2. 追う者、追われる者
まったく、いつもいつもいつも……‼︎
その長身と抜群のプロポーションを見せつけるかのようなパンツスタイルをした美女が、肩を
彼女はコンスタンス・オーブ、二十五歳独身。艶やかな長い金髪をポニーテールにしている。その髪がゆれるたびに頭が重いのだが、そんなことはもはや気にもしていない。
「ああもう、まぶしいったら‼︎」
などと自然現象にまでケチをつける。
一見して不機嫌そうなのがわかるため、彼女のまわりを人が避けて通っていく。しかし、そんなことは気にもならない。
(まったく、あの猫‼︎)
思い出すだけでも腹が立つ。今回もまた、まんまと逃げられてしまった。
コンスタンスが捜しまわりひっつかまえようとしているのは、昔から弟のように可愛がってきた猫科亜人種のジャム。
ジャムは三ヶ月前、コンスタンスから金をかりた。親元を離れて一人暮らししたいからと懇願されて、家賃と当面の食費を貯金から渡したのだ。小さかった弟が一人暮らしかと感慨深くさえ思った。
しかし、それも最初のうちだけ。一ヶ月で返すという約束だったのにもう三ヶ月。しかもコンスタンスの顔を見るなり逃げ出すのだから確信犯だ。
「ジャムはいつもそう。甘えてばっかり! あの根性叩き直してやるわ……‼︎」
ただでさえ可愛い見た目をしている上に、性格も素直で優しい。それゆえに、亜人種でありながら割と誰にでも好かれている。それはコンスタンスも素直に嬉しい。
唯一の欠点といえば、甘ちゃんなその根性だ。亜人種だから嫌煙されることもあるが、おおむね皆ジャムには優しい。仕事が続かないのはジャムが甘えているからに他ならない。今ではすっかり日雇い要因として定着してしまっている。
しかも身内には余計に甘えるふしがある。コンスタンスに借金を返すのが遅れているのも、甘えているだけなのだ。必死さが圧倒的に足りない。
こうなったらなにがなんでもお金は返してもらわねば。ただでさえ結婚もまだだというのに‼︎
(まったく、どこ行ったのかしら)
ディアマンティナは広い。その中からたった一人を見つけ出すなど至難のわざだ。
だからこそ、今日取り逃してしまったのが悔やまれるのだ。一度逃げられればまたしばらくは出会えそうにない。
別に今ジャムが住んでる部屋に行けば良いのだが、それはそれで気が引ける。一人暮らしを始めた頃に、女の子と連れ立って入っていくところを何度か見かけたことがあるからだ。
弟の彼女と鉢合わせしたら、それはそれで気まずいものがある。ジャムに不幸になって欲しいわけではないのだ。ただでさえ亜人種。好いてくれる子がいるならありがたいことだ。
「って、ジャムの心配してどうするのよッ」
気を抜くと自分もジャムを甘やかしている一人になってしまう。こんなことではダメだ。ジャムの彼女よりも、自分の彼氏の心配をしなくては。
——そんな存在はまだいないが。
「腹立ってきた」
一度だけ、ジャムの母親の一人であるエダのところに行ってみた。そしてかわりに支払えとせまったのだが、さすがはジャムの親。あの子とは血はつながってないからと、にこにこしながらかわされてしまった。
おかげで、コンスタンスはいまだにジャムを捜し歩く毎日だ。
(あのドロボウ猫‼︎ 逃がさないわよッ)
その願いが天に届いたのかはたまたコンスタンスの執念か。
コンスタンスは、前方の雑踏の中に、見覚えのあるしっぽを見つけ、その口元をにやりと歪めた。
黄色いく長いそのしっぽは、間違いなくジャムのもの。
うふふふふ……と不敵に笑って早足で近づく。近づくにつれてはっきりしてくる、男の子にしては小さな後ろ姿はやはりジャムだ。
まだ気がついていない。
そうっとしっぽに手をのばす。そして、むんずとつかんだ‼︎
「ぎゃあっつ⁉︎」
しっぽを思いっきりつかまれたジャムは、悲鳴を上げて飛び上がった。一瞬にしてぶわっとしっぽの毛が逆立ち、倍の大きさになる。
びっくりしたのか痛かったのかは不明だがおそらく両方であろう。
「いきなりなんだよッ‼︎ って、あ……」
眉をつりあげてふり返ったジャムは、そこにコンスタンスの顔を見つけ、さあっと顔を青ざめさせた。頭上の猫耳がぺたんと寝る。
