第7話 「寮生活の初日」
アンフルール学園は基本的に寄宿学校で全寮制なんだけど、自宅から通ってもいいし寮生活を送ってもいいということになっている。
今日は入学式の日で、A組以外の生徒は全員授業がない一日だったから、自宅から通学する生徒は昼頃にはとっくに帰宅していた。
寮生活を希望する生徒は、それぞれの家庭で手配した荷物が各自の寮の部屋に運ばれており、その整理整頓をしている。
そして入学式当日から授業があった私達A組の生徒はどうしたかというと……、今からその片付けだ。
ちなみにA組は家庭の事情などがない限り全員が寮生活を強いられている。
これも学園を卒業して騎士団に入った時に、集団生活がすぐに出来るように。協調性を養う目的で全員が寮生活になるわけ。
それはまぁいいとして授業も……まぁ、先生を初日からフルで見放題だったからいいとして……。
私はワンルームの部屋を見渡す。
トイレやお風呂、洗面所、台所といったものは共用部分となるから、純粋に個室となっている。
ドアを開ければ自宅の私室と変わらない。とりあえず洋服用のタンス、ベッド、勉強机が備え付けと言わんばかりにぽんぽんと置かれていた。
そしてものすごい量の荷物が部屋の真ん中に鎮座している。
あぁ、そうよね。日本製のゲームとはいえ、さすがに異世界洋風ファンタジー世界に段ボール箱は存在しちゃいけないわよね。
トランク、大きな袋の包み、ぎっしりとまぁ……。しかもその大半が衣類ってどういうこと?
アンフルール学園は私服じゃなくて、ちゃんと指定の制服が用意されている。予備があったとしてもせいぜい全部で二着でしょうに。
私服をこんなに詰め込んでどこで着ろと? せめて数着でいいと思うんだけど……。
当然私が荷物を整理したわけじゃない。きっとメイドだろう。
中流とはいえ貴族だから身だしなみはきちんとしろって? こんなにたくさんいらないでしょ。
とにかく普段から使いそうなものだけ選別して、それからタンスやクローゼットなどにしまっていかないと……。
って、嘘でしょ? これ今からするの? 終わらない!
私が絶望しているところで、誰かが部屋のドアをノックした。
えっと……、とりあえず先生から許可が出るまで、モブスキルはオフにしないといけないのよね?
ステータスウィンドウでモブスキルをチェック。
オンになってることを確認して、部屋の状態は……まぁ多分みんな同じようなものでしょ。
「はい?」
ドアを開けると知らない女子が二人立っていた。
淡白な顔立ちからして……、うん! モブですね!
「晩ご飯って生徒が持ち回りで作ることになってるんだって。だからとりあえずグループ分けする為に、みんな一度食堂に集まってって言われて来たんだけど、今大丈夫?」
「あぁうん、ありがとう。大丈夫! 今から行くわね」
モブ同士だと気軽に会話が出来る。
お互いにオーラがないっていいよね!
変に緊張しなくて済むし。スクールカースト的にもきっと同じくらいだろうし。
ひとまず部屋の片付けよりも集団行動を優先した方がいいということで、呼びに来てくれたモブ女子二人について行く。
だけどこの二人はすでに仲が良さそう。本当に私をただ呼びに来ただけみたい。
あれ? もしかしてスクールカースト的に私って最下位なのでは? モブスキル性能すごいみたいだし。
ちょっと良さげなホテルって感じの廊下を歩いて行って階段を下りると、すでにほとんどの生徒が集まってるみたい。あれ? これってもしかして「もう一人いなかったっけ? あぁ、あの冴えないモブ女子のことじゃない? 忘れてた。呼びに行こう」って流れだった?
「おっせぇんだよ、モブ! もっと存在感アピッとけや!」
エドガーが言うならそうなんでしょうね。やっぱりね。そうだと思ってたわ。
でも改めて攻略対象から自分の存在を認識されることにどうしても慣れないな。これならやっぱり目立たない空気状態のモブのままでいた方が気が楽だったのかも。
根っからのモブ気質っていうのも悲しいけど……。
「エド、クラスメイトに向かってひどいこと言うのはやめなよ」
「あぁ? 冴えねぇ野郎が俺に意見すんじゃねぇ! ウィルのくせによう!」
なんかよくわかんないけど目の前で攻略対象二人が喧嘩を始めた、だと?
そういえばこの幼馴染二人組はとことん仲が悪かったのよね。水と油というか。その緩衝材みたいな感じでヒロインのサラがいつも間に入って仲裁するのよ。
「もう! 二人とも喧嘩はやめてっていつも言ってるじゃない!」
とまぁこんな風に古臭い幼馴染コントが繰り広げられるわけだけど、もうゲームで何回も見たからお腹いっぱいですごちそうさま。
私は早くモブEに戻って平穏に過ごしたいんですけど?
