6. 覚醒の魔術師
気がつくと、右も左も果てのない虹色の空間が広がっていた。これが、生命の水の失敗作本来の姿なのだろう。
そこに立つ人影はたった三人。ジャムとパフィーラ、そして
胡蝶は夢の中での幼女の姿ではなくなっている。こちらが本来の胡蝶の姿なのだろう、見た目十五歳前後の小柄な女の子だった。後ろで一つにまとめた三つ編みは真っ黒で美しい。顔はジャムの予想通り、美人とは違うが人目をひく可愛らしい顔だ。
しかし、その可愛らしい顔も今は憎悪に燃えていたが。
「絶対に許さないです‼︎」
「ちょ、ちょっと待っ……ぎゃあつっ」
説明するヒマもなかった。突然ジャムの足もとからなにかが迫る気配がして、咄嗟に地面を蹴る。
大きくジャンプして後方に飛んだジャムの目に、地面から噴き上がった炎が映った。
「え、うそだろ……」
嘘などではないとわかってはいたが、そううめくことしか出来ない。
魔法の力だ。神子として神から力を与えられたわけではない、純粋に魔法が使える人間が目の前にいる。
胡蝶の手が上がった。それに反応して風が巻き起こり、胡蝶の三つ編みを持ち上げた。
「逃げてもムダですよッ」
胡蝶の周りをつむじ風が吹き荒れ、あっという間にこちらへ押し寄せてくる。避けようにも広範囲すぎて避けることも出来ない。
顔を両腕でかばった瞬間に風に飲まれる。吹き飛ばされまいと姿勢を低くしたジャムの身体のあちこちに鋭い痛みが走った。
かまいたちだ。吹きつける風が刃となりジャムの身体中を引き裂く。決して大きな傷ではないものの、避けることもできず無数に切り裂かれていく痛みに悲鳴が出そうになり、奥歯を強く噛み締める。
「ジャム‼︎」
悲鳴を上げたのはパフィーラの方だった。その悲鳴とともに風が止んだ。いや、違う。風はまだ吹き荒れていた。しかし、その風はなぜかジャムにまで届いてこない。
痛みに力が抜け、地面に膝をつく。
(パーフィ⁉︎)
これはパフィーラのしわざなのだろうか。
そのパフィーラは、ジャムの隣で胡蝶をにらんでいた。もちろん無傷だ。
胡蝶の顔が悔しげに歪んで、風が鎮まっていく。こちらには届かないことがわかったからなのだろう。
「障壁を張れるなんてっ」
「んもう、うるさいうるさいうるさいっ。わたしのジャムに傷つけたら百倍返しよっ‼︎」
びしっと人差し指を胡蝶に向かって突きつけたパフィーラに青くなったのはジャムの方だ。
(百倍だって⁉︎)
そんなことをしたら胡蝶が死んでしまう!!
「パーフィ‼︎」
「あー、がまんしてなさい。後で傷ぐらい治してあげるから」
「いやそうじゃなくて‼︎」
呼んだが、時すでに遅し。
「わたさないですよ‼︎」
胡蝶が叫んだと同時に、彼女の前に炎の狼が出現する。ジャムの身長ほどもあるその燃えさかる炎の化身は、大きく吠えてパフィーラへと突進してくる。
「なにをよ⁉︎」
パフィーラの前に水柱が噴き上げ炎の狼を弾いた。そのまま水柱は水でできた大蛇へと姿を変える。こちらも、地面から持ち上がった鎌首だけですでにジャムよりも大きい。
蛇が狼に組み付く。その巨体を巻きつけ、狼の自由を奪っていく。炎が霧散し、狼の身体が消えたその向こう側から、胡蝶が氷の矢を無数に放ち、それをパフィーラは難なく氷の障壁で弾き返した。
(すごい……)
なにがと言えば魔法がである。現代は魔法とは縁遠い世の中だ。そこで魔法を駆使して二人の少女が戦う様子はある種ジャムを興奮させた。
「とぼけないでくださいッわかってるです‼︎」
「オトボケなのはそっちでしょ〜⁉︎ あんた、助けてくれた人をいきなり襲うよーに教えられてんの⁉︎」
再び出現した炎の狼が舞う。
「助けた? 違うでしょおっ、わかってるですよっ‼︎ あなたたちがお師匠さまの差し金だってことくらい!!」
「はぁ? 馬鹿言わないでよ、そんなこと一言も言ってないでしょ⁉︎」
パフィーラの放った青白い炎が胡蝶に襲いかかる。
「う……」
うめいた胡蝶のまわりを炎が取り囲んだ。胡蝶を飲み込もうとする炎は、彼女に届かない。おそらく魔法障壁を張っているのだ。しかし、青白く照らされた胡蝶の表情はかなり苦しそうだ。押されている。
胡蝶の魔法はすごい。だが、魔法を使えると言っても一般人のはずだ。神から力を与えられた神子とどちらが力を持つのかはジャムにはわからない。
ただこの二人で言えば、力は圧倒的にパフィーラの方が上だろう。パフィーラは苦戦しているような様子もない。
「言ってなくてもっ、わかるです……っ‼︎ そいつ見ればッ」
そう言って胡蝶が指差したのは、ジャム。
「あなたお師匠さまの造った
「ホムンクルス? 俺が?」
もうわけがわからない。
胡蝶なにかとてつもなく大きなカン違いをしていないだろうか?
