第6話 「ご褒美なのに地獄という不思議」

 それからは普通に座学の時間、身体能力の測定、スキルの披露が行われたんだけど。

 当然私はどれも最低レベルの成績だった。持ってるスキルが「モブスキル」だけだから、まぁ当然といえば当然なんだけど。Eってなんでこの学園の入学試験パスしたんだろう?

 確かゲーム上の設定ではかなり能力値が高いとか、特殊な魔法や魔術が扱えるとか、ある分野において活躍できるスキルを持っているとか。そういう潜在能力を持っていないと、まず合格しない……はずだったのに。

 とにかく全てにおいて最低点を取った私に、みんなからの視線は冷たい。

 優秀な人材だけが入学できて、なおかつ優秀な人材だけが配属されるA組なんだから。

 こういう時にモブスキルが役に立つはずなのに、教室内と授業中は教師の許可がない限りスキルを使用できないなんてあんまりだわ。


「モブディラン、あとでちょっと来い」

「……はい」


 私の声は蚊のように弱々しい声だ。成績が最低だったからじゃない。推しである先生を幻滅させて、これからお説教を食らうかもしれないから、というわけでもない。

 え? 先生と二人で話……ですか? 嘘でしょ? そんなの私は耐えられません。

 大好きで大好きでたまらない先生と二人で会話なんて、嬉しさと恥ずかしさで出来るはずないじゃないですか!


 授業が終わり、他のみんなは帰り支度を始めている。先生、あとでって放課後のことですか?

 嫌だ! めちゃくちゃ帰りたい! 大好きな人とはその他大勢に紛れて同じ空間を楽しみたい派なの! 二人きりとか、私に向かって話をされるのは無理! 大好きなんだけど、面と向かって会話は無理いいい!

 机に突っ伏して悶える私の頭に何かが当たる、というかそれで叩かれた。


「何をやってるんだ、お前は」

「……」


 何も返せない。喋れない。恥ずかしくて顔も上げられない。大好きな人が目の前に立って、私のこと叩いてる。こんな幸せなことってある?

 ため息が聞こえた。それから私の前の席の椅子を動かす音がして、え……そこに座った? ちょっと待って、今もしかして目の前? 余計に顔を上げられないんですけどおお!


「どうした、体調でも悪いのか。それとも除籍を恐れて顔も上げられないか」

「……っ」


 話したい。喋りたいの。だって大好きで仕方なかった人なんだよ? 一生会えるはずのなかった実在しない人だったんだよ? それが今こうやって私に話しかけてるのに、それでも私は自分の存在を認識されてるその事実が怖い。

 でもこんな気持ち、先生にわかるはずもないし。話したところで理解されるはずがない。それらしいことを言って凌ぐしかない。先生に嘘なんてつきたくないけど、でも早くこの時間を終わらせるには私が何か返さないと。


「先生……」

「なんだ」


 んあああ、良い声っ! バリトンボイス大好きいい! あっ、いけない。また気持ち悪いオタクの部分が出てしまった。駄目よ、私!


「あの、私のスキルのことなんですけど……。出来れば常時オン状態にさせてもらいたいのですが……」

「理由によっては検討しよう」

「私の家系の因習? なんですけど。モブディラン家は自宅以外では常にモブスキルを発動していなければならないそうなんです。その為か、私は昔から他人から注目を集めることが苦手で、他人に意識されてしまうと固まってしまうんです。なので今までモブスキルを発動した状態で、誰からも注目されることのないように過ごしてきました」


 先生が無言になる。ちょっと設定に無理があった? それでも先生の表情を見る為に顔を上げることが出来ない。私の小心者! こんな近くで先生のご尊顔を拝めることなんて、この先一生ないかもしれないっていうのに!


