4. ジャムの役目(2)

 ジャムとパフィーラの2人は、エリンとケツァールの推薦として王宮への出入りを許された。

 事前にやらなければならないはずだったさまざまな手続きを急ぎで進めてもらえたものの、全て終わるとすでに時刻は夕方。赤い光が窓から差し込んで来ている。

 皇宮に入ってしばらくはケツァールがつきそってくれていたものの、彼には宮廷医師の仕事がある。彼が行ってしまったため、今は二人だけだ。


「パーフィ‼︎ 言ってくれてたって良かったじゃないか‼︎」


 ゆうゆうと皇宮内の煌びやかな廊下を歩いていくパフィーラ。その背を追いながら、ジャムは非難めいた声を投げた。やっと周りに人がいなくなり、我慢していたものがあふれる。

 ジャムは本気で肝をつぶしたのだ。


「やーね、あれくらいでぎゃーぎゃー言わないでよもー」

「あれくらい、じゃないだろっっ⁉︎」


 幽霊退治どころではない。本当に疲れた……。

 ジャムは本当に、これっぽっちも知らなかったのだ。パフィーラも魔法の力を持っているということを。しかも、その力はジャムと違って自分の好きな時に発動させられるらしい。


「俺、本気で死ぬかと思ったんだからなっ⁉︎」


 パフィーラの身をつつんだ青い炎は彼女自身どころかその身にまとうドレス、髪の一本さえ燃やすことはなかった。それどころか、近くにいたジャムは熱さを全く感じなかったのである。

 それが炎ではなくただの光だったとしても、パフィーラに魔法の力があることは疑いようがない。


「なんでパーフィも魔法の力を持ってるって話しといてくれなかったんだよっ」

「んー。だって、ジャムの驚く顔が見たかったしぃ」


 にっこりと笑って小首を傾げたパフィーラに頭を抱える。そうだ、彼女はこういう娘だった。なにを言っても無駄だ。


「はぁ……まぁ、驚いたけどそういうことだったのか。それなら幽霊退治もできるよな」

「なに言ってんの、幽霊の相手をするのはジャムよ」

「……は?」


 聞き間違いかと首を傾げると、もう一度同じ台詞をパフィーラは繰り返してくれた。


「なんで?」

「そんなの決まってるじゃないの、それがジャムの役目だからよ」

「……はぁ?」


 意味がわからない。

 パフィーラが意味のわからないことを言うのは今に始まったことではないが、それにしても今回は特別わからない。

 パフィーラが幽霊退治をするから、あんなに派手に魔法を使って見せたのではないのか?


「あんなのただのパフォーマンスよ。魔法使える超絶美少女がいたら味方にしたいでしょ? どうせ皇宮の連中なんて外面だけで判断する奴らばっかりなんだから」

「……っ、声が大きいよ!」


 誰が聞いているかもわからない皇宮内でその発言はやめて欲しい。だが、現にパフィーラは出入りを許可されたわけで、目論見通りと言える。

 自由自在に発動させられる魔法の力。それを持つのは神が力を与え、神の声を聞く神子だけだ。

 どの神から力を授かったとしても、その力は強力だ。国として囲うことができれば、他国への抑止力になる。あってはならないことだが、いざとなった時にその力をふるってもらえるなら百人力だ。

 ジャムは正直、神子なのかどうかわからない。その力も限定的なものだ。それでも皇宮は定期的にジャムと面談し、その力に変化がないかなどジャムの保護という名の監視をしているくらいだ。

 ジャムがディアマンティナを出ると言えばあの手この手で引き止めようとはするだろう。それがパフィーラならなおさらだ。


「わたしが本当に刺客だったらどうするつもりなのかしら」

「‼︎ 違うんだよな⁉︎」

「違うわよ、そんな無駄なことする趣味はないの」


 肩をすくめたパフィーラは、ジャムを見上げた。その瞳が輝く。


「いい? 何度も言うけど、わたしはジャムを導く。それが役目よ。その導きに応えるのはジャムの役目。わかった?」

「いやわかるわけないだろッ」

「ま、そういうことだから」

「パーフィ聞いてる⁉︎ 俺にそんなことできるわけないだろッ」

「できるわよ」


 いとも簡単にパフィーラはそう言い捨てる。


「ジャムもちょっとは自分の能力を知った方がいいわよぉ」

「知った方が……って言われても」


 他人のためにしか発動しない力だ。しかも他人を助けようとしているときは大抵必死になっているわけで、自分の能力についてあれこれ考える余裕などないのだ。

 もっとケツァールのような冷静でいられる性格ならそれも出来ただろうが、ジャムはそんな度量は持ち合わせていない。


「じゃあ、パーフィにはわかってるのか? パーフィの魔法の力のこととか、俺の力のこととか」

「当たり前でしょ。この天上天下超絶美少女にわからないものがあるとでも思ってるの?」


 パフィーラは知っている? ジャムの力を?


「じゃ、じゃあさ、俺のこの力は一体なんなんだよ」

「ひ・み・つ」


 人差し指で口をふさぎ、おどけた調子でパフィーラはにっこりと笑う。しかし、その瞳だけが真剣だった。その青い輝きは、口で語るよりも雄弁に一つの意志をジャムに叩き込む。

 ——曰く、訊くな。

 ジャムの能力のことを。パフィーラの能力のことを。わたしに訊いてはいけない。自分で探せ。

 そう言われた気がして、ジャムは次の質問を黙って飲み下した。


「じゃあ、どんな姿の幽霊が出るのか、訊き込みでもしましょ」

「あ、あぁ……」


 なにか釈然としないものを感じる。これはパフィーラのはったりなのだろうか。もし本当だとしたら、なぜパフィーラはジャムの力のことを知っているのだろう。パフィーラの魔法の力でわかってしまうものなのだろうか?

 背筋が寒くなる。神子の力がどういうものかは知らないが、相手のことがわかる力などとんでもない。


「誰が一番知ってそうだと思う?」

「うーん。夜も働いてそうな……侍女たちとか?」

「ん、まぁ妥当ね」

「ケツァールは女の人だって言ってたな」


 ケツァールは職業柄、夜も皇宮にいることがままある。回数は少ないが、幽霊を目撃した事もあると言っていた。

 姿としてはっきりとは見えなかったが、ドレスを着ているようなシルエットで女性の声をしていたという。


「夜中の皇宮内を歩き回ることも許されたし、肝試しでもしない?」


 その発言に呆れる。ここにはなにをしにやって来たのだか。


「実際に幽霊が出るんだから洒落にならないだろ、それ。幽霊退治なんて半分肝試しみたいなもんじゃないか」

「うふふふふ」


 パフィーラは楽しそうだ。そんなパフィーラが心底羨ましくなってくる。


(疲れた……)


 勝負はこれからだというのに、ジャムは早くも疲れていた。主に精神が。


(ああ……早くベッドに横になって眠りたい————……)




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