11. 可能性を胸に

「それにしても俺、あんなことまで出来るなんてなー」


 皇宮から出ながら、ジャムがぽつりとつぶやく。ジャムの言うあんなこととは、ユーカスから彼の魂をひきはがし、かわりにセレンの魂を入れてやるという作業のことだった。

 あれはジャムの他人を救うための力で行われた。ジャムがユーカスの体に触れ魂を引きはがし、かわりにセレンを押し込む。もとに戻す時もその手順通りにもとに戻した。

 それは、ユーカスやセレンを救いたいと思ったからこそできたことだ。

 正直、セレンが心残りを晴らしてくれと言った時には冗談ではないと思った。セレンがユーカスの死を望むだろうと思ったし、場合によってはセレンと敵対する覚悟までした。

 しかし、セレンの言うユーカスの死は、彼にとっては必要なことだったのだ。

 邪魔だったセレンを殺して皇帝となったユーカス。その彼が、邪魔者は全て排除するような皇帝になってもらっては困る、それだけはダメだ。それを彼に教えてやらねばならない。

 それが、セレンの心残りだった。

 彼女はユーカスを憎んではいなかった。自分も愚かだったのだとほほ笑んで、彼のことは許していた。

 セレンは、たしかに政治は下手だったのだろう。しかし、人を思いやる心は、きっとユーカスに負けないものがあったに違いない。

 そのセレンは、弟に思いやりを教えて逝ったのだ。

 すごいと思う。自分を殺した人間を許すなど簡単にできることではない。

 セレンもユーカスもどこか愚かだった。しかし、すばらしい部分もやはり持っていたのだ。

 人間はやっぱり好きだ。亜人種を蔑む人ばかりでもない。素晴らしい人間もたくさんいる。


「言ったでしょ? そのジャムの力は可能性なのよ」


 きれいに舗装された歩道を踏みしめながらパフィーラはそう言ってジャムを見上げた。


「可能性?」

「そ。他人を救うためだったらどんな力にでも変われる。いい力でしょ?」


 そう言うパフィーラはにこにこしていて、なにやら嬉しそうだ。


「そうだな」


 可能性。そう言われると多少なりとも嬉しくなってくる。


(この力は間違ったものじゃない)


 良い力だとパフィーラは言ってくれた。それを信じよう。


「嬉しい?」

「嬉しいよ」


 知らず笑みが浮かんだ。

 そもそも、他人を救うためにしか使えない力とはいえ、得体の知れなかった力だ。

 神子かどうかもわからないのに……。


「パーフィ‼︎」

「なに?」

「パーフィは神子なんだろ⁉︎ 時神クロノスの」

「あー……」


 パフィーラが珍しく困ったような奇妙な表情を浮かべて目をそらす。が、好奇心が上回りすぐにそのことは頭からなくなった。

 皇宮側に提出した申請書。そこへ記載するために、ケツァールがいろいろな聞き取りをしてくれていた。その際に誰の神子かと問われ、時神クロノスと答えていたのだ。


「まぁ、そんなモンよ」

「へぇ! 話したり出来るんだろ⁉︎」

「出来なくもないけど」

「すごいなぁ。クロノス様の子どもみたいなもんってことだよな」


 初めて目にした神子に興奮気味にそう言ったジャムに、パフィーラはふんと顔を背ける。


「なにが子どもよ、わたしはあんな奴大嫌いなの‼︎」

「え? そう、なの?」

「ええ。今度それ言ったらぶっ飛ばすわよ」

「いやそれは勘弁してくれよ」


 神と神子の関係でも合う合わないがあるのかと新鮮な気持ちでパフィーラを見つめる。

 確かにジャムは養母たちが大好きだが、そうでない人もいることは知っている。セレンとユーカスは姉弟で争っていた。同様に、親子間で仲が悪い人もいる。ジャムにはわからないことだが。

 パフィーラもそんな感じなのかもしれない。


「あんな澄ました冷たい奴ら滅べばいいんだわ」

「そんな大袈裟な」


 神々が滅んだらそれはそれで大変だ。そうなったら誰が世界を見守り、導いてくれるのか。

 魔法の力が使えない人間は、神が滅んで神子すらいなくなったらどうしたらいいというのか。


「んもぅ! この話はもう終わりよ」

「ああ」


 彼女が嫌がるならもうしないでおこう。パフィーラとクロノスの関係は、きっと彼らの問題なのだ。二人が良好であって欲しいと願うのは、愛されて育ったジャムの独りよがりな思いなのかもしれない。


「あ、そうそう。そういうわけで、わたしは一人で旅をして来たの。親なんていないわ」

「は?」

「親がいなくても、この天上天下超絶美少女なら可能でしょ」

「いやそうかもしれないけど」


 神子なら一人でだって大丈夫だ。例え悪人に襲われたとしても、簡単に撃退できる。神子の魔法の力の前に、ただ人は無力だ。

 それはいい。だが、パフィーラは本当に一人なのだろうか。まだ幼い少女なのに。


「ジャムの驚く顔も見れたしぃ、もう隠しとく理由もないから今日からジャムと一緒に住むわね!」

「え? は? 今日から?」

「そうよ」


 上機嫌でにっこりと笑ったパフィーラの右手が、ジャムの手をにぎる。

 小さな、まだ幼い手のひら。

 朝日が2人を照らす。


「あーあ、すっかり徹夜しちゃったわー。寝不足ぅお肌が荒れちゃう」


 パフィーラが左手をほおに当てて、はーっとわざとらしくため息をついている。


「じゃあ、早く帰って寝よう」


 ほっとしたら急に眠気がおそってきた。まぶたが重い。

 パフィーラは、まあ、なんとかなるだろう。金欠すぎてなんともならなかったら、養母の誰かに預けてもいい。

 ひとまずは、睡眠が第一優先だ。寝てから考えてもいいだろう。


「そうね」


 にっこりしたパフィーラがジャムを見上げる。


「ま、良くやったわ」


 ほほ笑んだ彼女はジャムを引きとめ、繋いだ手を引いた。背伸びで彼のほおに可愛らしくキスを送る。


「さ、行きましょ」


 日が昇っていく。ちらほらと人の姿も見えはじめていた。この時期お決まりの幽霊退治の張り紙が店先に見える。

 もう、あの張り紙が必要になることはない。セレンは心残りを果たして逝ってしまったから。


(さようなら、セレン様)


 それから数十分後。

 ジャムとパフィーラの二人は、仲良く一つのベッドで丸くなっていた。




【第一話 陰翳いんえいの君子 完】

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