「家庭の事情、そして保身の為か。……わかった、学園長に話を通して許可をもらえるよう動いておくよ」

「あ、ありがとうございますっ」

「明日から頑張れよ」

「……っ!」


 そう言って先生は私の伏せた頭をくしゃりと撫でて、それから椅子の動く音がした。足音がする。私は慌てて顔を上げた。


「やっと顔を上げたな」

「ひっ!」


 顔を上げたすぐ目の前に、じとりとした目で私を見つめる先生のドアップ顔がっ! その顔は呆れに呆れ、口は拗ねたように突き出している。私は今にも「あわわ」と言いそうになった。本当に動揺したら人間って「あわわ」なんて言葉が出てくるんだ。私はどうにか引っ込めたけど。


「モブスキル、……隠密スキルか? とにかくお前の家庭の事情と精神状態を鑑みて許可するように働きかけるが。スキル無効化の俺には全く意味ないが、それでもいいのか」

「えっと〜、あの〜、そうです……ね。クラスメイトに注目されるのが、つらいんで……」


 出来ることなら先生からも認識されたくないのですが、ワガママ言ってられないですよね。あ、何だろう。先生を目の前にしてると考えてる時まで敬語になってしまう不思議。

 とにかく私は先生から視線を逸らしたくて、やたらと挙動不審な目線になる。これじゃ完全に怪しい人だよ。絶対に何か隠してる奴だよ。

 しっかりと先生の方を見ることは出来ないけれど、それでも先生からの痛い位の視線はちゃんと感じてる。品定めするように、真実を見極めようとするように。

 十分に怪しいのは認めますが、邪教信者とかじゃないですからね? 私は何があっても先生の敵になんてなりませんから、安心してくださいね? お願い! 頼むから!

 またひとつため息を漏らした先生は「わかった」とでも言うように腰に手を当てて、びしりと私の鼻先めがけて人差し指を突きつけた。


「とりあえず学園長に許可を得てから、改めてお前のスキル発動の許可をしよう。だが卒業するまでずっとじゃない」

「え……?」

「一族の因習というのなら仕方ないことだと思うが。それでもお前自身が他人の目が気になるから、という理由だけではいそうですかと許可するつもりはない。あくまで家庭への配慮で許可するだけだからな」

「は、はぁ……」


 いつの間にか私は先生の熱弁に真剣に耳を傾けていて、まっすぐとその顔を見つめていた。もちろん胸の激しい高鳴りは止まるところを知らないけれど、先生の熱意が私の緊張を紛らわせるように。

 この話はちゃんと聞かなくちゃって。ちゃんと先生の目を見て聞かなくちゃって思ったから。

 私は緊張も、恥ずかしさも、何もかもを忘れて憧れの先生をじっと見つめ返している。


「注目されることが恥ずかしいと言ってるようじゃ、卒業した後も騎士団の中で生き残ることは出来ない。今は無理だと思うかもしれないが、克服するよう努力しろ。その為なら俺も協力するし、力になってやることも出来る。お前がそう望むなら、任務以外で相手からコソコソ隠れるような人生はもう終わりにしろ。いいな」


 真剣な眼差し。本当に真剣に、真面目に一生徒でしかない私のことを案じて言ってくれてる。


「はい、わかりました……先生。頑張ってみます……」

「よろしい」


 またポンと頭を撫でる。先生って案外ボディタッチ多い人なのか?


「それじゃあ遅くまで引き止めて悪かったな。もう帰っていいぞ。お疲れさん」

「さようなら、先生……」


 あぁ……違う、そうじゃない。

 先生にとって私はただの子供なんだ。

 受け持っているクラスの、生徒の内の一人でしかない。

 そんなところに惹かれた。

 先生と生徒という線引きをしっかりとしている、尊敬できる大人の男性。

 だからこそ私はこの先生のことが大好きになったんだ。

 

 今頃になって、ゲームの主旨のようなものがこんなところで反映されていることに気付くなんて……。

 先生は先生という登場人物で……。先生は、先生という人種なんだ。そういう役柄だったんだ。

 だから主人公がレイス・シュレディンガーと結ばれるエンディングは存在しなかった。

 生徒に手を出すような男じゃないから。


 私がのろのろと教室を出て行くまで、先生は廊下でずっと待ってくれていた。

 一人でさっさと帰ることも出来ただろうに。

 先生は大切な生徒を決して一人になんてさせないんだろうな。


「さようなら、レイス先生」


 教室を出て、職員室へ戻っていく先生の後ろ姿に向かって私はもう一度さよならを言う。

 すると先生は振り向いて、ほんのわずか……口の端を緩ませながら挨拶を返してくれた。


「あぁ、また明日な。……モブディラン」


 ほんの少し、ほんの少しだけ。

 本名で呼ばれることを期待した私は、身の程知らずの大馬鹿者だ。

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