モブ令嬢は推しの為なら悪になる!〜乙女ゲームに登場する「その他E」に転生したので、先生のことを生温かい目で見守ろうと思います〜
遠堂 沙弥
第一部
第1話 「モブ令嬢、転生する」
私は熱に浮かされていた。
突然の高熱に倒れて、なんとかベッドにたどり着いたのも束の間。
そのまま意識を失ってどれくらい経ったんだろう?
上京して半年、初めての一人暮らし、就職、人間関係、仕事、飲み会、残業、コミケ用の原稿……。
私にはやることがたくさんあるっていうのに。
こうやってベッドで寝ている暇なんてないの。なんだったら仕事とか交友関係とかどうでもいいから、せめて……せめてコミケに間に合うように原稿だけは完成させてちょうだい!
『ラヴィアンフルール物語』
パッと見は乙女ゲームと思えないタイトルだけど、れっきとした乙女ゲーム。
この作品に私の人生全てを捧げてもいいくらいの名作で、何年経ってもこのゲームが大好きだ。
私はこのゲームを何度となくプレイして、関連商品も買い漁り、そしてついには夢小説にまで手を出した。
だってこのゲーム、攻略対象の男の子五人は確かにイケメン揃いで色んな好みに合わせて、発売当時としてはよく作り込まれたキャラクター設定になってるんだけど。
私の最推しである先生キャラ。この先生と主人公が幸せになるベストエンドのルートが存在しないのだ!
私は泣いたね。だってゲームの公式サイトに「攻略対象である生徒五人のベストエンドを全てクリアしたら、担任教師を攻略対象としたルートが解放される」って書いてあったら、誰だって「あ、先生と結ばれるエンディングあるんだ」ってなるじゃない?
それが今のご時世なのかなんなのか。「教師と生徒の恋愛禁止」という大人の事情が絡んできて、結局「先生と主人公が幸せな結ばれ方をするエンディングは存在しない」が公式の答えとなった。
だったら最初から先生ルート出すんじゃないわよ! ってなことで、一時期は相当荒れた。大炎上もした。
それでもアップデートやダウンロードコンテンツなどで「先生とのハッピーエンド」が公式から作られることは一生ないと判断したファン達はついに決起。
『ないなら作ればいいじゃない』
そんなわけで私はもうずっと先生と主人公が結ばれるパターンの二次創作を書くことになったわけだけど。
最近は読者を対象にした「夢小説」が人気で、目当てのキャラと夢女(読み手自身)とのイチャラブな内容の二次創作が主流になりつつある。
私は推しの先生が、そして何より自分がハッピーになれるきゅんきゅん夢小説を自分で書いて、それをコミケで出しているというわけ。
ゲームをやり尽くし、ゲームとキャラへの愛が詰まった作品は運良く好評で、これでもかなり人気がある方だと自負してる。
だからこそ! こんな高熱ごときで寝てる暇なんてないのよ!
読者が! みんなが! 何より先生が待ってるんだから!
私は重たい体を無理やり起こすように動くけれど、天地がどっちなのかわからなくなるくらいフラフラで、またすぐ力尽きようとしたら、声がした。
「病気なんだから大人しく寝てなよ、姉さん」
は? 誰? てゆうか私は一人っ子なんですけど?
声変わり真っ最中の高いような低いような男の子の声、ということは弟? いやいやだから私は一人っ子なんだってば。
とりあえず気になるから顔を見てやろう。誰よ、一人暮らしで社会人なりたてで、うら若き乙女の家に勝手に入って来て、ついでに声をかける不審な人物は、一体誰?
あーうっすらとしか目が開かない。これ相当やばくない?
目の前に、え? あらら、これまた美少年が私のこと覗き込んでる。なんで? あなたはだあれ?
「よかった、意識が戻ったんだね。E姉さん」
いい姉さん?
「明日から楽しみにしてた学園生活が始まるんでしょ。早く病気を治さないと。アンフルール学園の入学式に間に合わせなくちゃね、E姉さん」
高熱のせいかな? それともこれは夢?
顔も名前も知らない美少年の弟(?)らしき人物が、私に向かっていい姉さんと呼んで、明日から私が学園生活を送る?
