第4話 「入学前夜と、その当日」

 食事は難なくクリアできた。

 洋食ばかりのメニューだったけど、色んな種類の食器が出てくることなくやり過ごすことに成功。たまに家族で外食する時に、ちょっと張り切って洋食店に行った時のような感覚だった。

 当然お箸が出てくることはなかったけど、普通のナイフとフォークとスプーンで乗り切れる程度で安心する。

 それからみんなそれぞれ自分の生活スタイルがあるのか、まぁ確かに何をするにも家族全員一緒にするってのはおかしい。だからそれぞれがそれぞれの過ごし方を満喫しているようだ。

 父親は書類関係の仕事があるとかで書斎に籠り、母親はお風呂に長時間浸かっている。弟のアーク君は読書するからと言って自分の部屋に戻ってしまった。

 私は食後すぐにお風呂に入れる気はなかったし、そうすると今日突然母親になった人と一緒にお風呂に入ることになるので、明日の準備をすると言って自分の部屋に篭った。

 やることはまだまだたくさんある。プレイしまくった『ラヴィアンフルール物語』の世界とはいえ、知らないことが多すぎた。生活様式やモブに関する知識は、さすがにゲームをただプレイするだけでは知ることが出来ない情報だ。

 まずは、そう。

 ステータス!

 スキルからの、モブスキルからの、概要欄。


 モブスキルとは、他の人物から認識されにくい状態になること。ステルス状態ともいう。集団の中に自然に溶け込むことが出来る。モブスキルを発動している間は他の人物に存在を認識されにくくなり、名前や外見などが相手の記憶から抜け落ちることもある。スキルを無効化する能力、スキル耐性の高い人物にはその効果が薄れる。相手のスキルや能力値の高さによっては、全く通用しないこともあるので注意すること。


 相手の記憶を操作するとか、なんという恐ろしいスキル……。

 まさに暗部に相応しい能力じゃない? まぁ私は暗殺とかそんな物騒なことは出来ないんですけど。

 それじゃあ始めるとしますか。アーク君にオンオフのことを教えてもらってから不思議に思っていたことを、今ここで確認してみる!

 

「モブスキル、オン!」


 口にする必要は全くないんだけど、なんか思わず必殺技みたいに口に出しちゃう私。

 身体的に何か変わった感じはしない。体が重くなったとか軽くなったとか、そういうことは何もない。

 それじゃあステータスウィンドウの自分の名前を確認っと。


【名前】 E・モブディラン


 やっぱり名前がEになってる。名前までぼかしてくるのか。恐ろしきモブスキル。

 次はこれ。鏡! 自分の外見がどうなっているのか確認。単純に存在感が薄くなるだけなのか、名前みたいにごっそり変わってしまうのか気になるところ。

 アーク君もそれで一人の女の子を手中に収めたって言ってたし。

 つい恐る恐る鏡を見る。ドレッサーなんて必要ないと思っていた女子の憧れ。観音開きになっているフタ部分を開いていって三面鏡になっている鏡で自分の顔を初めて見た。


「おおう、これは……」


 のっぺりしたのがそこにいる。髪の色は焦茶色のロングヘアで、特にこれといった特徴のない髪型。肌の色も普通、眉の形も鼻の形も口の形も、耳も体型も何もかも普通。

 ただ目は、そう……、点だった。

 切れ長の目というわけでもないし、案じていた糸目でもない。ーー点だ。

 まん丸じゃなくて、細長くもない。微妙に縦の長さがある点の目。絵を描くのが苦手な人が描くような適当な目。

 これだけで一気に華がなくなった。あぁ、確かにこれはモブだわ。背景に描かれてるアレだわ。妙に納得。


「モブスキル、オフ……」


 それでも普通、より少し可愛くなった? ヒロインや悪役令嬢ほどのメインの華やかさはないけれど、可もなく不可もない感じというのか。髪の色、髪型、その他はオンモードと変わりは大差ないけれど。

 人の印象ってやっぱり目で決まるのね。一重でも二重でもない奥二重で、まつ毛の長さも量も程々にという感じ。瞳は大きいわけでも小さいわけでもない、普通。ザ・普通。モブスキルを切っても綺麗でも可愛くもないって、何これ。


「両親も弟もあんなに超絶イケてる外見してるのに、なんで私だけ?」


 思わず声に出して不満を漏らしたくなる。別にキラキラしたキャラクターになりたかったわけじゃないけどさ、この中途半端は何なのさって思えてくる。

 まぁ別にE・モブディランになって先生と結ばれようなんて、そんな恐れ多いこと考えてないけどさ。

 推しは眺めている方が幸せだし?

 むしろ認識された方が緊張して正常ではいられなくなるし?

