第3話 「モブスキル」

 乙女ゲーム『ラヴィアンフルール物語』の世界に転生したことを自覚したその日の夜、私はまだ病み上がりという体でモブE(私)の自宅を徘徊してみた。

 ステータス画面にあった通り、私が中流貴族の出身というのはお屋敷の広さでよくわかる。現実世界でいうところの豪邸に当たるんじゃないかな。でも上流階級とかになると、きっとお城レベルの広さなんだろうなと思いつつ。

 玄関ホールは吹き抜けになっていて、両サイドに上り階段がある。二階は吹き抜けを囲うように廊下があって、ずらりと個室が並んでいる感じ。

 両サイドの上り階段が合流するちょうど中央には奥へ続く廊下があって、そこから先はこの屋敷の主人……つまり私の両親の寝室やら書斎やらがあるらしい。

 私と弟君の部屋は、一階の玄関ホールから上り階段に向かって右側に並んでいる。逆に左側は客間で空室になっているみたい。一階には広いダイニングルーム、つまり家族が食事をする食堂。そしてお客様を迎える為であろう広いリビングルーム。そしてレストランかな? と思うほど広いキッチンがあって驚いた。

 見て回れたのはこれくらい。さすがにもう日は暮れていたことと病み上がりということもあって、外を見て回ることは不可能だったけれど。ゲーム内通り、洋風ファンタジー世界を舞台とした感じの我が家だった。

 私の熱が下がって元気になったということで夕食は家族全員、ダイニングルームですることになって呼ばれる。この時は弟君が呼びに来たけど、普段は家族が呼びに来るのかメイドさんが呼びに来るのか。はたまた時間が決まっていて自ら赴くものなのか。

 私は弟君と会話しながらダイニングルームへ向かう。どんな時も自分の状況を把握する為に情報を仕入れておかないといけないからね。


「高熱のせいで記憶が曖昧なままで申し訳ないんだけど、我が家ってブラッドリー家と親交があったりする?」


 唐突すぎた質問かもしれないけど、どうしても悪役令嬢であるゾフィ・ブラッドリーとの親愛度が気になって思わず聞いてしまう。弟君も見た感じ中学生くらいだから、世情とか有名な家柄とか、そういうことを何か知っていてもおかしくない年齢だと思いたい。


「ブラッドリー家? あそこ評判良くないでしょ。記憶が曖昧なのに、どうしてブラッドリー家のことは知ってるのさ?」


 うっ、それはごもっとも。

 それはそうと一般人でもステータス画面に親愛度とか設定されてるのかしら?

 いきなり「ステータス画面の親愛度の欄にブラッドリー家の名前があった」なんて言って、変な顔されたりしない? ステータス画面の存在はこの弟君に教わったから、誰もが見れるものだとしても。内容はみんな統一されてるものなのかしら?


「変な姉さん。でもまぁいいか。ブラッドリー家の誰かがアンフルール学園に入学したってどこかで聞いたことあるから、もしかしてその時に会ったのをたまたま覚えてたのかな? とにかくモブディラン家はブラッドリー家とは無縁のはずだよ。僕が知る限りは、だけどね。あ、ほら姉さん。いい香りがしてきた。お腹空いたから早く食事にしようよ」

「そうね、ありがと」


 あー、そういえば弟君の名前まだ知らないや。家族構成の欄で見れたっけ? 別に食事中にステータス画面開いても大丈夫よね? マナー違反とかならないよね?

 ダイニングルームに入ると細長い室内に、細長いテーブルがあるけど思ったより長くなかった。これなら一番離れた場所に座っても、普通に会話が出来る距離ね。やっぱり「これ絶対会話不可能でしょ」って思うレベルで細長いダイニングテーブルがあるのは、上流貴族とか王族とかなのかしら。

 どの椅子に腰掛けたらいいのかわからなくてオロオロしてたら、メイドさんが案内してくれた。親切でやってくれたのか、仕事としてやっただけなのか、はたまた私があまりに挙動不審だったから気を使ったのか……。

 とにかく自分の場所確認オッケー。次は食事風景なんだけど。私、和食派だからナイフとフォークのテーブルマナー大丈夫かな。向かいに弟君が座ってるし、見よう見まねでなんとかするしかないわよね。

 緊張しながら座っていると、にこやかな会話をしている男女が入ってきた。見るからに夫婦、そして着ている衣装からこの屋敷の主人とその妻。要するに私の両親ということね。

 父親は勇ましい雰囲気のイケ親父風、母親は煌びやかではあるが貞淑な妻って感じで顔の雰囲気から弟君は母親似みたい。


 ど、どこがモブ?

 弟君を見た時からモブらしからぬ雰囲気を醸し出してるなぁとは思っていたけど、その両親もメインキャラの家族として出張ってきても不思議がないくらい華があるじゃない!

 モブとは!?