「あーもう、いい加減うるさいわよっ、胡蝶‼︎ 観念しなさいッ」
「パーフィ‼︎」
燃えさかる青い炎に胡蝶が押されていく。
まさかそのまま丸焼きにする気ではないと思うが、気が気ではない。
「待って待って、お師匠さまって
「ほ、他に誰がいるって言うんですかぁ……っ」
「そっかだからか」
なんとなく話が見えてきた。
胡蝶がジャムを人造生命体と間違えたのも無理はない。五百年前の世界に亜人種はいなかったのだから。
そして、人間と動物を混ぜた人造生命体を作ろうとしていた錬金術師の存在。それを知る胡蝶は、ジャムをその人造生命体だと思ったのだ。だから錬金術師の差し金だと勘違いしたのだろう。
とすると彼女は、師と諍いがあったということになるが……。
「あんたたちなんてお師匠さまと同類ですっ」
「あーもーうるさいっ。威力倍増するわよ⁉︎」
「ううっ」
(てもう倍増させてるじゃないかっ)
青白い炎が倍の大きさにふくれ上がる。
死ぬ死ぬ、それ以上やったら本当に死ぬ‼︎ やめさせなければ。
すうっと息を思いっきり吹い込む。
「二人とも、いーかげんにやめろッ‼︎」
二人の少女は驚いて、同時にジャムを見つめた。
「うそ……」
パフィーラはジャムの声で驚いたというより、ジャムのもたらした現象に驚いているようだ。
「ジャム? ジャムがやったの?」
「そうだよっ」
パフィーラの出した青白い炎。それが胡蝶のまわりからきれいに消えていた。
どうやってそんなことをしたかなどジャムにだってわからない。ただ、胡蝶を助けられるよう願った。
「だってこれじゃあなにしに来たかわかんないだろっ⁉︎ 俺たち胡蝶を助けに来たのに戦ってどーすんだよ‼︎」
次に驚いたのは胡蝶の方だった。
「へ? 助けに?」
「そう」
「え、ええっ? じゃ、じゃあお師匠さまの差し金じゃ……」
「ないよ」
きっぱりとジャムが言い切ると、彼女は目をぱちくりさせてかたまる。
つきものが落ちたような顔だ。
「ふええ……」
胡蝶が口に出せたのはそれだけ。
「あの子がいきなり襲ってくるからよぉ」
パフィーラが口にできたのもこれだけ。
「はじめに言っとくとね、胡蝶。もう君の師はこの世にいないよ」
「え……死んだですか?」
「うん。もうずっとずっと大昔にね」
「な、なぁんだぁ。は、はははっ、そーなんですかお師匠さま、もういないんですね……」
気が抜けたのだろう、彼女はぺたんとその場に座り込んでしまった。
その瞳は、なぜだか悲しげだ。
ようやくジャムもほっと一息つく。しかし、それもつかの間だった。
「あ、あれ……?」
突然、ジャムに強烈な眠気が襲いかかった。身体から力が抜けていく。
倒れる間際でなんとか身体を下に横たえたが、そうなるともう眠気には抗えなかった。
地の底に吸い込まれていくような感覚。
「やられたわっ‼︎ ジャム‼︎」
パフィーラの叫び声。
「パーフィ……?」
まぶたが降りる。闇。そして————。
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