第2話 「ステータス画面」

 高熱のせい、ということにして私は思い切り動揺した。

 よくある乙女ゲームとか恋愛小説に転生する系って、大体ヒロインじゃないっていうのはもう定番として!

 悪役令嬢だったり、その身近な人物だったりしない?

 なんなの、名前すらないモブって。しかも役職だってヒロインや攻略対象の友人とか、知り合いとか、親戚とか、そういうものでもない、ほぼ背景に同化したモブって? この世界でモブとして生きるっていうの? そんなの……っ!


「最っ高……じゃないですかぁ……っ!」

「姉さーん?」


 ヒロインは当然「プレイヤーに嫌われているキャラナンバーワン」だからいいとして、悪役令嬢なんて周囲から圧倒的にヘイト集まるから、もちろんこの役柄に転生してなくてよかった!

 モブなんて転生の中で一番いい立ち位置じゃない! 私の大好きな『ラヴィアンフルール物語』の中で生活できるってことでしょ? アンフルール学園で生徒として生活を送れるってことでしょ? しかもメインキャラじゃないから危ないことに巻き込まれることもないし、事件とは無縁の生活を送れる! 安牌な登場人物として学園生活を送れるなんて、幸せすぎて今にも死にそう!

 ーーとか考えて興奮していたら、弟君からものすごい不審者扱いされてることに気付いてしまった。いけない、私としたことが。モブに転生して喜んでいる場合じゃなかったわね。


「それで? 自分のこと思い出した? 熱は?」

「あーうん、なんか大丈夫になってきたっぽい。それよりちょっと一人にしてくれないかな? まだちょっと混乱してて、一人になって落ち着きたいかなぁって」

「……わかったよ、何かあったらすぐ来るから」


 それだけ言い残すと、まだ心配そうに私のことをチラチラ見ながら渋々出ていく弟君。すごい出来た弟だね。私が転生したこのモブお姉さんはよほど素敵なお姉さんだったのかな?

 それにしても改めて、私の大好きな乙女ゲームに転生できたのは喜ばしいこととして。元々のモブEさんの人格はどこにいっちゃったのかしら? 私が本物のEさんを取り込んだとかそういうのだったら気分悪いなぁ。

 それなら元々私自身が最初からこの世界のモブEとして誕生してて、今この瞬間に高熱をきっかけに前世の記憶を取り戻したっていう流れだったら、まだ平和に受け入れられるんだけど。その辺は気にするべきか、しなくていいのか。

 でも取り込んだとかそういうのだったら、やっぱり嫌だな……。本物のEさんの人生を私が奪ったことになるんだから。どうにか知る方法があればいいんだけど。

 今は調べようがないし、とりあえずはEさんには申し訳ないけど。私がEとしてまずは生活していくしかない、わよね? もしわかったらちゃんと向き合って、お互いウィンウィンの方法とか、私が出ていくなりするから。Eさん、許してください!

 どこにいるかもわからないEさんに両手を合わせて祈って、私は早速ステータス画面の続きを調べてみることにした。


【名前】   E・モブディラン

【役職】   モブ

【年齢】   十六歳

【家柄】   中流貴族

【スキル】  モブスキル

【クラス】  一年A組

【家族構成】 父、母、弟

【親愛度】  サラ・ブラウン……0%

       ウィリアム・ホランド……0%

       エドガー・レッドグレイヴ……0%

       ルーク・ラドクリフ……0%

       ギルバート・マクシミリアン……0% 

       ヴォルフラム・フリードリヒ……0%

       ゾフィ・ブラッドリー……10%

       レイス・シュレディンガー……10%


「えっ、うそっ!」


 思わず声に出しちゃった。

 だってまだ入学試験しか受けていない(はず)だから、メインキャラと関わりがなくて親愛度が0%のままなのはわかるとして。まぁきっと役柄がモブだから登場キャラとして認識すらされてないだけかもしれないけど。

 そんなことより最後の二人は一体どういうことなの?

 どうして私、もといこのモブEは悪役令嬢であるゾフィとの親愛度が、わずかだけど10%あるわけ?