「お前らじゃ先に進まない。さっさとグループ分けして、どの週にどのグループが料理を担当するのか決めよう」
「あぁ? 自分はクールで賢いからお前らとは違うみたいな言い草だな!?」エドガー、もういいって。
「そう聞こえたんならお前の耳と脳みそが腐ってるんだろ」お、やるな王子様。
「んだとテメェこら! 表出ろや!」
「やめなって! エド!」やめとけウィル、筋肉強化系のあんたが出たら本当に怪我人が出る。
メインキャラ三人のやり取りは大体こんな感じ。ゲームと変わらず、本当に仲が悪い。
ウィルはエドガーからバカにされていることと、プラス視界に入れてもらってないだけなんだけど。
ストーリーが進むにつれて三人の息が合っていくところなんか、ファンの間では相当話題になったものだわ。
「おい、あんたが最後に来たんだからなんとかしろ」
なんでそうなる王子様?
私が呆気に取られていると、唐突に全員が私に注目するものだからたじろいでしまう。
え? 知らない間に私なんかやっちゃいました?
「あのね、ごめんね? 私は可哀想だからそういう決め方は良くないって言ったんだけど。今日やった授業で、点数が最低だったモブディランさんが今日の晩ご飯担当でいいんじゃないかって意見が出たの。モブディランさんが作ってる間に、みんなでグループ分けの話し合いをすれば時間を無駄にすることなく早く済むだろうって。ごめんね?」
両手を合わせて謝りながら説明するサラ。
その上目遣い、甘ったるい声で言い訳がましくみんなの意見を代弁するその台詞回し、動きや喋り方のひとつひとつがなんともあざとく、こうすれば可愛いということを十分に理解した上での所作。
一応ゲーム内設定では無自覚らしいけど、自覚があろうとなかろうとこういうタイプは当然女子から嫌われるんですわ。男子は知らん。
だけどサラの言葉が本当に全員の総意みたいで、一応横暴でもなんでもない中立的な立場となるウィルやルークでさえ頷いている。
えぇ〜? 味方ゼロですか?
「あの、でも一応A組だけで男女合わせて二十人はいるわけよね? 二十人分をまさか私一人で作るなんてことは……」
「ごめんね? 一人でも多く話し合いに参加すべきだと思うから。今日だけは簡単なものでみんな納得するって言ってるし、本当にごめんね?」
その一人の内に、なんで私が入ってない?
簡単なものって簡単に言いますけど、こちとら二十人分の食事を一人で作ったことなんかないんですけど?
量があるだけで、それはもう簡単って言わないんですが?
なんで初日から私こんな扱いされてんの? 序盤からハードモード選択されてる?
これ以上何か言ってもああだこうだと切り返されそうで、その度に私のサラに対するヘイトが溜まってきそうだから、うん……ここは黙ってさっさと作ってしまおう。
私がため息をつきながらキッチンへ入っていくけど、うん。
誰もついて来ないところを見るに本気で味方はいなさそうね。いいですよ、このゲーム内に登場するものは現実世界にリンクしてるからどうにかなるでしょうよ。
まぁ調味料はさすがに洋風のものしかないけど。醤油とか味噌とかは使えないのよね。和食……、食べたかった。
違う違う、そうじゃない。
先生の件でしんみりしちゃった時に誓ったじゃない!
私は大好きなゲームに転生できて幸せなの。先生と同じ空間に生きていられるだけで人生最高潮なの。
だから私はしんみりする為に生きていかないって決めたんだから。
幸い十六歳設定であるクラスメイトに比べたら、私には社会人経験という部分で優位に立っている。
そう、あなた達がどれだけ私に苦難を強いろうとも、私はそんなことで簡単に屈したりはしないのよ。
社会に出たことのない今のあなた達にはわからないでしょうね。
何をしたらいいかわからず上司に指示を仰いだら「言われなくても自分で考えてやれ! いつまでも学生気分でいられると思うなよ」と言ったくせに、なんとか自分で考えてやっていたら「なんで勝手にやった! ミスをしたら上司である私が責任を取らされるんだぞ! 新人は上から言われたことだけやってればいいんだ」という、新社会人が一度は必ず経験するであろう矛盾地獄を! 私は! 乗り越えてきたんだからね!
対面式のキッチンに立つ私、嫌でもみんなのやり取りが目に入ってしまう。
まぁとりあえず「優秀な人材」であるクラスメイトだけあって、ちゃんと話し合いはしてるみたいね。
その調子でバランス良くグループ分けと担当週を決めてちょうだいよ。私は簡単でいいって言われたんだから、本当に簡単に大量に出来るシチューを作るからね。
まぁ栄養バランスを考えて一応主食のパンとサラダくらいは付けようかな。後で文句言われたくないし。
冷蔵庫や野菜室には一通りの食材が揃っている。調味料も申し分ない。
私は野菜たっぷりのクリームシチューを大鍋で作って、煮込んでいる間に副菜のサラダを作って小皿に盛って行く。シチューに野菜類をたっぷり入れたから十分でしょ。
一時間前後で仕上がり、全員に声をかけて自分の分は自分で……というセルフ式で食器などを準備していった。
私が作り終えたことをみんなに言うと、全員が目を丸くしていたけど、理由は単純明快。
サラやウィルといった一般庶民という出身の生徒を除けば、大半が貴族。まぁ当然自分一人で料理を作ることなんて出来ないでしょうね。ちょっと待って? それじゃあこれからの当番制はどうなるの?