 両親が席に着くとこちらを見て挨拶してくる。


「あらあらEちゃん、すっかり元気になってよかったわぁ! お母さん、とっても心配してたのよ?」

「そうだぞE、お前が名門アンフルール学園に入学できて喜んでいたというのに。病気で入学式に出席できなかったら父さん、クラスメイトのご両親に顔向けできなかったかもしれなかったんだからな」


 はぁ、すっかり貴族のご夫婦って感じですね。

 私は一般庶民で、中の下人生を歩んできたからその辺はよくわかりませんが。

 お? 父親の言葉に母親が笑顔でツッコミ入れてきた! なんだなんだ?


「あらやだお父さんったら! 私たちモブディラン家が他の貴族の方々に顔合わせしてもしなくても、どうせ何も変わらないじゃありませんの! だって我が家は、モブですもの! おーっほっほっほっ!」

「そうだったな! モブ一家がいてもいなくても、何も影響なんてなかったな! はっはっはっ!」


 モブ認識あり、ですと?

 この世界のモブの扱いは一体どういう?

 自覚あって生きてんの? ここの人達は。

 私が呆気に取られていると弟君が苦笑いで話しかけてくる。


「これだからモブ自覚がある家系ってのは……。本来ならこうして華々しく社交界デビューできても不思議がないくらいには美形一家なのにさ。僕が自分で言うのもなんだけど。でもモブディラン家の宿命として、どうしても一歩外に出たらモブスキルを常時発動させないといけないから。こんな家系に生まれて損した気分だよ」

「モブスキル常時発動? 外に出たら? それって一体どういう……?」


 私が戸惑っていると「そんなことも忘れてしまったの?」と言わんばかりの表情で、弟君は仕方なく自分のステータス画面を表示させた。なるほど、やっぱりウィンドウ画面は他人には見えないのか。

 よし、それじゃ私も今の内に家族の名前を……。

 ーーステータス!


【家族構成】 クリフォード・モブディラン、父親

       シンシア・モブディラン、母親

       アーク・モブディラン、弟


 なるほど、弟君はアークっていうのね。承知!

 詳しいステータス表示も見れるみたいだけど、それはまた後で一人になった時に調べておこうかな。

 でもあれ? おかしいな。家族みんな名前があるのになんで私だけEなの? 

 

「姉さんもステータスウィンドウを表示させたね。それじゃここのスキルってところに、モブスキルがあるでしょ? それを選択したらオンオフ切り替えられるから。姉さんは今オン状態になってる。これをオフにしてみて」


 スキル選択、モブスキル選択、オフ選択……。

 え、私って今までモブスキルがオンになってたの? 何もなかったけど? 何が変わってたの? 

 てゆうかモブスキルって何!?


【名前】 なぎこ・モブディラン


 名前が現実世界の私になってるー! そこは、こう……異世界用に! ゲーム用に! カタカナ表記で名前が設定されてるものじゃないの!? Eだったからエリザベスとか、イヴとか、もっと色々あったでしょ?

 もしかしてEって頭文字のEじゃなくて、本当に登場人物ABCDEのEだってこと? 嘘でしょ? 私この世界でもなぎこって呼ばれるの? 違和感しかないんですけど!

 仮想世界のゲームをプレイしてて、いきなり現実世界の自分の名前を呼ばれて、急に現実に引き戻されたかのような萎えを感じるんですけど!

 そんな私のショックなんて当然、弟君……もといアーク君にはわかるはずもなく。話は淡々と進んでいく。


「モブスキルがオフの時は本来の僕達に戻るわけさ。戻るって言い方も変だけど。モブスキルはモブって名前が付いてる通り、その他大勢の名前のない群衆の一人のこと。誰の印象にも残らないその他大勢、特徴がない影の薄い存在、決して目立つことのないスキル。正確には隠密スキルと言って国のお抱え暗部組織の全員がこのスキルを保有している。だけど僕たちはその隠密スキルが高すぎて、モブディラン家の誕生と共にこのスキルは世間から秘匿されることとなったんだ。だから暗部組織の人達と区別を付ける為に、僕達のスキルは隠密スキルとは呼ばずにモブスキルというんだ。今はすっかりそれが定着してるから、世間一般でもモブスキルはゴミスキルと言われてる」


 ひどくない? 自分で言うのも悲しくないアーク君?

 でもそれが本当に世間一般常識として定着しているからか、アーク君は悲しい笑みを見せるどころか満面の笑みで笑い飛ばしている。


「モブスキルも使いようなんだよ。好きな女の子に告白しようとした時とかさ、普段は全く冴えないその他大勢だったのが、モブスキルをオフにして素顔を晒した途端に落ちるんだ。使い方次第なんだよ」


お前それさては実践済みだな?


「こらこらアーク、モブスキルを悪用するんじゃありません。目立たないように生きることこそがモブディラン家の信条ということを忘れてはいけませんよ」

「そうだぞ、アーク。そういうことは結婚前提を考えている女性にのみ、その手を使いなさい」

「あらやだあなたったら! おーっほっほっほっ!」

「モブディラン家の特権というものかな! あーっはっはっはっ!」


 なんだこの家族。

 とりあえずモブスキルのなんたるかは、なんとなく理解した。

 後で色々と試してみよう。

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