 入学試験に知り合った? 会話でもした? モブだから存在すら認識されてないはずなのに。

 言うなればこの悪役令嬢であるゾフィ・ブラッドリーは、ネタバレするとほぼ黒幕で邪教信者の一人なのよね。その彼女が、今は一般人として入学した主人公・ヒロインのサラに近付いて色々と悪巧みをするという。

 中盤辺りでサラは聖女として覚醒。本格的に邪教信者の真の敵として認識されて、もちろん邪教信者であるゾフィからも命を狙われることになるんだけど。

 なんでそんな悪役令嬢と私との親愛度が10%になってるのか、なんだかちょっと恐ろしい。私の平穏な生活は約束されてないの?

 でもでも、落ち込むのはまだ早いわよ。最後の、これ! そう、これ! 一番はこれなのよう!

 レイス・シュレディンガー!

 アンフルール学園一年A組の担任の先生で、ラヴィアンフルール国第七師団の現役騎士団長! 二十七歳、独身、高身長、細マッチョ、渋い系イケメンだけど見た目に気を使わないせいか外見はだらしない小汚い感じで描かれている、私の最推しキャラ! はっ、いけないいけない。オタクの悪いところが出てしまったわ。特有の早口が出ちゃった。

 ゲーム内では攻略対象五人とのベストエンドを迎えた時に、初めて攻略対象として解放されるんだけど先生とのベストエンドは存在しなくて、どれも悲しい結末が待っている。

 その先生が攻略対象の欄に記載されてるってことは、これは最終ルートに入ってる世界線ということ?

 最終ルートに入っても選択肢によっては先生の生存ルートはもちろん存在しているんだけど。


「なんか、やだな……」


 先生の結末は全部知っている。

 大好きなキャラを死なせたくなくて、悲しませたくなくて、何度も何度もプレイしてあらゆるルートを模索した。けれど先生とヒロインとの親愛度が高くなればなるほど、どれも悲惨な最期を迎えてしまう。

 結局先生との親愛度は上げずに、無難な選択肢で乗り切って、かろうじて生存させるルートが一番マシなエンディングだった。

 それでも大切な生徒を犠牲にして自分だけが生き残ってしまったという自責の念に駆られて、先生は騎士団も教師も辞めてしまって、ただひたすら亡くした生徒を思い続けて、流れの騎士として人助けをする旅に出てしまう。

 その行方は誰にも知られることなく。それがゲーム内の先生に残された、一番マシなエンディング……。


「この世界では、どんな結末が用意されているんだろう……」


 大好きな乙女ゲームの世界に転生して、はしゃいでいたのが嘘みたいにしんみりしてしまう。

 そうだ、『ラヴィアンフルール物語』に転生したということは、今まで見てきたどれかのルートを私は目の当たりにするかもしれないんだ。

 先生には幸せになってほしい。どんな形でも。私はただそれを遠くで眺めているだけで、幸せだから。

 今までずっと眺めるだけの人生だった。眺めるだけじゃ満足できなくて夢小説を書いて心を満たそうとしていたけれど、それでもこの世界に本物の先生が存在しているというのなら。


「先生には、ずっと笑顔でいてほしい……」


 ただの背景ですらないモブEの私に、何ができるかなんてわからない。

 でもこの世界に転生して、しかも先生が教鞭をとっているアンフルール学園に入学することが決まっていて、そして先生が担任を務める一年A組の生徒になる。

 これは私自身の使命かもしれない、と勝手に思ってしまう。誰かに与えられた使命なんかじゃなくて、誰かに頼まれたわけでもないけど。

 この世界の顛末を知っている私だけが、みんなの運命を変えられるかもしれない。

 ゲーム世界に転生したことなんてないけれど、ここは選択肢が二択で運命が決まる世界じゃないんだから。

 こんな私でも何かを変えられるかもしれない! ……モブだけど。


 モブEだけど!

 私はこの世界の先生をベストエンドに導いてみせる!

 背景に溶け込んだモブだけど!

     

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