2. 帝都ディアマンティナ(2)
にっこりと愛らしく笑ったパフィーラが、ジャムの腕に自分の両腕をからませてくる。
「ちょ、待てよ‼︎ 行くってどこへ⁉︎」
「だからぁー皇宮でしょ? 聞いてなかったの⁉︎」
「いや、なんでだよッ」
どうして急にそんなことを言い出すのか理解に苦しむ。
この美少女は黙っていれば見とれずにはいられないほどなのに、口を開けば強気で強引。突拍子もないことを次々に言い出すためいつも振り回されてばかりだ。
「ほらほら、早くぅ。じゃなきゃドレス弁償させて慰謝料もらうわよ?」
「うっ……」
そんなお金はない。
パフィーラに出会ったのはひと月ほど前のことだ。よそ見をしていたジャムがあやまって彼女にぶつかり、手のひらにケガ(ほんの小さなかすり傷だったのだが)をさせ、ドレスを汚してしまったのだ(はたけばきれいに落ちる程度だった)。
怒ったパフィーラはその場で、ドレスの弁償と慰謝料100万
もちろん不当な要求だと突っぱねて逃げたのだが、パフィーラはどこまでも追いかけてくるのだ。恐るべき嗅覚と言おうか、どこに隠れても見つかってしまう。
根負けして逃げるのをやめると、今度はジャムにべったりくっついて離れようとしない。
そして、お金が払えないならわたしと一緒に来てもらうわよと言い出したのだ。どこへ? パフィーラの行くところどこへでも、だ。とりあえず今はディアマンティナにいるが、いずれは都を出るつもりだという。
彼女の言い分だと、それまでにドレスの弁償と慰謝料100万Kを払えなければばジャムも都を出ねばならなくなるのだ。
だが、ジャムには絶望的に金がなかった。
場違いな程に豪奢なドレスを着ていること、最近ディアマンティナに来たこと、これまでもあちこち旅をしていたことを合わせると、商家のお嬢様ではないかとジャムはにらんでいる。それであればドレスの価格もとんでもないだろうし、慰謝料の感覚も庶民には大金だということもわかっていないのではないだろうか。
もちろん、だからと言って不当な要求であるという主張は変わらないのだが。
「心配しなくっても大丈夫よぉ、ジャムはきっちりわたしが導いてあげるから。わかった? わかったら行くわよ」
ほらほらとパフィーラがジャムの腕を引いて王宮へと歩き出す。その力はとても子どもの、しかも美少女のものとは思えないほどに強い。
「導くってどういう意味なんだよっ」
「そういう意味よ。わたしはジャムを導くためにここまでやって来たんだから感謝なさい」
意味がわからない。それではまるで、ディアマンティアに来たのはジャムが目当てだったようではないか。
もちろん、ジャムはついこの間パフィーラと知り合ったばかりだ。都の外へ出たこともなく、パフィーラがジャムのことを知っていたとは思えないのだが。
「それどういう意味なのさ」
そう言って首を傾げたジャムに、パフィーラはぴたりと立ち止まり、ジャムの顔にむかって威勢よく指を突きつけた。
「んもぅー、小さいこと気にしてちゃ大きくなれないって何度言ったらわかるのよ。そんなこと言ってるからまだ小さいのよ?」
「それは関係ないだろっ!?」
「なぁーにムキになってんのよ。さ、いーから行くわよ」
いいように話をそらされてしまった気がする……。
なんだか釈然としないものを感じつつ、ジャムはパフィーラを見下ろした。
外見十歳程度の美少女、パフィーラ。彼女は、その外見に似合わずその内側はどきっとするくらい大人びている。
(一体こいつ……いくつなんだ……?)
彼女は決して自分の年齢を言おうとしない。それどころか、自分が何者であるかも明らかに隠している。話さないという意志を感じるのだ。
年齢を聞けば「レディに歳を聞くなんて、なんって恥知らずなの⁉︎」と言われて教えてもらえない。ここで、まだレディって歳じゃないだろと返すと、余計に怒らせてしまう。
その他のことも然りだ。商家のお嬢様なのかと問えば違うと言う。ご両親はどこに宿泊しているのかと問えば母親は死んだ、父はいないも同然だなど少しはぐらかして話す。じゃあ父親に連れられてここへ来たのかと問えば、人の事情を問いただすなんて趣味が悪いと全く答える気のない返事。
謎だらけの少女だった。
「わかった、わかったから。ちょっとゆっくり歩いてくれよ」
「いいわよぉ。行くんならいいのよ、行くんなら。うふふふふ……」
そう言って上機嫌に笑っているパフィーラの顔は、やはり子どものそれで。
(わからない……)
やっぱり、謎だった。
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