料理をしたことない貴族達に任せるの? かえって不安が増してくる。
これ成績がどうでもいいとさえ思っている私が、毎回料理を担当した方が有意義に過ごせるのでは? でもそれはちょっとさすがに疲れるし面倒だから、あまり自分から言いたくないなぁ。
そんなこんなで全員が私のことをスゲェって目で見てくるものだから、私はまたしても目立ってしまって居心地が悪すぎる。
私はというと、そそくさと自分の分をよそってテーブルの端っこに座って押し黙った。これ以上はあまり目立ちたくない。
誰ともなしに「いただきます」の号令をして、全員が食事を始める。
「えっ、美味しい!」
「オレ野菜とか嫌いだけど、これなら食べれるぞ!」
なんだか絶賛の嵐で顔が真っ赤になってくる。こんな風に自分の手料理を褒められたことがないから、なんだかちょっと気恥ずかしい。
そしたらいつの間にか私の向かいの席に座っていた王子様、もといルークが驚きの表情で私の方を見てくる。
「お前、料理うまいんだな」
「ま……、まぁ。一人暮らししてるし、それくらいは」
「一人暮らし?」
「あーっ、じゃなくて! アンフルール学園のA組が全寮制で、食事も自分達で作らないといけないって事前に聞いてて知ってたから。その為にずっと前から料理の仕方を教わっていたのよ」
全部嘘だけど。
だけどルークは勢いよく食べていくので、あぁ本当に美味しく食べてくれてるんだなって思ってちょっと感動した。気が良くなった私も笑顔になって、冷めない内にシチューを平らげていく。
するとルークがまた私の方を見てくるものだから、今度は一体なんだと思って声をかけてみた。
本当はモブがメインキャラに積極的に話しかけるものじゃないかもしれないけど、モブのルールなんて知らない。
「いや、俺の家で食べてきた料理よりずっと美味かったから……」
そう言いながら顔を伏せてしまうルーク。
おや? 私はほんの少しだけ嫌な予感がした。
そういえばこいつ、手料理とか手作りのお菓子をプレゼントしたら親愛度が爆上がりしてなかったっけ?
食事を終えて、全員が私に改めて謝罪めいたことをしてきて、後片付けはさすがに私以外の全員でしてくれた。だけどそこは当然ほとんどが貴族様。お皿を割りそうになったり、色々とやらかしそうだったので、私がフォローしながらなんとか晩ご飯の時間は無事に終わった。
あとはお風呂だのなんだのは自由に過ごす流れとなったから、私はそれらを一人でさっさと済ませて部屋に戻る。
悲しいかもしれないけど、私はべったりとした友達付き合いをしようと考えていなかったから。
そんなことより私はさっき抱いた懸念を解消する為に、部屋で一人ステータスウィンドウを眺めていた。
【親愛度】 ルーク・ラドクリフ ……20%
やっぱり上がってるううう! 思ってた以上に上がってるううう!
胃袋で心が動くってどんだけ食いしん坊キャラなのよ、この王子様は!
しかもこんなたかがモブが作った手料理で心を動かされるなんて、チョロすぎない?
いや確かにゲームでも王子様だから攻略が難しいと思いきや、料理やお菓子系のプレゼント贈りまくったり、手作り料理イベントをしっかりこなせば簡単に落とせたけど! けども!
私が親密になりたいのは君じゃないんだ……。
いや、正確に言うと別に先生と親密になりたいわけでもないんだけどね?
「でもこれはもしかしたらアリなのかも? キャラとの親愛度を上げていれば、先生の不幸な未来回避の役に立つんじゃ?」
上げたら終わりなヒロインとは違う。
モブとの親愛度がどう影響するのかはわからないけど、上げておくに越したことはないのかも?
そんなことを思いながら私はふとステータスウィンドウの【ポイント振り分け】という項目に注目した。
嘘、モブにもあるの?
ポイント振り分けは読んで字の如くなんだけど、毎日その日が終わって【セーブ】と【ポイント振り分け】という項目が現れて、選択すると主人公がベッドで就寝して翌日のスタートになる……といのがゲームの流れになっている。
プレイヤーのプレイ方式は人それぞれなんだけど、大体はその日に獲得した1〜5ポイントをそれぞれの能力値に振り分けることが出来る。その日に起きたイベント、成績などでもらえるポイントの数値は変わるんだけど。
私の今日1日の成果は悲惨なものだったから、恐らく晩ご飯によるポイントだろう。
クラスメイトからの評価もポイントとして得られる。
だから一日の流れで色んなキャラと交流したり、授業を真面目に受けて先生からエクセレント評価を受けたり、そういった行動の数々で自身のステータス値をどんどん底上げすることが出来る、というのがゲームシステム。
まさかモブである私もポイントを振り分けることが出来るなんて思ってなかったけど、とりあえず振り分けておきますか。
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