それも私が愛してやまない乙女ゲームに出て来る学園の名前、アンフルール学園の入学式に私が行く?
どういうことなのかわからない私は、唐突にある結論を出してみた。
これは夢、まごうことなき夢オチか。
夢でなければ私はもしかして、『ラヴィアンフルール物語』の世界に転生したというパターン?
その考えがよぎった途端、さっきまでの高熱状態が嘘のように。まるで呪いから解放されたみたいに私の意識と体が急に自由になった、ように感じただけだけど。
だって今私の目の前には見たこともない美少年が心配そうに私を見つめているし、その私はというと和式の敷き布団ではなくふかふかのベッドに寝転んでいて、着たこともないようなフリフリのネグリジェを着ている。
ワンルームの、いかにもオタクOLですっていう室内じゃない。壁にアニメのポスターなんて貼ってないし、部屋の大半を占める大きな本棚も無ければ、ギチギチに詰められた漫画や小説もない。
薄い本の既刊が入った段ボール箱も無ければ、若い女子の部屋とは思えないパソコン機器類でごった返したデスクもない。私の好きが詰まった物が一切ない代わりに、女子かってツッコミたくなるような白を基調とした洋服タンスや可愛らしいデザインの机、派手ではないけど愛らしさを強調するような壁紙、パステルカラーのフリフリのカーテン。
全部私の趣味じゃないことだけはわかる。うん、まず避けるデザインだわ、憧れはするけど。
空いた口が塞がらないっていうのはこういう時にするのか。パクパクと金魚みたいに口をパクつかせていると、美少年の自称・弟君が薄ら笑いを浮かべて私の状態を聞いてくる。
「姉さん、熱でついにおかしくなっちゃった?」
あー、それはごもっともだと思うけど。まずあなた誰ですか。散々『ラヴィアンフルール物語』をプレイしてきた私でも、こんな美少年の存在は知らない。
焦茶のくりくりとした髪の毛、顔つきはとても純朴そうで汚れを知らない天使の少年という雰囲気を漂わせている。うん、攻略対象になっていてもおかしくないビジュアル。君、合格だよ。でも誰ですか。
考えあぐねている様子が、高熱でうなされているように見えるのか。弟君は今もなお心配そうに私のことを見つめてくる。もしかしてずっと看病してくれていたの? だとしたらなんだか申し訳ないな。
とりあえず熱で頭がおかしくなっているという形で、私は色々この美少年に聞いてみようと思った。
「ここは?」
「姉さんの部屋じゃないか」
そんなことはなんとなく察しはついてるの! ここがどういう世界でとか、国名とか。いやいや、私の聞き方が悪かったのよね。うん、なんかごめんね美少年。
「ごめん、なんだか私……熱のせいで混乱してるみたいで。自分の名前が何だったか、どういう場所に住んでいたのか。例えばあなたが誰だったか思い出せないくらい、記憶が曖昧で……」
「かなりの高熱だったから無理もないのかな。基本情報ならステータス画面で確認してみれば?」
「ステータス画面?」
「出し方も忘れちゃったの? ほら、こうやって頭の中でステータスって呟いてごらんよ」
ーース、ステータス?
うわぁ、目の前にスケルトンな表示が出た! 半透明で向こう側が透けて見えるけど、ちゃんとウィンドウが表示された……って、これまんま『ラヴィアンフルール物語』のステータス画面じゃない!
えっと、だったら使い方はわかるわ。ここの左上にあるステータスって部分に指で触れたらいいのかしら? 前から思ってたけど異世界転生モノのステータス画面いじるところって、他人から見たら変な動きしてるようにしか見えないわよね。
よし、とりあえず私がどんなキャラに転生したのか確認しなくちゃ。なんか異世界転生モノのラノベ結構読んできたせいか、自分の身に起きてもすんなり受け入れてる自分が怖いわ。
【名前】 E・モブディラン
【役職】 モブ
私の思考が停止した。
あ〜はいはい、どうりで知らないわけだ。
モブ……。
主人公の友人Aでも友人Bでもなく、悪役令嬢の取り巻きCでも取り巻きDでもない。
ほぼ背景に紛れ込んでるようなその他Eがこの私、っていうわけ?
ど、ど、ど、どうして……っ!
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