7. ジャムの力

 ジャムの短剣は発光していた。内側から。

 そのことに一拍遅れて気がついたものの、それに驚きはなかった。これまでにもジャムの力が発動した時に発光が見られるのは経験済みだ。

 この力はセレンを救うための力。ならば<魔>を払えるはずだ。

 短剣を構える。

 まだどうすればいいのかはわからない。けれど、セレンを救いたいのは本当だ。

 生前は民のためにつくしてくれた良き女帝だった。そしてその一生を国にささげた。それなのに彼女は五年間もああやって苦しんできたのだ。もう救われてもいいはず。

 そして、パフィーラの言葉を信じるなら、その力をジャムは持っているという。だからジャムはセレンと向き合う。

 彼女を救うために。


「セレン様……っ」


 先に動いたのはセレンだった。

 カッと瞳が見開かれ、衝撃波が走る。しかし、その衝撃波が直接ジャムを傷つけることはなかった。ジャムが素早く後方へ飛び、その攻撃をよけたからだ。

 ぼふっという音とともに前方にクレーター状の穴が空くのが見えた。次の瞬間、衝撃で飛び散った石礫が真正面からジャムを襲う。顔を庇った腕に鋭い痛みが走った。


「その調子よー、ジャム」


 などと声援を送っているパフィーラはやはり無傷だ。彼女の心配はひとまずいらないだろう。

 どうしたものか。

 どうすれば<魔>払える?

 短剣の輝きが増していく。それとともに、体中を力が駆けめぐっているのが感じられた。セレンのために使える力が。

 考えていても仕方がない。短剣をしっかりと握りなおす。一気にセレンとの間合いをつめた。

 短剣から出る輝きにセレンの瞳が細まる。


「————あれはッ」


 その輝きがセレンの身体に当たった瞬間に、ジャムには観えた。セレンの胸の中に巣くっている暗いかたまりが。あれだ‼︎

 そこへ短剣を向けようとして、鋭い殺気を感じた。咄嗟に半身を返したが、激しい衝撃がジャムの右半身を襲い身体が吹き飛ぶ。


「————ッア‼︎」


 背中から床に落ち痛みで息が詰まる。。直撃は免れたがダメージは小さくない。魔法の力はジャムを守ってなどくれないのだ。だからこそ、痛みを押して素早く身を起こす。

 ジャムの瞳がとらえたセレンの中に<魔>は観えない。向こう側が透けているだけだ。接近して魔法の光を当てたから観えたのだろう。

 きっとあそこだ。

 理屈ではなかった。なぜかはわからないが、ジャムにはそれがはっきりとわかっていた。迷うことはない。

 次の攻撃の瞬間、ジャムは上へ高く飛んでいた。ぼふんと床が音をたてた頃にはすでに一回転でセレンの頭上を飛び越え、猫らしく体を伸縮させて着地する。ふり向きざまに短剣をかざし<魔>の位置を目視した。

 そのまま短剣をセレンの背の方から<魔>へと突き立てる!

 音も手ごたえもなにもない。しかし、短剣は<魔>に突き刺さってますます発光していく。

 ジャムはなにかを呼んでいた。なにを叫んでいたのかはわからない。それは意味のある言葉ではなかったのかもしれない。

 わけもわからず叫び続けていた。

 そして見た。セレンの体の中から徐々に<魔>が消滅していくのを。そして、それにともなってセレンに生前の美しい姿が戻っていくのを。

 声がかれるほど叫んで、声も出なくなったところでジャムは一気に短剣をセレンから引き抜いた。その胸の中に<魔>はもうない。ジャムの短剣もすでに発光をやめている。

 叫びすぎてのどが痛い。


「無茶するわね〜」


 そんなジャムにパフィーラは呆れ顔で、しかし笑った。


「ま、でもちゃんとやれてなによりよ」

「ああ」


 体中がだるい。力を使ったからだろうか。

 そっとセレンの正面へと周る。そこにいたのは、ジャムが、臣民たちが慕っていた美しい女帝の姿。その姿にジャムの胸が締め付けられるように疼いた。

 セレンは幽霊だ。死んだのだ。どんなに慕っていたとしても、彼女は行かなくてはならない。

 そんなジャムを見つめて、セレンの瞳から涙がこぼれる。


「あなたは……ジャムですね。立派になりましたね。わたくしを助けてくれてありがとう……」

「自分にはなんにも出来ないって思って五年も放っておいたんだから呆れちゃうわよねー。引っ張ってきて正解だったわ」


 そう言いながら歩み寄って来たパフィーラに、猫耳がしゅんとうなだれる。本当にパフィーラの言う通りだ。

 魔法の力があるのに、その力は他人を救うためにだったら使えたのに。


「ま、でも使い方をよくわかってないみたいだから許してあげて」

「あなたは?」

「初めまして。わたしはパフィーラ」

「パフィーラ。ジャムを連れて来てくれてありがとう。わたくしはセレン・アルス=ストーリアです」


 セレンは丁寧に腰を折る。

 先代とはいえ皇帝なのに、ちっとも偉そうなところがない。ジャムだけでなく、多くの民からも慕われ支持されていたのは彼女のこういう人柄だ。


「二人には感謝いたします。この長い年月、わけもわからず苦しんでおりました。これで天上へ行けそうです」

「そう?」


 おだやかに話すセレンに、パフィーラがなにやら意地の悪い笑みをうかべる。


「本当に?」


 その言葉に、セレンの瞳が揺れた。ほおが引きつり、それを隠そうとして浮かべた笑みがぎこちなくかたまる。


(なにかやり残したことがあるのか?)


 とたんに、血まみれの彼女の姿を思い出す。あの姿は一体どういうことだったのか。


「あんたはもう長くはこの世にとどまってはいられないでしょ? チャンスは今だけよ。いいの?」

「俺たちで良ければ話してもらえませんか、セレン様」


 セレンは笑った。消え入りそうに儚く。

 彼女は、まだ救われていないのだ。


「あなた方はお見通しなのですね……」


 いやそれはパフィーラだけだろう。ジャムはりちぎに心の中で突っ込んだ。彼女はなんだかわかったような口調でセレンに接しているがジャムはそうではない。まさかパフィーラがかまをかけただけとも思えない。

 なにしろ、あれだけの能力の持ち主なのだ。ジャムの能力も知っている風だったし、本当にいろいろなものがわかるのかもしれない。

 その能力ですでにお見通し。そんな気がする。


「俺たちは、セレン様を救いに来たんです」


 最初は退治するつもりだったとは口がさけても言えない。


「わかりました。お話しいたします……」


 なにかを諦めたような力ない笑みを浮かべて、セレンが口を開く。

 その口から語られた話は、ジャムにとっては衝撃的すぎるものだった。

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