あんな、あんなことしたら死ぬだろっ⁉︎」
ゲームに命をかけさせるなんて‼︎
「そんなのダメだろ⁉︎ なにしてんだよッ」
「だぁから、大丈夫だって。死ぬどころか傷一つつけちゃいないわよ? 信じらんないのなら自分で確かめて来たら?」
「え……?」
思わず取り乱したジャムの動きが止まる。
(傷一つついていない?)
「見てきましょう」
まず動いたのはケツァールだった。医師という立場上確かめずにはおれないのだろう。
「あ、ちょっと、俺も‼︎」
「わたしも行くですよぉ〜」
そして、三人でパフィーラの銃にやられた人々をのぞき込む。
たしかに傷などない。
「ふむ。呼吸、脈拍ともに正常ですね。これは、ショックで気を失っているだけでしょう」
素早く一人の手首をつかんで脈を取っていたケツァールが頷いた。それに心底安心する。
「ほらね、言ったでしょ?」
そう言って近づいてきたパフィーラは、子どもらしい得意満面の笑みだ。
その無邪気さが怖い。いろんな意味で。
「これだったらジャムでも弾てるわよね?」
「まぁ、うん、傷つけないんなら……」
向こうは実弾。身を守るためにはいたしかたあるまい。
「この銃の弾はなんです? パフィーラ」
「うふふふふ。訊きたい?」
「はい、とても」
しごく真面目なケツァールにまた、ため息。
ケツァールはそういう奴だ。いつでも真面目で、しかも知識欲旺盛だと来ている。人生の目標が世界の真理を解き明かすことらしいから、その知識欲の程度も想像がつく。
「うふふふ〜。これねぇ、わたしの魔力を閉じこめてんの。引き金を引けばわたしの魔力のかたまりが飛ぶってわけ。弾切れもないわよ。OK?」
「ほう、なるほど。魔力ですか。ジャムからいろいろと話は聞いていましたが……実に興味深い。なぜ、今の世に魔法が使えるのか。神子とは一体なんなのか。神子も人の子に違いないのに魔法が使える。神が力を与えているとはいえ……いや、そもそもなぜ魔法は突然使えなくなってしまったのか……異界にいた胡蝶は影響を受けなかったということはこの世界に原因が……?」
ぶつぶつぶつぶつ。
ケツァールは勝手に想像をふくらまし世界を語り出してしまう。これさえなければ友人としてはいい奴なのだが。
「さ、ちゃっちゃと行くわよ〜。ジャムは、ケツァールとあっち行ってね」
パフィーラが指差したのはもともとジャムたちのいた右手の方向だ。たしかあちらに行けば左手に折れる通路があったはず。
「って、ちょっと待って。別行動かっ⁉︎」
「そーよぉー。別々に探した方が効率いいでしょ?」
ケツァールと……限りなく不安である。まだ世界の真理とやらを一人で語っているし。
「いいじゃない。ケツァールとだったら空中から攻撃できるでしょ?」
「パーフィ、言ってなかったけど……」
「わたしは飛べませんよ」
いつ世界の真理講座が終わったのか、ジャムの後半の台詞をケツァール本人が奪う。
「あら、そうなの?」
「はい、そうです」
「じゃあなんのためにそんな翼つけてんのよ」
「意味などありません。亜人種が生まれるのはイレギュラーなんですよパフィーラ。使えない身体特徴を持つことなど珍しくもなんともありません。亜人種同士の子が奇形児しか生まれないことからもわかるように、これも奇形の一部だと見ていいでしょう。そもそもジャムはそこからして恵まれて云々……」
「あ、そう。へえ……」
途中で話を聞くことをやめてしまったパフィーラをよそに、ケツァールはまだ真面目に語っている。
「ふうん。ま、いいじゃない。がんばんなさい」
「ええっ⁉︎」
メンバー替えなし⁉︎
「魔法使えんのが二人して行くのか⁉︎」
「んもうー、これはサバイバルゲームなんだから気にしないの‼︎ さっさと行く‼︎」
「そんなんアリかぁ⁉︎」
不公平だ‼︎
「そんなに魔法が良かったら、ケツァールのためにジャムの力使えばいいでしょ。さ、胡蝶、わたしたちも行きましょ」
「はぁ〜いっ」
スタスタと歩き出したパフィーラに胡蝶が続く。
そのまま二人は角を曲がって歩き去ってしまう。
「ま、これも運命です。甘受しましょう、ジャム」
ぽんと肩に手を置いてそう言うケツァールに、ジャムは果てしなく暗い瞳を向けた。
「そーいうことあんたが言うと冗談に聞こえないって」
「心外ですね。冗談などではありませんよ」
じゃあ本気か⁉︎
(あぁもう嫌だ……)
タチの悪いサバイバルゲームにつき合わされることとなったジャムは、本日三度目のため息をついた。
ゲームはまだまだこれから。しかし、ジャムはどっと疲れてしばらくはその場から動けなかった。
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