 モブでいいのよ、私みたいなオタクには……。

 モブ程度の立ち位置がベストプレイスなのよ。


 とりあえず自分のことは把握した。

 あとは明日の入学式よね。ゲーム開始も主人公であるサラ・ブラウンが入学するところから始まる。

 まさか私自身がモブとはいえゲームと同じように、アンフルール学園に入学するところから人生を始めることになるなんて、思いも寄らなかった。

 なんだか緊張してくる。

 私、ヒロインのサラを始めとするゲームの攻略対象の男子達と、クラスメイトとして一緒に過ごすことになるんだ。

 しかも「愛している」と言っても過言じゃない先生とも、実際に会うことになるんだ……。

 あれれ? なんで涙が? 嬉し涙? まだ会ってもないのに?

 どうなるかわからないけど、先生が平穏無事に暮らせる未来を得る為に、私はモブとして頑張ってみよう。

 私はモブなんだから、何事もなく物語の核心に触れることも、探りを入れることも可能なはず!

 待っててね、先生!



 ***



「あぁ? どけや、このモブ!」


 ひっ!

 家を出る時にしっかりモブスキルをオンにしたはずなのに!

 登校して、教室に入るまでは何事もなく、誰にも話しかけられることもなくここまで来たっていうのに!

 言っててなんか急に悲しくなってきたけど。とにかく! 今の私はモブのはず。その他大勢であって、存在感が薄くて、ほぼ背景になってるはずなのに!

 教室に入ろうとしてドアを開けようとした瞬間、私と同じようにドアに手をかけようとした人物が一人。

 エドガー・レッドグレイヴが、私を邪魔に思って怒声をあげた。


 忘れるはずもない、彼はこのゲームの攻略対象の一人だ。ヒロインであるサラとの正規ルートとなる攻略対象のウィリアム・ホランドよりも圧倒的に人気の高いキャラ。

 現実的に考えるとどうやって立てたのか気になるツンツンヘアーの金髪に、睨まれたら魔王も泣いて帰ってしまいそうな鋭い眼光、表情はいつも不満そうか不敵に笑っているかのどっちかで、第一声はいつも「あぁ?」である。

 どこからどう見ても輩な彼がどうしてこんなに人気が高いのかというと。

 顔は強面だけど基本的にはイケメンであり、身体能力値の高さと火属性スキルの使い勝手の良さで戦闘では常にスタメンになるくらい、お決まり編成として彼が組まれるほどだ。

 でもそれだけならルーク・ラドクリフというキャラと戦闘面の使い勝手の良さに大差ないんだけど、このエドガーが人気となる理由はヒロインとのストーリー性にある。

 ギャップ萌えってやつよね。よく「嫌われ者の不良が、雨の中の子犬を助けた途端ものすごい良い奴に見える」っていうの? あれと一緒なわけよ。

 エドガーが暴言を吐けば吐くほど、暴れれば暴れるほど、主人公のことを命懸けで守ろうとする姿にプレイヤーの誰もが心を持っていかれたという話。

 まぁ私は先生一筋だから、淡々と彼のストーリーをクリアしたわけだけど。


「なんとか言えや、このモブ!」


 だからなんで私のことそんなに……、と思ったところで記憶が蘇る。Eとしての記憶じゃなくて、モブスキルの説明文だ。そういえば確かスキル耐性の高い人物とかには、モブスキルの効果が薄れるって書いてなかった?

 エドガーは基本能力値が他のキャラと比べてダントツに高かったから、そのせい?

 今にも噛みついてきそうなエドガーに、私はどうしようか考えあぐねていると後ろから声がした。


「ちょっと、エドガー! またそうやっていじめる! ダメだよ、そういうことしちゃ! 可哀想じゃない!」

「るっせぇ! こいつがいつまでもどかねぇから悪ぃんだろうが!」

「エドガーが怖いから動けないんだよ!」

「俺が悪ぃってのか!」

「そうだって言ってるの! わかったら早くどいてあげて! 可哀想でしょ」

「ちっ!」


 いつの間にか私の目の前で言葉の応酬を始めたかと思ったら、エドガーは舌打ちしてさっさとドアを開けて教室に入って行ってしまった。私がぼうっと突っ立っていると肩をポンと軽く叩かれる。淡いピンクの髪色をしたツインテールの女の子が満面の笑みを湛えて話しかけてきた。


「大丈夫だった? エドガーは口が悪くて乱暴者に見えるけど、本当はとっても優しい人なの。許してあげてね」


 それだけ言うと、その女の子は「それじゃあ」と片手を振って教室に入っていく。

 改めてこうして目の当たりにすると変な感じだ。今まで自分がプレイしていたキャラクターが目の前に現れて、自分に話しかけてきて、こうして触れていった。

 そしてしつこいくらいに相手のことを「可哀想」だと連発してくるところもゲームのシナリオ通りだ。

 主人公だから、ヒロインだから、特別だから。

 自分が可愛くて特別で、相手より優位に立っているからこそ言える言葉を、このキャラクターは言ってのける。だからこそ「ゲームをプレイするユーザーのほとんどが主人公を嫌っている」という理由がそこにある。


 乙女ゲーム『ラヴィアンフルール物語』の主人公、サラ・ブラウン。

 入学初日だからこそわかっていたが、私はゲームに登場するキャラクター二人といきなり遭遇し、しかも会話までした。

 私はただのモブなのに、こんなことで本当に大丈夫なの?

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