7. 幸せな夢
「ねージャム。ほらほらぁ、できたよー!」
そう言って嬉しそうに手作りのシャツを見せたのは、ジャムの養母のエダだ。毛先だけ紫色に染めた長い髪と健康的な小麦色の肌をしたむっちり系の美女である。
(あれ?)
それを見上げるジャムの身体は子どもになっている。そのことにかすかに引っかかりを覚えたが、すぐに忘れてしまう。
エダが自分のためにシャツを作ってくれた、そのことの方がずっと重要なことだった。
「やった!」
椅子に座るエダの足元に駆け寄る。
机一つにベッド一つ。それから台所、風呂場、トイレ。たったそれだけの小さな空間。それでもジャムは幸せいっぱいだった。
「上脱いで着てみて」
「うん‼︎」
エダが作ってくれたのが嬉しくて、ジャムはすぐに今着ていたシャツを脱いだ。それをベッドの上へ放り投げると、エダへと手を伸ばす。
かわりに、エダが手渡してくれた新しいシャツを頭からかぶった。
「えへへへへ〜」
「ぴったりね、良かったぁ。この間作ったの大きかったものねぇ」
そう言っているエダの指には、ところどころ小さな赤い点がある。裁縫があまり得意ではないエダが、お約束通りに指まで縫いそうになった痕だ。
「まぁーちょっといびつだけどそれも愛情ってやつよ。ね、ジャム」
「うん‼︎」
「あはははははは。よしよし、いい子いい子」
エダの手がジャムの頭をくしゃくしゃになでる。その感触がジャムは好きだ。確かな愛情を感じる手のひらの温度が心地いい。
そのままエダはジャムを抱き上げ、ベッドへと移動する。腰を降ろして、ジャムを抱き締めた。
「もー。可愛いなぁジャムは」
「えへへ」
「可愛い可愛い。他の四人のところにやるのが寂しいっ。やっぱり住居別にするんじゃなかったわー。ずっと一緒に住んでれば良かったぁ」
貧しくて五人で寄り添うように共同生活をしていた養母たち。やっと最近になってそれぞれ仕事も安定し、住居を別にしたのだった。
ジャムは、順番に五人の養母のところへ行っている。今日はエダのところに泊まる日だ。
「ジャムが寂しがるかなと思ったけど、寂しいのはこっちだったわ〜」
ジャムの頭にほおをすりすりしながらエダがなげき、そのままジャムごとベッドの上に倒れ込んだ。それが面白くて、声を上げて笑う。
なんて幸せな時間なんだろう。
母親たちとの他愛のないこういう時間が、ジャムは大好きだ。ジャムも母親たちを愛しているから、どんな瞬間だって嬉しい。
エダの胸から転がってベッドの上へ。そこでエダと顔を見合わせてくすくすと笑い合う。
そんな、永遠に続くかのような幸せにも邪魔が入る。この時はノックの音だった。
「あら、誰かしら」
来客である。エダはベッドから降りて扉へと向かった。その背を身を起こして見送る。
「どなた?」
開かれた扉の向こうにいたのは、淡い空色の髪をした美少女。
「こんにちは。ジャムに用事があって来たの、ちょっといいかしら」
彼女はそう言って、エダの返事も待たずにジャムの方へと真っ直ぐに歩いてくる。
どこかで見たことがあるような……。
「ジャム? あなたずいぶんと若返ったわねー。ま、いいけど。さあ、帰るわよ目を覚ましなさい。いい? これは夢だから」
「ゆめ?」
「そうよ。これは夢なの。あんたはわたしと帰るのよ」
一方的に喋る少女を、それでもジャムは怖いとは思わなかった。
むしろ、安心感がわき上がってくる。
これは夢、なのだろうか。少女の後ろで困ったような顔をしているエダも?
「思い出して。わたしは誰?」
腰に手を当ててジャムを見下ろすこの少女を知っている?
そうだ、知っている。いつもジャムはこの少女にふり回されていて……。
「パフィー、ラ……?」
そう、パフィーラ。いつもいつも強気で強引で、厄介ごとばかり持ってくる美少女。
魔法の力を持つ、時神クロノスの
「はい、よくできました。じゃあわたしに会ったのはいつ? 何歳の時?」
「えっと……」
パフィーラに出会ったのはディアマンティナの街中。角を曲がったところで彼女とぶつかり転ばせてしまったのだ。
額に擦り傷を作り、ドレスが汚れてしまったパフィーラはジャムに法外な慰謝料を請求して来て……それが元で一緒に行動するようになった。
今はジャムの部屋にちゃっかり居候している。
そう、ジャムは半年前から一人暮らしを始めたのだ。養母たちの負担を減らしたいという思いもあったし、いつまでも甘えてばかりいるのもいけないという思いもあった。
もう自分で働いて稼ぐことの出来る年齢なのだから。
「思い出した?」
「ああ」
それはジャムが十七歳になってすぐのことだ。
だから、これは夢。
「……エダ」
怪訝そうに首を傾げていたエダの輪郭がぼやけていく。部屋も、机も、ベッドも。
大好きなエダ。大好きな母親たち。何度生まれ変わっても彼女たちの子どもに生まれて来たいくらい愛している。
けれどこれは夢だ。だからジャムは帰らなくてはならない。現実の、母親たちの元へ。
ゆらゆらと風景が揺れる。その中で、パフィーラだけがしっかりとした輪郭を保ってそこに存在している。ゆるい笑みを浮かべて。
「さ、目を覚まして、ジャム」
ジャムは頷いた。そして、覚醒した————。
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