「見つけた♡ ジャム」
「あ、あははははっ。今日はよく会うねコンスタンス姉さん……」
「本当ね、坊や。嬉しいわ」
まったく、嬉しい。こんなにすぐに会えるなんて。
「そっ、そう?」
全身でシュンとして小さくなっているジャムを見ていると、時々小動物をいじめているような心境になるが容赦してはだめだ。そんなことをしたが最後、逃げられる。以前はよくそれで逃がしてしまっていたのだ。
「ええ♡」
ぎゅっとしっぽを握り、顔に浮かべるのは極上の笑み。
「さ、耳をそろえて40万
あくまでにこやかに、おだやかに。
「あー、えっと……」
「まーさーかー、持ってないとは言わないわね?」
「いや、そのまさ————」
「持ってるわね?」
「————」
勝った。黙り込んだジャムにコンスタンスは妙な満足感を覚えた。
今日こそは返してもらう‼︎
「あのさ姉さん……」
まだ嫁入り前なんだし‼︎ お金は今のうちに貯めておかないと。
「コンスタンス姉さん……?」
そして相手‼︎ 相手を早く見つけなければ‼︎ まったく、毎日毎日忙しく働いてたら二十五歳だなんて。
ジャムを追い回している場合ではないのに。
「コンスタンス姉さんってば‼︎」
(ああ、なんなのよびっくりした……)
自分のことを延々と考えて違う世界へ突入していたコンスタンスは、ジャムの強い声でやっと我に返った。そして、 彼を見つめる。
「なに?」
そのジャムは、何かがふっきれたような顔をしてそこに立っている。
やっと観念してお金を払う気になったのだろうか。
「コンスタンス姉さん、今のうちに教えとくんだけどさ」
「なにをよ」
ジャムの顔はしごく真面目だ。
「姉さん気づいてないかもしんないけど、シミ、出来てる。目じりのところに」
「うそっ⁉︎」
「俺も今気がついたんだけど。姉さんキレイなのに、そこにだけ。ほら、鏡見てみて」
ぐいっとジャムが差し出した手鏡を受け取り、あいた方の手で目尻をなぞる。
シミなんて冗談じゃない、まだ若くて綺麗な独身なのに‼︎
左には、なし。右にも……。
「どこ? ジャム」
たずねようとジャムを見——いない⁉︎
「あのドロボウ猫っ‼︎ ダマしたわねっ⁉︎」
はっと気がつけば両手ともにジャムのしっぽから手をはなしてしまっていた。
あんな手にひっかかるのもどうかしているという考えはない。悪いのは全て騙し討ちをしたジャムだ。
どこに行った⁉︎
「いた‼︎」
だいぶ前方だが、ゆれる黄色のしっぽが人ゴミにまぎれていくのが見えた。
「待ちなさいっジャム‼︎」
見失わないように全速力で駆け出す。猫科亜人種とただの人間の脚力の違いなどまったく無視して。
猫の素早さを持つジャムにコンスタンスがかなうはずもなかったが、彼女は余計なことは考えない主義だった。
と、前方五メートルにキラリと光るものが‼︎
ダンッ。
コンスタンスはその光るものを思いっきり足で踏みつけて立ち止まった。
(やったわ……)
などと意味不明の勝利を感じ……。
「しまったっ逃げられた‼︎」
次の瞬間にはすさまじい敗北を感じた。
ジャムは、もうどこを見回してもいない。
コンスタンスは、足をどけて踏みつけていたものを拾い上げる。
(ふっ……さもしいわね)
それは、一枚の硬貨。表には1
それと同時に足の下から紙切れを見つける。その紙切れにはただ一言。
『ごめん姉さん、必ず返すからもうちょっと待ってて。ジャム』
その一文を読んだとたん、コンスタンスの顔に引きつった笑みがうかぶ。
「うふ、うふふふふ……うふふふ……」
笑いながら、ジャムの残した紙切れをやぶる。こんなものまで用意して、お金を返す気は当分なさそうだ。
うふふふ……ビリッ……うふふ……ビリビリ……。
そんなとてつもなく気味の悪い行動をしているコンスタンスを人々はあからさまにさけて通ったが、彼女の知ったことではなかった。
「いいのよ、1Kを笑う者は1Kに泣くのだものね……うふふふ」
その気味の悪い笑いは、紙がなくなり全て風に飛ばされたあとでも、しばらくは続いていたという……。
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